32:芥蔕……胸の奥にあるわだかまり
「ぁ゙あ、あぁ!」
汚い悲鳴が時計塔の中で響き渡っている。針が動く音でその声は外ではかき消される。
「……だから言ったでしょう。使いすぎよ」
白い衣を纏った女が、額に汗を滲ませながら呟いた。
その下の石床に倒れ、のたうち回っているのは——レイドだった。
両手で頭を掻きむしり、目は見開かれ、焦点が合っていない。
「っ……うっるさい……!」
彼の脳内では、膨大な思考が暴れ回っていた。ありとあらゆる思考の処理。思考は聞こえずノイズも聞こえないのに、淡々と脳が焼き切れるような痛み。
それが休みなく、絶え間なく流れ込んでくる。
エタの魔法の肩代わり。
正確には——エタが扱うはずだった思考負荷。
「代償がないわけ、ないでしょう……!」
女は歯を食いしばる。
彼女の両手は発光している。回復魔法が休みなくレイドへ注がれていた。裂けた毛細血管が修復され、焼き切れかけた神経が繋がり直される。だが次の瞬間には、再び負荷で軋み、壊れる。
治す。壊れる。
その繰り返しに時間の概念はないように感じた。
ただ、削れていくものだけが確かだった。
「ぐぁあああああ!」
レイドの身体が何度も跳ね上がる。王都全員の思考を高速で展開しているエタの魔法は、レイドの脳裏に焼き付いて消える前に次の展開が重なる。誰の声でもない静かな声が、処理だけを耳に押し付けてくる。感情の入る隙間がない。
それを彼は受け止め続けている。
エタの代わりに。
「あんた、本当に……」
女の声は震えていた。
魔法は等価だ。強い魔力ほど反動は大きい。
デメリットの分だけ、術者を削る。
それがこの世界の理だった。
脳を焼き切り人格を削る。感情を摩耗させる。
だからこそ、エタは壊れなかった。代わりに壊れている者がいるから。
「助手なんて……軽く言ってくれるわよね」
白衣の裾が血で濡れている。回復魔法は万能ではない。生命力を削る。精神を削る。魔力を削る。だが女は止めない。
止めれば——レイドの脳は焼き切れる。
「っ……エタは……まだ」
レイドが掠れた声で呟く。
「あいつは、まだ……終わってない……」
その瞬間、思跡魔法の意識のゆらぎを感じ女の手が止まる。
「……来た」
震えたのは恐怖ではなく確信だった。レイドの絶叫が一段と大きくなる。
「や、めろ……! 増やすな……!」
脳内に流れ込む演算の量が倍増する。
「無理よ……これ以上は……!」
女の回復の光が強まる。だが彼女の視界が揺らぐ。鼻から血が滴り落ちる。それでも、止めない。
「エタは死なない」
静かに、言い切る。
「だって、あんたが壊れてないもの」
レイドの身体がびくりと震える。
壊れていないのではない。壊れるたびに、戻されている。
女によって。無限に。回復と破壊の連鎖。
循環の中で、レイドは歯を食いしばる。
「……あいつは……俺より……ずっと……」
言葉にならない。脳内の痛みが全てを掻き消す。
レイドは理解し始めてる。傲慢で怠惰で才能に恵まれた自分より、魔法を使うたびにこんな苦痛が襲ってくるエタの力が……可哀相だって。
だから耐えられる。私は、あんなに嫌いだったレイドのことが、今では信じられないくらい肯定できるようになった。それは本当にすごいことなのよ。レイドは……
何度目か分からない回復の光を重ねながら、エリアは唇を噛んだ。それでも口から零れたのは罵倒だった。
「……あんた、本当に馬鹿ね」
涙が零れた。
だが回復の光は弱まらない。やがて魔力の質が、変質した。痛覚が空中へ逃げるように。
レイドの絶叫が、止まった。
「……え?」
彼の鼓動は安定していく。脳内の情報処理が静まり始める。
冷たく、澄んだ、一本の思考が何本もの帯となって強固になっていく。
女——エリアの背筋が凍った。
「……終わった?」
そこは塔の前。
エタが失神していた。
血に濡れ、胸に大きな傷がある状態で。
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