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20:笑止……バカバカしくておかしいこと

 リナの中で張り詰めていた何かが切れた。まぜこぜの感情が言葉にならないほどに。


「あ……あぁ……」

ゼルは、リナから視線を外し、目の前のガーディアンへと向き直った。彼の手にあるのは、先ほど勇者レイドが逃げる際に捨てていった聖剣アスカロン。本来、勇者に選ばれた者だけが輝かせることができるはずの黄金の刀身は、今はくすんだ灰色をしており、ただの古ぼけた剣にしか見えなかった。


 『選ばれざる者』だな。上等だ。


ゼルは嘲笑した。英雄の証など俺には必要ない。俺が振るうのは力だ。この手にあるものが何であれすべて等しい凶器に過ぎない。


「グルァァァァッ!!」

ガーディアは叫んだ。自身の攻撃を完全に受け止められたこと、新たな異物への敵意、それらがガーディアンの精神を苛立たせた。ガーディアンの赤黒い筋肉が収縮し、膨張する。


次の瞬間、ガーディアンの姿が掻き消えた。

「速ッ……!」

リナの目には見えない神速。今までの速さとは違う次元。

だがゼルは動じない。彼の視線はガーディアンを取られていた。


――洞窟内の空間情報が、ゼルの脳内で完璧な3Dマップとして構築されている。空気の流れ、魔力の揺らぎ、そしてガーディアンの放つ圧倒的な殺意の魔力放出。


 右。


ゼルは聖剣を無造作に横へ薙いだ。


ガギィィンッ!! そこには何もない空間だったはずなのに、金属がぶつかり合う激しい音が鳴り響く。一瞬だけ姿を現したガーディアンの回し蹴りが、聖剣の腹で受け止められていた。


「遅い」

ゼルが吐き捨てる。ガーディアンが再び消える。今度は上。天井を蹴り、隕石のような速度で落下してくる拳。ゼルは一歩も動かず、ただ聖剣を上に弾くように受け止めた。


 ドゴォォォォンッ!!


衝撃波が地面を砕き、ゼルの足元がクレーターのように陥没する。だが、ゼルは微動だにしない。膝すら曲げていなかった。


「ガァ……!?」

ガーディアンの思考は停止していた。ここまでしてもゼルは死なない。それは計算外。この人間の体力、および筋力が測定できる限界を突破している。


「どうした? 自慢のスピードはどうした?」

ゼルがニヤリと笑う。その笑みは、目の前の殺戮の魔物より遥かに凶悪だった。


「来ないなら、こちらから行くぞ」

ゼルの姿がブレた。縮地ではない。移動魔法――テレポートだけだ。


次の瞬間、ゼルはガーディアンの懐にいた。


ゼロ距離。

「ッ!?」


ガーディアンが反応し、迎撃の拳を放とうとする。しかしそれよりも早くゼルは攻撃を展開していた。

「『アドヴァント・カスケート』」

一秒間に百を超える斬撃。ガーディアンの漆黒の装甲を簡単に切り裂き、赤黒い筋肉が弾け飛び、黒い体液が霧のように舞う。


「グ、オオオオオオオオッ!!」

ガーディアンが絶叫する。再生が追いつかない。痛みという概念を知らないはずの怪物が、初めて恐怖に駆られる。


ガーディアンが暴れ回る。獣のように、壁を蹴り、天井を走り、四方八方からデタラメな軌道でゼルに突っ込んでくる。最高速度の体当たり。岩をも砕くラリアット、切り裂くカカト落とし。


「ハハハッ! そうだ、それでいい!」

ゼルは笑いながら、その全ての攻撃を聖剣で受け流し、弾く。鉛色の剣身が赤熱し、火花が散り続ける。


 ――楽しい。


ゼルは久方ぶりに、戦いの高揚感を感じていた。1500年前に戻った世界でのやりがいのある相手。これなら本気を出してもいいかもしれない。


「グルァァッ!!」

ガーディアンが距離を取る。その全身は傷だらけだが、瞳の闘志は消えていない。むしろ、追い詰められた魔物の狂気が宿っていた。両腕を構える。全身の筋肉が限界まで膨張する。最大出力攻撃が来る。


「……ほう」

ゼルは剣を下げた。そして、ゆっくりと口を開いた。


『■■、■■■■■■■?』


「……え?」

これまで唖然としていたリナは、耳を疑った。ゼルが発したのは、人間語ではなかった。低く、腹の底に響くような、唸り声のような言語。それは、リナの知識にあるどの言語でもなかった。


「グル……」

ガーディアンの動きが止まる。赤い瞳が、驚愕に見開かれた。


 言葉が、通じている? ど、どういうこと!?


魔王。それは、人と魔物の境界線に立つ存在。だからこそ、彼らには魔物と対話するという特権がある。


『■■■……』

『■■、■■■■■■■■■■■』

ガーディアンの喉から、岩が擦れるような声が漏れた。それは彼がゴーレムだった頃の、忘れ去られた記憶の残滓。


『■■■■■、■■■■■■■■■■■■■■』

「■■■」

ゼルは短く頷いた。同情はない。理解だけがある。こいつもまた、縛られ、歪んでしまった哀れな存在なのだと。


「(褒めてやるよ。俺をここまで楽しませてくれたのは、お前が初めてかも知れない。戦う理由、それが純粋に戦いたいということ。これを知ったのは幾年ぶりだ)」

ゼルは聖剣を投げた。聖剣は豪速に岩壁へと刺さる。


「(だからこそ……)」

全身の魔力が、一点――右手に収束していく。洞窟内の空気が、ビリビリと震え始めた。


「戦うんだ。心を剥き出しに楽しむ」


『(……感謝する、名もなき強者よ)』

ガーディアンが最後の突進体勢に入る。全身全霊、これまでの全ての憎悪と、楽しさを交えた最後の一撃。


ゼルはニカりと笑う。笑みは、魔王としての残酷さと、戦士としての敬意が入り混じったものだった。


「見せてやる。これが俺の本気の一端だ」


ゼルの口から、紡がれたのは……。第二の自分。


肆虐態(しぎゃくたい)・ラドウィドル』

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