第二部
「マキナ、もうお前も魔法学校を卒業したし、十五歳だろ。羞恥心くらい持て。その分だと、恥ずかしい思いでも結構あるだろ」
説教もかねて気になったことも聞いてみる。
「別にないよ。だって、マキナお兄ちゃん以外の人好きになったことないもん」
……思った以上に性格の矯正は難易度が高いらしい。
「それにお兄ちゃん、マキナはたった一人のかあーいぃ妹でしょ。少しくらい甘えさせてくれたっていいじゃん。じゃないと罰が当たるよっ」
何とかしないと本当にマキナに何かされそうで、少し怖い。
「ねえ、お兄ちゃんの退院祝いでご馳走作ってあるから早く帰ろうよ」
「おっ!少しは料理作れるようになったのか。二年前に帰ってきたときなんか家中を小麦粉だらけにしてたよな」
「あの時は可愛い小鳥さんがいっぱい来て面白かったねー」
「面白くないっての。今回は大丈夫だったろな。……こら、目をそらすな」
「まあまあ、料理は上手くいったんだから。ほら、早く早く」
「そうせかすなって。あっ。服を引っ張るなくっつくな」
「じゃあ急いでよ。マキナ、朝からお兄ちゃんと一緒にご飯食べるのすっごく楽しみにしてたんだよ」
「わーったわーった。静かにしろって」
……ったく、わかったって言ったら急におとなしくなったな。はは、よっぽど楽しみにしてたんだな。
そう思ったら無邪気な妹が急に羨ましくなった。
いつからだろうか。
特にここ最近は何かに熱中したり、無邪気に笑ったり、そういうことを全くしなくなった。素直に生きることを忘れていた気がする。
うーん。
だからといって、マキナにはちゃんとしたヤツを好きになってほしいと思う。
「お兄ちゃん。早くいこ」
無邪気なマキナが少し眩しかった。
そして、このマキナのテンションに俺は少し不安を感じた。
きっと何か起こる。と。
「お兄ちゃん。これ、可愛いねー」
「そうか、俺にはよくわかんないけど」
病院から家までの帰り道。小さな商店街で買い物をする。
マキナは熊に似たもさもさの人形を指して言った。
「つまらないの。……あっ、お兄ちゃん。あれ」
マキナが元気よく指差した方を見てみる。
にゃーにゃー
ほーほー
わんわん
こんなどこにいっても見られるような、もさもさふかふかあったかーいなこの子のおなか。ってかんじの生き物がいっぱいいた。
「お兄ちゃん。マキナの卒業祝い、黒猫がいい。魔法生物、憧れだったんだ。」
「んー、考えておくよ。ドジで物忘れのひどいお前が生き物を飼えるとは思はないからな」
「えーーーっ」
マキナはとてつもなく残念そうな顔をする。そして泣きそうな目で小動物のように訴えかけてくる。
……少しだけ考えてやってもいいかな。
「よし、じゃあこうしよう。これから一か月の間お前がドジらずちゃんと生活できたら黒猫をかってもいいぞ。家のこともちゃんとやれな」
マキナの表情が明るくなった。
「じゃあ、御馳走食べに家にかえろっ。マキナ、今日から頑張るね」
さっき何か起こると思ったことはきっと気のせいだったんだろう。
マキナの笑顔を見ていると、さっきのは間違いだったのだろう。そう思えた。
「お兄ちゃん。あったかいね」
……甘かった。危機に対する人のカンは結構働くもんだと改めて思った。
家が轟々と奇麗な赤に染まっていた。さっきまで家が有ったところには火柱が立っている。
俺とマキナはぬくぬくと暖をとり現実逃避。
「ごめんね。おにいちゃん。お料理は上手くできたんだ。けど、浮かれててガスコンロ消すの忘れちゃったみたい」
……さてと、これからどうしようか。とりあえず知っている奴のところを回ってみようと思う。
あ、そういえば幼馴染がいたな。ちょっとアバウトなやつだけど、マキナも知ってるし、ちょうどいいかもな。
「こんにちわー。ちょっとお邪魔しまーす」
少し棒読み気味だったかな。気をつけないと。
少し間が空いて明るい声が返ってきた。
「気ぃつけろー。爆発すっぞー」
「「ええー」」
二秒後に豪快な爆発音。
俺は全力で防御障壁を張り自分とマキナを守った。
「ありがとーおにいちゃん」
マキナは相変わらず抱きついてくる。いっそのこと、ここで性格をひっくり返す薬でも貰って行こうかな。
ここは俺の幼馴染が経営している薬屋。一応一般の人の目につく場所なので薬屋としてやっているらしいが、客の大半は俺やマキナみたいな魔法関係者だ。
さすがに魔法は一般人にばれると色々と大変なことになる。
前回幼馴染と会ったのはだいたい三か月くらい前。
そのアバウトな性格で一般の人に間違えて魔法薬を売ってしまい、尻ぬぐいに俺が駆り出された。
あの時は噂が広まって本当にめんどくさかった。
性格は明るいがちょっとせっかちで危なっかしい。魔法学校にふたりで入学する前からの付き合いだ。
「悪い悪い。で、何の用?家でも吹き飛んだ?」
店の奥からすたすたと現れ、いきなり核心をついた。
彼女の洞察力にはいつも驚かされる。なのにいつも爆発オチになるのはなぜなんだ?
