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8:稚拙……子供っぽい技術

 ゼルとバラルガが今夜の宿を探そうと踵を返した、その瞬間だった。


サイレンが街中に鳴り響く。


「て、敵襲ーッ! 魔王軍だ、魔王軍が来たぞ」

「空を見ろ! ワイバーンだ。門を閉めろ、早くッ」


黒い群れが空を塗りつぶしていく。数百頭のワイバーンが天を埋め尽くし、紅蓮のドラゴンがその中央に悠然と佇む。赤鎧の男、ヴォルグ・アルヴァルトだ。


「――我が名はヴォルグ・アルヴァルト、新たなる『炎獄の魔王』!」

宣言と同時に、大地が震えた。ワイバーンたちが吼え、群衆が悲鳴を上げている。


その言葉に、ゼルの全身が凍り付いた。


 ヴォルグ? 父さんの……


眉間に皺を寄せ、ゼルは短く息を吸い込む。赤い竜の背で凶悪な笑みを浮かべるヴォルグの姿が、父アルフに重なる。


「アルフはもういない……新しき世界の理となるのだ」

地鳴りのようなヴォルグの声が響く。

空が、瓦礫が、そして人々の絶望が一瞬で闇に染まる――新たな戦いの幕開けだった。


ワイバーンが一斉に火球を放った。街を次々と破壊し、燃やし尽くしていく。


ゼルは降りかかる瓦礫の破片を、斬撃で切り刻む。


 新しい魔王。


その言葉が脳内で繰り返される。頭痛と吐き気、視界がぼやけ始めた。メラメラと空気が揺れ動き、汗が全身から吹き出ているのことも感じ取れない。ただ、優雅に笑っているそいつの顔だけは鮮明に見える。


亡き父の名、その玉座を汚す不届き者。何より、彼は魔王の元四天王という重職にあった。


 ヴォルグ。かつては父アルフに忠誠を誓っていたはずの男が、今、父が積み上げてきたものを奪おうとしている。


「主、いかが致しますか? あのような輩今すぐ殺しても」


ゼルは一呼吸おいてから応える。一呼吸しても、胸の奥で蠢いている赤黒いドロドロとした何かは取り除けなかった。

「……待て。さっきの小娘が動くようだ。少し、観察させろ」

「承知しました」


Bランク冒険者、リナ・フォルトーゼ。

「あんなの……好き勝手させない! この街には、まだ逃げ遅れた人がいるのッ」


 で、でかい攻撃。それになんて威力。あんなにたくさん上位魔物、(えい)がいるなんて。


リナが短剣を天に掲げ、魔力を一気に解放する。その瞬間、周囲の熱が奪われ真っ白な霧が立ち込めた。


「『六花の氷柱(リッカ・アイシクル)』」

ワイバーンの上空に巨大な六つの氷槍が生成される。放たれた氷柱は、急降下してきたワイバーン三体の翼を正確に貫いた。墜落するワイバーン。彼女は止まらない。


「次。『六花の葬釘(リッカ・バレット)』」

手先から弾丸のように圧縮された六つの氷柱が連射される。 旋回していたワイバーンの喉元を、狂いもなく射抜いていく。


「……」

地上で見上げるゼルの口角が、わずかに上がる。リナの立ち回りは見事だった。足場が悪いはずの屋根を利用し、鋭い短剣でも着実に敵の数を減らしていく。


「一撃の重さを捨て、速度と手数に特化している。Bとしては出来が良いな……」

関心を寄せるゼルの呟き。

「だが、多勢に無勢。そして敵の質を見誤っている」


リナが放った渾身の追撃。

「逃さない。――『スノー・ピアース』」


貫通力に特化した、雪の弾丸がワイバーンの眼を貫く。


 や、やった……。


勝利を確信したリナだったが、血の気が引いていく。


どうして。翼が、再生して。


地へと落ちたワイバーンは、傷を塞ぎ浮上する。


「ハハハハハ! 無駄だ、無駄だ小娘。我ら魔王軍は回復が備わっている」

彼は右手をゆっくりと掲げた。手のひらに魔力を集中させ、火球が大きくしていく。


「目障りな小虫(こむし)が。我が道を邪魔する者には、死すら生ぬるいと知れ!」


触れるものすべてを燃やしつくす熱の暴力。


「消え去れ。『ヘラブレス・バースト』」

白い光と共に地面を照らす。リナが必死に生成した多重の氷の盾は、一瞬で蒸発して消えた。


「あ……」


魔法頼りの防御に回ってしまったリナのミス。回避する道は、すでに奪われていた。


 あぁだめだ、防げなかった。私、ここで終わるんだ。


無力な自分。天才と持て(はや)され、最短記録で駆け上がったBランクという肩書きがあまりにも虚しい。死を悟る瞬間、リナは強く、強く目を閉じた。


……。そこは雪が積もっている平原。毎年必ず来る積雪の中、寒くても鍛錬を続ける小さい頃の自分の姿がいた。


両親がエリートである彼女の家は常に厳しく、雪が降る中裸足で鍛錬を積まされていた。


そんな過酷な鍛錬が積み重なって、今の自分を作っていると考えると、自分が負けたのは歳の差だと勝手に納得できる。


間に合わない。計算は合っていた。ただ、足りなかった。

 それだけの話だ。

 ——でも。

 悔しいな……。



苦痛に耐えるために唇を噛む。拳を握り締めて覚悟した。そして聞こえたのは、パチン――指を鳴らした、軽やかな音だった。訪れるはずの苦痛も、焼き尽くされる感覚もやってこない。


「え?」


恐る恐る目を開けたリナの視界に入ってきたのは、あのFランク冒険者の背中だった。


「な、何をしたの。あれを消したの?」


リナの震える声。だが、ゼルはそれに答えようともしない。おい。ヴォルグへ向かって話しかけた。


「お前だよ。聞いてるか? お前、さっき自分を『魔王』だと言ったな」


「あぁ? 貴様、何者だ。我が魔法はどこに」


「質問に答えろ、三流。……お前ごときが『魔王』を名乗るのか? あの方の椅子に、汚いケツを乗せるというのか?」


ゼルの瞳の奥で、魔王の残光が燃え上がった。

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