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28:契血……逃げられなぬ誓い

――契約成立。


「な、なに……?」

スライム二匹が、跳ねて後ずさる。


ルーラの身体が伸び、揺れ、光が走る。柔らかい小さい体は、やがて人の姿へとなった。


緑色の長い髪が、夜風に揺れる。黒い瞳が月を映した。


細い肩とかすかな呼吸。裸のまま、そこに立つ少女がいた。生まれたての身体は、震えていた。


スライムの片方がルーラ? とか細く呼んだ。 ルーラは自分の両手を見る。指があり爪があり、骨があり血管がある。


「どうして……」

震える声で崩れ落ちた。


黒い瞳が、ゆっくりとゼルを見上げる。


 怖い。


だがこれが最適解。血を与えられる時、否定もできなく、肯定もできなかった。その時間も気力もない。


「……ル、ルーラは……」

人間の声帯が、まだうまく動かない。


ゼルは無言で少女を見つめた。


「服がないな」

淡々と呟き、紫色のタイツのような物が彼女の身体を覆った。そしてその上から、ゼルは自分のフード付きの黒いコートを脱ぎ、ルーラの肩に掛けた。


ぶかぶかの布が、少女を隠す。


「歩けるか」


ルーラは小さく頷き、振り返る。スライム二匹が、まだ呆然としている。


「ごめんね」


 涙が滲む。


「バイバイ」

精一杯、笑おうとしたが口角はうまく上がらなかった。粘体の体のままなら、泣くという感覚も知らなかったのに。


 人の身体は、こんなにも痛い。


ゼルは背を向ける。

 「行くぞ」


ルーラは一度だけ振り返り、そして歩き出した。

足が重い。仲間を助けるため。


 ――本当に、それだけ?


「ルーラ!」

スライムが一匹追いかける。だが片方が「もう無理だよ」と言った。その言葉がはっきりと聞こえるのに、振り返れない。


森を抜ける頃、ゼルはふと視線をズラす。隣を歩く少女は震えていた。


 自分の意思かどうかも曖昧な血の契約。


 了承は、取っていない。儡だからと。気になると、心の底から思ったからだと……。

 だが――。王であることは、わがままであることだと信じていた。謙虚で舐められたら終わりだと。


リリースのツンとした顔が浮かぶ。だが靄がかかったように輪郭が掴めない。

『蔑んでいるわけではございません、どうかお聞きください』リリースの声すら曖昧になりつつある。

『言葉を選べ。しっかりとな』目を背けた。


 今は王ではない。それなのに、何が違う。何も違わない。俺は――


隣でルーラが口を開きかける。

「あ、あの」

言葉が詰まる。


 やっぱり……。


心臓がドクンと大きく鳴っているのを感じた。手汗が滲む。結局一言も喋らず、二人は王都へと向かう。夜風が冷たい。


 涼しい……。


ルーラは大きく手を広げた。気が楽になったかのように、少しだけ気持ちよさそうな顔をしていた。


「夜風、気に入ったか?」

ゼルがルーラに話しかける。ルーラはビクリと肩を震わせたが、カタコトで返事を返した。


「は、はい。涼しくてサッパリです」


「そうか」


やがて、王都の外壁が見えはじめる。門の前に人影があり、門を通るためゼルはズボンのポケットに入っているギルドカードを取ろうとした。


「待て……動くなルーラ」

ゼルは足を止め、ギルドカードをポケットへ戻した。


「え」 


ゼルは門番に近づいた。そこには地面に倒れている人間の姿があり、血は出てないが喉に傷口がある。


口あたりに手を当て、胸に手を伸ばした。目を見開いたまま、呼吸も無く心臓も動いていない。


ゼルは目を細め、視線をどかした。ルーラが何事と門へ近づく。小さく息を呑み、口に手を当てた。体を使い、門を押し開ける。ルーラも手伝い、軋む音が響き渡る。王都の中へ踏み込んだ。


呼吸が止まる。遅れて匂いが鼻に刺さる。


 なんだこれは……。


 


折り重なる子どもたち。抱きしめあった状態で地面に倒れる夫婦。家の壁に貼り付けにされ、大きな金属で刺されている老爺。


 泣き声も悲鳴もない。王都は静まり返っていた。


「……これは」

ルーラが、後ろで震える。


王都は―


誰が。


何のために。


ゼルの答えはまだ出ない。


ただ一つ。


ゼルの迷いが、エタの歯車の潤滑剤になっていることに。

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