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21:精到……細かいところまで行き届くその様

空気が、歪んだ。ゼルを中心に世界が反転したかのような錯覚。彼がその名を口にした瞬間、ゼルの身体の周囲に『紫の門』が出現した。それは光すらも飲み込む、次元の裂け目。それらはゼルの全身を薄い膜のように覆い尽くしていく。

 

肌や服が、空間の彼方へと繋がる『門』そのものへと置換されていく。


「グルル……?」

ガーディアンが警戒し、足を止める。本能が告げていた。目の前にいるのは何か。否、生物ではないと。


「どうした? 来ないなら、俺から行くぞ」

ゼルが一歩踏み出す。

ヒュッ。足音がしない。


「ガアアアアッ!!」

恐怖を振り払うように、ガーディアンが咆哮と共に突っ込む。音速のタックル。ゼルは避けなかった。棒立ちのまま、その衝撃を受け入れる。


ズヌプッ。

異様な音がした。

 

ガーディアンの肩が、ゼルの胸部に吸い込まれた。衝撃がない。音もしない。


「な、なに……!?」

リナが目を見開く。


次の瞬間。ガーディアンはゼルの背後から放出される。数十メートルの巨体を簡単にすり抜けさせたのだ。


「ガッ、グッ……!?」

単なる防御ではない。完全なる攻撃無効。物理攻撃無効どころの話ではない。干渉そのものが成立しないのだ。


ゼルが右拳を軽く突き出す。相手との距離は15メートル以上。届くはずのない距離。だが、ゼルの拳は門へと入りテレポートしながら距離を稼ぐ。


ドゴンッ! 拳は、あれほど硬かったガーディアンのボディを貫通した。


「ッ……!?」

魔物が大量の黒い体液を吐き出す。


リナは震えながらその光景を見ていた。


 魔法理論の崩壊だ。移動魔法は普通10cmくらいの移動しか出来ないゴミ魔法。それをあんな使い方。ましてや魔法の昇華を容易に行えてるなんて……。


「オオオオオオオッ!!」

ガーディアンが狂乱する。殴れば吸い込まれ攻撃を無効化され、触れたら最後の拳。

 

ガーディアンは赤黒い筋肉を膨張させ、一気にゼルへ攻め込む。そしてその速度から出る回避不可能な()()の打撃の雨。


ゼルが両手を広げる。彼を中心に空間に無数の門が開いた。


ジュボボボボボボッ!! 数百の雨が、ゼルの目前で飲み込まれていく。


そして。


「お返しだ」


ガーディアンの四方八方、上下左右、三百六十度の空間に『出口』が開く。


「ギ、ッガアアアア!?」

自らの火力を全方位から浴びる。再生する端から削り取られていく。


「終わりか? もっと楽しもうぞ」

ゼルが飛ぶ。右から左へ転移。蹴り上げると同時に、相手の頭上に転移して踵落とし。吹き飛ぶ先へ先回りし、待ち構えて殴る。


それは一方的なリンチ。

「ガ……ァ……」

ガーディアンが膝をつく。もはや再生も追いつかず、全身から煙を上げている。だが瞳はまだ、楽しみという名の殺戮の目をしていた。


『■、■■■……!』


魔物は残った片腕に、全力を込める。自爆覚悟。洞窟ごと、この理不尽な男を吹き飛ばすつもりだ。


「いい目つきだ」

ゼルは笑みを消し、冷徹な魔王の顔に戻った。もはや遊びではない。敬意を持って介錯する。


ゼルは右腕を引いた。

「(楽しかったぞ。名も無き守護者よ)」


ガーディアンの拳が放たれる。

同時に、ゼルの拳も放たれた。


『■■■』

「……」


二つの拳が激突――しなかった。ゼルの拳がガーディアンの拳を通り抜けた。そして、そのまま腕の中を通り、肩を抜け、胸部の奥深くにある核までも貫通させた。


「…………ガ」

ガーディアンの動きが凍りつく。


「……」

ゼルが腕を引き抜く。


ガーディアンの巨体に亀裂が走り、内側から光が漏れ出す。


「ガーディアン……お前はすごい」


崩壊が始まった。


ガーディアンの赤い目の光が、暗くなっていく。


『(ありがとう……)』


「……」


同時に、洞窟全体が悲鳴を上げた。勇者たちとの戦闘、そしてゼルの規格外の暴れっぷりに耐えきれず、支柱となっていた岩が限界を迎えたのだ。


ガラガラガラッ!!

天井から巨大な岩が降り注ぐ。


「きゃぁっ!?」

リナが悲鳴を上げ、頭を抱える。

 

 もう駄目! 生き埋めに……。


フワッ。

体が浮遊感に包まれた。


「ぼーっとするな。死ぬぞ」

目を開けると、ゼルがリナを抱えていた。彼の全身を覆っていた『門』は既に消え、いつもの冒険者の姿に戻っている。ゼルは崩落する岩を足場に駆け上がっていく。


ふとゼルの視線が横へ流れた。そこには瓦礫の下敷きになり、既に事切れているエリアの姿があった。半身は真っ赤に染まり、その顔は恐怖から一切変わらない。


……。


ゼルは一瞬だけ足を止めかけたが、すぐに視線を前に戻した。蘇生魔法? そんなものは神の領分だ。魂は既に死んでいるはず。器が壊れれば、そこまでだ。俺は万能ではない。死者を弄ぶ趣味もない。


「行くぞ」

短く告げると、ゼルはリナをしっかり抱え直した。


背後で盛大な轟音が響きわたる。ゼルはテレポートと身体能力を駆使し、一気に地上への穴を駆け抜けた。



 ***



 外は、夜だった。

冷たい風が、汗ばんだ肌を撫でる。窟の入り口は崩落し、もう二度と入ることはできないだろう。


ゼルは近くの草むらに、リナを乱暴に下ろした。

 「いっ……!」

折れた足が痛む。けれど、生きている。

あの地獄から、生還したのだ。


リナは震える体で、目の前の男を見上げた。月明かりを背負い、彼は埃を払っている。圧倒的で、残酷で、けれど誰よりも頼もしい背中。


「……あ、あの……」

礼を言うべきか、文句を言うべきか。言葉が見つからないリナに、ゼルは振り返りもせずに歩き出した。そして、肩越しに一言だけ投げかけた。


「もう、迷子になるなよ」

その声は、相変わらずぶっきらぼうで。けれど誰かの甘い言葉よりも、ずっと胸の奥に刺さる響きを持っていた。

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