19:腐心……心をいため、悩ますこと
聞いたことがあった。最古のガーディアン。普段は温厚で人を尊び、愛し、守っていたゴーレムだった。しかし、人が人を妬み、怨み、殺していた時、彼は憎んだ。人を愛せなくなった自分を憎んだ。それからというもの彼の鎧は人間を忘れてはいけない呪と重みになった。
そいつはもはやゴーレムという生ぬるいカテゴリーではない。
「殺戮するためだけに特化した最強の魔物」だった。
リナが短剣を構え直す。だが指先が震えていることに、彼女自身が気づいていなかった。しかし本能だけは違う。 『魔法を撃て』ではない。『逃げろ』と警報を鳴らす。
ドッッッッ!!!!
爆音。空気が破裂する音が鼓膜を叩いた瞬間、ガーディアンの姿が掻き消えた。
「――え?」
リナの視界から、巨体が消失したのではない。認識を遥かに超える速度の移動。
「ぐ、がぁ゙ぁ゙ああぁ゙ッ!?」
背後で悲鳴が上がった。リナが振り返るよりも速く、巨大な影が通り過ぎる。前衛にいたはずのガンツが、ボールのように空中へ打ち上げられていた。
いつの間に?
どうやって?
ガーディアンはすでにガンツの懐にいた。そして100発を優に超えるパンチがガンツに降り注ぐ。
「ガ、ガンツ!?」
「……ッ!?」
レイドが反応する。聖剣を構えようとしたコンマ1秒の隙。ガーディアンの赤い瞳が、ギラリと軌跡を残した。
ブンッ!! 風切り音すら置き去りにする回し蹴り。重戦士を一撃で沈めたその足が、今度はエリアへと向かう。
「あああッ!!」
エリアが悲鳴と共に逃げ去ろうとする。
パァァァァンッ!!
逃亡? 関係ない。圧倒的な質量と速度の前で、逃げるという選択肢は無謀。
「……」
エリアが壁面へ叩きつけられ、崩れ落ちる。辺りは血に染まった。
速い。重い。
そして何より――『巧い』。
ただ暴れているのではない。重心移動、的確な急所への打撃。
コイツは格闘術を完璧に習得してるんだ!
リナの肌が鳥肌立つ。ガーディアンがこちらへ向き直った。距離は二十メートル。魔法使いにとってはセーフティ・ゾーンのはず。
だが、今のガーディアンにとっては、ゼロ距離に等しい。
「『氷壁』ッ!!」
リナは叫んだ。思考するよりも早く魔法を展開する。
目の前に三重の氷の壁が出現する。
だが――遅かった。氷が形成される刹那には既に黒い拳が壁を貫通していた。
「うぐっ!?」
氷の破片が散弾となってリナを襲う。直撃は避けた。だが、衝撃波だけで身体が吹き飛ぶ。地面を転がり、受け身を取ろうとした瞬間、右足首に激痛が走った。
「ぅ゙……ッ!?」
グキリ、と嫌な音。熱い痛みが体を突き上げる。
た、立てない……。
「……」
ガーディアンがゆっくりと、蒸気を吐きながら歩み寄る。その赤黒い筋肉が、さらなる加速のために収縮を始めていた。絶望的な状況。
「くそッ! なんだこの化け物は!」
横からレイドが飛び出した。アスカロンが輝きを増す。彼は仲間がやられている間、自身の光魔法を重ねがけしていたのだ。
今のアスカロンなら効く! この光で耐えられるはずがない!
「死ねェッ! 『スターシャイン・フラッシュ』ッ!!」
光がガーディアンの背中を切り裂く――。
ガィンッ!!
「なッ……!?」
切り裂くはずだった。ガーディアンは振り返りもせず、拳の一撃だけで聖剣を弾いたのだ。剣の腹を的確に叩き、パリィしたのだ。亜光速にも達するアスカロンの攻撃を、レイドの攻撃ギリギリのタイミングで受け流した。
直後、ガーディアンの剛腕がレイドを襲う。打撃の嵐。空気が歪むほどの連撃がレイドを襲う。
レイドは聖剣を盾にして防ぐのが精一杯だ。一発受けるたびに足が沈みはじめる。勝てない。勇者の直感が告げている。物理も魔法も、技量ですらも、この人形が上回っている。
死ぬ……ここで俺が終わる!? 冗談じゃない!
レイドの瞳から、戦意が消えた。彼は聖剣を身代わりに投げ捨て、後方へ逃げた。
「リナ! あいつを止めろ! 魔法で目くらましをしろ!」
「え……?」
リナは激痛に耐えながら顔を上げた。
「で、でも……足が……動けないの……!」
「チッ、使えねぇッ!!」
レイドは吐き捨てると、閃光玉を地面に叩きつけた。
「ガンツ! 撤退だ! エリアは……」
エリアは洞窟の壁にめり込み、辺りに大量の血を垂らしていた。助けようがない。光が二人を包む。リナは手を伸ばした。
「ま、待って……置いていかないで……!」
レイドと目が合う。その青い目はもうリナを見ていなかった。
「悪いな。俺たちだけで逃げさせてもらう」
光が弾け、勇者たちは奥に駆け抜け始める。残されたのは、足の折れた少女と死んだ回復魔法使い。
それと殺戮の魔物。
「あ……あぁ……」
リナの手が力なく落ちる。静寂が戻った洞窟に、ガーディアンの足音だけが響く。
死刑執行のカウントダウン。ガーディアンがリナの目前で立ち止まる。
見上げた。
殺そうとするその一心、右腕が振り上げられた。空気が、拳の周りで渦を巻く。あれを食らえば、即死だ。
……死ぬんだ
リナは乾いた唇を震わせた。走馬灯のように記憶が巡る。
冷たい実家の床。
母の蔑んだ目。
駒と言い放った男の背中。
『歓迎』と嘘をついた勇者の笑顔。
結局……私は、誰からも愛されなかった。誰も、私を守ってはくれなかった。結局私は……。
涙から涙が落ちた。魔力はほとんど使い切り、涙は凍らなかった。リナは目を閉じる。
「……ごめんね、私」
最期に謝ったのは、ずっと無理をさせてきた自分自身へ。
風が唸る。ガーディアンの拳が、音速を超えて振り下ろされた。
死の衝撃。一秒後に、リナ・フォルトーゼという存在は肉塊へと変わった。
――その時だった。
「――はぁ、ったく」
それより早く、呆れたようなため息交じりの声。
轟音。ガーディアンの圧倒的連撃が洞窟を揺らした。――何秒も続く、絶対殺戮。絶対に殺そうとする意思がガーディアンからリナに伝わった。
だが、リナに痛みは来なかった。
代わりに、バチバチと火花が散る音。
「……え?」
恐る恐る、目を開ける。そこには一人の男の背中があった。
見覚えのある紫色の髪。大きめのコート。そして彼の手には、聖剣アスカロン。男は聖剣一本で、ガーディアンの必殺の猛攻を受け止めていたのだ。
「ル、グル……ッ!?」
ガーディアンが戸惑うように軋む。その拳はピクリとも動かない。まるで絶対壊れない壁に阻まれたかのように。
男は、退屈そうに肩越しに振り返った。リナの涙で滲んだ瞳にその笑みが焼き付く。
「よう、小娘。……よくこの化物と戦えたな」
ゼル・アルヴァルト。絶望の淵に現れたのは、どこぞの勇者ではなく、最も深き闇の者だった。
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