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8:震撼……強いショックで震え動くこと

「死ねやぁ! 雑魚がぁッ!」

大剣を構えた男が、床を蹴る音と共に突っ込んでくる。


 ……単純な突進。だがCランク相応の速度と、体重を乗せた一撃。まともに食らえば肉体は両断されるだろう。


周囲の冒険者が、あーあと顔を背ける。だがゼルは動かない。剣が振り下ろされるその瞬間まで、ポケットに手を入れたまま、目をつぶっていた。


「――遅い」


 ヒュンッ!  男の大剣が、ゼルの頭蓋を割る軌道で振り下ろされた。だが、剣はゼルの頭に触れる寸前、空中に生じた黒い穴に吸い込まれるように消失した。


「あ?」

男が間抜けな声を上げた瞬間。


 ドスッ!


「ヒッ……!?」


男の動きが凍りついた。消えたはずの大剣の刃先が、男自身の背後の空間から飛び出し、男の首筋にピタリと押し当てられていたからだ。薄皮一枚。あと数ミリ動けば、自らの剣で自らの頸動脈を断ち切る状態。


「な、なんだ……これ……!?」


「どうした? 続けろよ」

ゼルは涼しい顔で、男の目の前――剣が吸い込まれている門の横に立っていた。


「移動魔法の応用。『門』だ。お前の剣のベクトルを、そのままお前の首へ繋げた」


「ば、化け物……ッ!」

男はパニックになり、剣を引き抜こうとする。だが、剣は空間に噛み付かれたようにビクともしない。


「くそっ! 離せ! 魔法を解け!」

「解け? いいだろう」


ゼルはパチン、と指を鳴らした。


ギャギンッ!!


硬質な金属音が響き渡る。空間の門が閉じた瞬間、ゼルから斬撃が発射される。鋼鉄製の大剣が真っ二つに切断された。男が尻餅をつく。そして床には、切断された刃先がカランカランと音を立てて転がった。


シン……と、修練場が静まり返る。誰も言葉を発せない。


「……ま、魔剣グレイブが……金貨10枚が……」

男は腰を抜かし、折れた剣を見て涙目になっている。


ゼルはその男を見下ろし、呆れたように肩をすくめた。

「剣の質も悪い。重心がズレている上に、技術が低すぎる。……まあ、Fランクの実技試験には丁度いいゴミだったな」


ゼルは試験官の方へと歩き出した。試験官は口をポカンと開けたまま、ペンを取り落としている。


「おい、試験官」

「は、はいッ!?」

「これで合格か? それともちゃんと殺さないと合格じゃないのか?」


ゼルが視線を巡らせると、先ほどまで嘲笑していた冒険者たちが、一斉に視線を逸らして縮こまった。移動魔法使い? 逃げ専門?  誰もが理解した。


--こいつは化物だと。硬い鉄すら軽々と切断する力など……移動魔法には無いはず。


「ご、合格? で、です……?」

試験官が裏返った声で叫ぶ。


「ランクは?」


「え、えっと、規定によりFからのスタートになりますが、ギルド長の判断次第ではすぐに昇格も……」


「Fでいい。目立つのは得意じゃないからな」

ゼルはニヤリと笑った。


 「流石です、主! あの剣をいとも簡単に!」

「……いや、あれは単に門を閉じただけだ。……にしてもやっぱり、肆虐態じゃないと門の精度がバグるな」

大きなため息をひとつゼルはした。


肆虐態・ラドウィドル形態になっていないで門を使うと、出現位置や入口出口の感覚が狂ってしまう。逆に肆虐態だと、全身に門を貼っているため、簡単に門の取り外しが可能。肆虐態は体に引っ付いている門を剥がして、通常で必要になる"門を出す"という行為を省き、正確な位置と入口や出口の狂いがなくなる。


ゼルはギルドカードを受け取り、外に出ようとするゼルとバラルガ。その背中に、怯えと畏怖の視線が突き刺さる。


「……おい、あいつ何者だ?」

「名前……ゼルって言ったか?」

「聞いたことねぇな。だが、あの魔法……ヤバいぞ」


 Fランク冒険者、ゼル。最弱の烙印を押された元魔王が、この瞬間、歴史の表舞台にひっそりと、しかし強烈にその名を刻んだ。


しかしギルドの喧騒を背に歩き出したゼルの背後から、軽やかだが芯の通った足音が近づいてきた。


「ちょっと、そこの野郎」


凛とした声にゼルが足を止めると、そこには一人の少女が立っていた。 短めの黒髪、意志の強そうな瞳。幼さの残る顔立ちに似合わない、どこか達観したような冷ややかな視線をゼルに向けている。


「……何の用だ。さっきの仲間か?」


ゼルが淡く問い返すと、少女は鼻で笑った。 「あんなCランクの粗大ゴミと一緒にしないで。私はこれでも最短記録でBランクまで上がったのよ」


彼女の名は、この街で天才と謳われる中学生冒険者、リナ・フォルトーゼ。 若くして上位ランカーに名を連ねる彼女は、先ほどの修練場での一部始終を影から見ていた。


「移動魔法をあんな風に使うなんて、理屈に合わない。テレポートっていうのは本来、移動するだけの非実体。それをあんなに正確に、しかも物質を断裂させるほどの精度で操るなんて……」


リナは一歩、ゼルの懐に踏み込むように詰め寄った。その瞳が、鋭くゼルの顔を覗き込む。


「あんた、ただの人間じゃないわね? ……もしかして、どこかの魔王の残党か部下なんじゃないの?」


「魔王の部下、か」

ゼルは思わず自嘲気味に口角を上げた。


 部下どころか本人なのだがな……。


「笑い事じゃないわ。最近、この付近で不自然な魔力の乱れがある。そこに現れた、得体の知れない『移動魔法』の使い手。疑うには十分すぎる材料よ」


リナは腰に下げた魔導短剣にそっと手をかけ、警戒の色を強める。 横で控えていたバラルガが、主への無礼に殺気立ち、服の下で拳を握り締める。だが、ゼルはそれを制した。


「憶測で他人の素性を決めつけるのは、若さゆえの欠点か? Bランクのお嬢さん」


「……っ! 次に怪しい動きを見せたら、ギルドに報告して徹底的に洗わせてもらうから。覚えておいて!」

リナは捨て台詞を吐くと、翻るようにして雑踏の中へと消えていった。


「主、追いますか? 今のうちに疑うものは消しておいたほうが……」

「放っておけ。今はあんな小娘に構っている暇はない」

ゼルは少女が去った方向とは逆、再び黒煙の上がる北区画へと視線を向けた。


しかし、ゼルは知らなかった。()魔王がこの街に接近していることに。

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