「うん、全くその通り。悪いけどレイ、一か月くらい部屋貸してくんないかな」
肩まで伸ばした金髪がぼさぼさになっていることも気にせず人の前に顔を突き出して派手に笑った。
「あっはっはっは。まじかよ。ばっかじゃない。部屋?いいよ。一か月くらい」
顔立ちは整っている方だから、口さえ悪くなければなぁ。
「で、マキナも久しぶりじゃん。可愛くなってんな。前はめっちゃ小さかったのに。……あー、いまも小さいか」
レイは目線を顔より少し下に向けた。
「ちょ……レイ姉ひどーい。これでも少し大きくなったんだよ。でも、ほんとに久しぶり。やっぱりレイ姉顔キレーだなー。いいなー」
「はははっ。ありがとな。マキナもそのうちお母さんみたいな美人さんになれるよ。あの人、すごく素敵だったからなぁ」
……だった。うん。今から八年前。俺が十四歳。マキナが六歳だった頃に行方不明になってしまったそのまま見つからないから、まだきっと生きている。少なくとも俺とマキナはそう思っている。
「らしくねえな。しんみりしちまって。まーいいや。部屋だったな。ちょっと汚いけど二階の部屋を貸してやるよ。あんまり広くないけど、我慢してくれな」
「ありがとうございます」
俺は軽く礼をいい、中に上がろうとする。
「おっと、ちょっと待て。焦げ臭いから先に風呂入って来い。それと……トーマ。なんか言葉が固っくるしいんだよ。前の時も言ったろ」
「そんなにかたくるしいか?」
「ん……なんとなくな。もうちょい肩の力抜いてもいいんじゃねえかな」
それもそうかもな。
「解かった。気をつけるよ」
「それが固っ苦しいって言ってんだろ」
頭に鋭い一撃。
「……まあ、部屋は改造さえしなけりゃ自由に使っていいかんな」
「しないよ。レイじゃないんだし」
「おいこらトーマ。お前まだ私がお前ん家の部屋を飛行機のコクピットみたいにしたこと根に持ってんのか」
「え、何のこと?」
俺は目線をレイから逸らしわざとらしく平静を作る。
「だいじょーぶ。レイの性格はよくわかってるつもりだから」
「そっ……それはどういう意味だぁーー」
顔を真っ赤にしたレイからのみぞおち直通のけり。
意識が薄れる。なのに気絶はしないから痛みはちゃんと感じる。
「ったく。人の気も知らないでいて」
レイがぼそり、と呟く。
「マキナ、こいつを二階に運ぶぞ。右足を引っ張ってくれ」
「う、うん」
マキナとレイは息を合わせ、すっかり倒れこんでしまった俺の足を引きずりながら運ぶ。
頭を打つ痛みですっかり目が覚めた。
「いっ、痛い痛い。ちょ、待てって……いたっ」
「ほら、この部屋だ」
俺を容赦なく投げ捨てる。
「……ったく、あのアホは鈍いんだから」
痛みで頭を抱えている俺を置き去りに、二人は笑いながら一階へと降りていった。
……なんだろな、この扱いは、