6:昇華……ある状態から、更に高度な状態になること
森を抜ける道中、背後からの視線と声が止まない。
「主、先程のあの紫色の鎧は何ですか? あれは闇魔法の類でしょうか? それにしては魔力の質が違いすぎる」
「……まずとりあえずだ。服を着ろ」
「服?」
「はぁ……魔力をあまり使いたくないが、これでどうだ?」
「おぉ! 全身紫タイツ!」
肆虐態をバラルガに巻いた。
「……モゴモゴ、ふ、ふこひしゃへりふらいでふね……」
ゼルは指を鳴らすと顔だけ出せるようにタイツが変形した。
ほんと陽気な馬鹿だな。
「それにしてもですよー。主の斬撃です。風魔法にしては鋭すぎる。空間そのものが悲鳴を上げているようでした。主は一体、いくつの属性を操るのですか?」
バラルガは生まれたての子犬のように、好奇心を隠そうともせずに問いかけ続ける。 ゼルは溜息交じりに足を止めた。
「……うるさい。お前は少し黙っていられないのか」
「申し訳ありません。ですが、我が主の力の源泉を知らずして、背中を守ることはできません」
バラルガは真剣な眼差しで食い下がる。その瞳には純粋な敬意があった。
「……いいだろう。どうせ街に着くまでの暇つぶしだ。一度しか言わん、よく聞けよ」
ゼルは道端の小石を拾い上げ、手のひらで転がした。
「この世界、いや魔法の理には二つの種類がある。『実態系』と『非実態系』だ」
「はい。存じております。炎や水、風、土といった質量と形を持つのが実体系。対して、回復や強化、状態異常のような形を持たないのが非実体系。……そして非実態系の魔法を持ってしまうと、他の魔法を扱うことができない点で、戦闘面では優れていないと言われています」
「そうだ。テレポートなどその最たるもの。移動しか能がない、戦場では逃げ回るだけの臆病者の魔法。……俺もかつて親に言われた」
ゼルの言葉に、バラルガは目を見開く。
「まさか……主の魔法は?」
「俺が使えるのは『テレポート』ただ一つ」
「なッ……!? あり得ない!」
バラルガは思わず声を荒げた。「テレポートは移動魔法です! ですが主は、私を遠隔からでも切り裂き、拳を受け止めたではありませんか! あんな芸当、ただの移動魔法でできるはずがない!」
「できるんだよ。『昇華』させればな」
「昇華……?」
聞き慣れない単語に、バラルガが首を傾げる。
「非実体系の魔法に、強固な意志と魔力を流し込み、無理やり触れられる形へと変換する。それを『魔法の昇華』と呼ぶ」
ゼルは拾った小石を指で弾いた。小石は数メートル先へテレポートして消え、再び現れる。
「通常のテレポートは、自身をA地点からB地点へ移動させるというもの。だが、その移動させるための『門』そのものを物質化させたらどうなる?」
「門を……物質化?」
「そうだ。俺の斬撃はテレポートの門を極限まで薄く、長く引き伸ばして飛ばしたものだ。空間を繋ぐ門の断面が触れればどうなる? 物質の硬度など関係ない。座標がテレポートする」
「……」
私が聞くにテレポートはただの移動手段であるはず……『門』を、刃として成形して飛ばす。そんな発想、聞いたこともない。
「そして、先程の鎧。肆虐態」
ゼルは自身の皮膚を指差す。
「あれは、テレポートの入り口と出口という概念を、全身を覆う薄い膜として定着させたものだ。俺の体に触れた攻撃は、触れた瞬間に『入り口』に入り、俺が指定した『出口』へと強制排出される」
「なんと……! では、あの時私の拳が自分に当たったのは……!」
「ああ。俺の顔付近の門に入り、お前の後頭部という門の出口へワープしただけだ。あれは防御魔法などの狡い応用ではない。俺の体表すべてが、どこへでも繋がるワープホールになっている状態だ」
バラルガは絶句した。 回復魔法を固形化して触れるだけで治す薬にする、といった伝説は聞いたことがある。だがそれを実戦レベル、いや、燼クラスの魔物を圧倒する次元まで高めるなど、神の業に近い。
「本来、形のないものに形を与えるなど、人類が10000年生きられたとしても、辿り着けるか怪しい難易度だ。未来ですら、これを実用化できたのは一握りの天才だけだった」
「それを……主は……」
「才能がなかったからな」
ゼルは自嘲気味に笑った。「五歳の時、俺は十センチしか移動出来ない落ちこぼれだった。だから研究し尽くしたんだ。テレポートとは何か、空間とは何か。来る日も来る日も、移動魔法一つを極めるために」
バラルガはその背中を、改めて畏怖の念を持って見つめた。 目の前の魔王は、強大な魔力を持って生まれただけの存在ではない。 誰よりも弱く、誰よりも魔法を理解し、そして誰よりも執念深かったからこそ、最強へと至ったのだ。
「……『雑魚魔法』と笑う奴らを見返すためにな」
ゼルは吐き捨てるように言い、再び歩き出した。
「理解したか? 俺の強さは魔法の強さじゃない。『知』の強さだ」
「……はい。我が主。……私は本当にあなたの下僕になれて、嬉しいです」
バラルガは深く頭を垂れ、その背中を追う。
「ふん。……さっさと行くぞ。街が見えてきた」
森の開けた先には、城壁に囲まれた人間の都市『城塞都市ガラード』の威容が見えていた。
***
「ここが、1500年前の人間の街か」
ゼルたちはフードを目深に被り、検問の列に並んでいた。バラルガもまたボロボロのローブを纏い、その異質な褐色の肌を隠している。
「主、大丈夫でしょうか。私は人間の姿になれたのですが、魔物感知に引っかかるのでは……」
「問題ない。俺のテレポートの膜で、俺たちの魔力波長は遮断している。ただの旅人にしか見えん」
検問の兵士が、無愛想にゼルたちを見やった。 「おい、次はそこの二人。身分証は?」
「……ない。田舎から出てきたばかりでな」
ゼルは平然と嘘をつく。
「身分証なしか。なら新規登録が必要だ。通行税として銀貨二枚」
「……銀貨?」
ゼルは固まった。未来の知識、過去の知識。あらゆる「知」を持つ魔王ゼルであったが、たった一つ、致命的な欠落があった。
……金は、持っていない。
宿屋の時と同じ失敗だ。最強の魔王、所持金ゼロ。
「おい、どうした? 払えないなら通せねえぞ」
兵士が怪訝な顔をする。 ゼルが強行突破するかと指に魔力を込めかけた、その時だった。




