表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゼルの掌握  ~魔王はまだ死ねない~  作者: Hulanes
第一章:半死半生の大魔王
17/52

17:凌駕……他者を超え、それ以上になること

魔力も、技術も、構えすらも必要ない。ただ圧倒的な斬撃を、飛ばすだけ。


「『アドヴァント・エッジ』」

重力に捕らわれていた疾風竜は、悲鳴を上げる暇すらなかった。鋼鉄の鱗も、強靭な筋肉も、すべてが簡単に寸断される。


「『アドヴァント・カスケート--ポイントセット』」

数秒後。地面に降り注いだのは、原形を留めないほど細切れになった肉片の雨だった。


「……脆いな。こいつも」


ゼルは手のひらに乗った肉片を投げすて、対岸を見た。竜は片付いたが、リナが落とした橋の残骸は遥か谷底だ。


「主よ、いかがなさいますか。飛んで渡るには風が強すぎますし」

「本当にあの小娘、やってしまったな」

ゼルは舌打ちをした。ここを渡るには、一度谷底へ降り、風の弱い場所を選んで壁を登るしかない。魔王にとって造作もないことだが、物理的な移動時間はどうしたって掛かる。


「行くぞバラルガ。遠回りだ」

「はっ!」

谷底へと身を躍らせた。


          

***



 その頃。

渓谷を抜けた先に広がる針葉樹の森を、リナは走っていた。木の根につまずきそうになりながら、ただひたすらに前へ。


「ハァッ、ハァッ、ハァッ……!」

息が切れる。肺が焼けるように熱い。だが、足は止めなかった。止まれば、あの男たちの言葉が――自分がただの道具だという事実が、追いついてくる気がしたからだ。


「誰が……誰が駒なんかになるもんか!」

吐き出す言葉は、誰に向けたものでもない。視界が滲む。脳裏に浮かぶのはゼルたちではない。あの日、もっと古い、幼い日の記憶。


 ――雪の降る中庭。

吐く息も凍るような極寒の世界で、幼いリナは裸足で立たされていた。


『リナ、寒いと感じてはならん』

父の厳格な声。

『体温調節は氷魔法で行え。常に一定に。一分の狂いもなく』

『お前は、フォルトーゼ家の恥にはならないでおくれ。凡人のように震えることは許されません』

母の冷たい瞳。

あたたかい毛布も、焚き火も与えられなかった。

与えられたのは短剣と、終わりのない鍛錬。


『一万回振り終えるまで、部屋には入れませんよ』

感覚のなくなった足。凍傷で紫色に変色する指先。

それでも泣けなかった。涙が頬を伝えば、瞬時に凍りつき、皮膚を裂くような痛みが襲うからだ。


『抱きしめて』なんて言えなかった。

 一度、母に縋り付こうとした時、彼女は汚いものを見るようにリナを突き飛ばしたのだ。

『離れなさい。他の誰かに頼ってはいけません』


 ――ああ、そうか。

私はあの頃からずっと、人間じゃなかったんだ。

親にとっても、魔王にとっても。

優秀な誰かの駒。それ以外の価値なんて、最初からなかった。


「……っ、うぅ……!」

リナは走りながら、乱暴に袖で目元を拭った。

泣くな。泣いたら凍る。

感情を殺せ。心から氷にしろ。そうすれば、痛みも寒さも感じなくなる。


「一人で……やる。最強になって、全員見返してやる!」

少女は森の奥深くへと、その小さな体を投げ出すように駆けていった。



***



 それから、五十分後。

ガサリ、と森の茂みが踏み荒らされた。


「……やっと着いたか」


ゼルとバラルガが、ようやく渓谷の対岸へと這い上がってきた。多少の汚れはあるものの、魔王たちの体力は底知れない。現れた数体の竜を倒したが、息一つ乱れてはいなかった。


「主よ、足跡があります。あの方角へ走ったようです」

バラルガが地面に残る足跡を見つける。


「……時間がかかったんだ。小娘ももう王都に着く頃かもしれんな」

ゼルは足跡を見つめ、退屈そうに呟いた。


「まあいい。目的は同じだ。俺らも王都へ向かうぞ」

二つの影が、風のように森を駆け抜け始めた。



***



 王都シンフォニア。

大陸の中央に位置し、人類の繁栄を象徴するこの巨大都市は、巨大な城壁によって外界と隔絶されていた。

その南門を、一人の少女がくぐり抜ける。リナ・フォルトーゼだった。


「……ハァ、ハァ……ここが、王都……」

彼女の姿は、見るも無残なものだった。黒髪は汗と泥で汚れ、目の下には濃い隈が刻まれている。靴のかかとは破け、足を引きずるたびに激痛が走った。


道行く人々が、乞食を見るような目で彼女を避け、遠巻きにヒソヒソと噂話をしている。


ただ、渇いていた。

水ではない。承認の渇望だ。

誰かに必要とされたい。誰かの上に立ちたい。あいつらを見返したい。そのドロドロとした執念だけが、切れかけた意識を現世に繋ぎ止めていた。


……情報収集よ。まずは、ギルドへ。


リナはフラフラと大通りを進み、冒険者ギルドの本部前へと辿り着いた。そこには、国中から集まる依頼書が張り出された巨大な掲示板がある。彼女は何気なくそこへ視線をやり――そして、息を呑んだ。


「……嘘」


一番目立つ場所。金枠で囲まれた羊皮紙に、見覚えのある自分の名前が記されていたのだ。


『【緊急募集】 氷の魔導師、リナ・フォルトーゼ殿を求む』

『依頼主:勇者パーティ・リーダー、レイド・ヴァン・アストリア』

『報酬:金貨100枚、および名誉騎士の称号授与』


リナは震える手で、その張り紙に触れた。幻覚ではない。インクの匂いがする、現実の紙だ。


 ……本当に、私を探してたの……?


ドクン、と心臓が跳ねる。

ゼルは言っていた。『勇者が新しい魔法使いを探している』と。それは魔王の世迷い言でも、自分を陥れるための嘘でもなかったのだ。


勇者が、この私を求めている。あの最強と言われる英雄が、私の力を必要としている。


 ……もし、私がこの手を取ったら?


リナの脳裏に、数時間前の光景がフラッシュバックする。一撃で疾風竜を肉塊へと変えた、ゼルの圧倒的な暴力。あの男は化け物だ。あんなものに勝てるはずがない。一瞬、そんな絶望がよぎる。


 だが――だからこそ。

 

 勇者なら……レイドなら、あいつに勝てるかもしれない。


リナの瞳に、暗い光が宿る。

ゼルは自分を『駒』と呼んだ。なら、自分が勇者という最強の駒を手に入れればどうなる? 勇者のパーティに入り、その名声と力を利用し、自分を磨き上げる。そしていつか強者を見下ろしてやるのだ。


「……ふふっ」


乾いた笑いが漏れた。

歪んでいる。自分でもわかっていた。これは健全な思考ではない。でも、今のリナにはそれしか縋るものがなかった。


リナは人通りが少なくなった路地裏へと足を向けた、その時だった。

「……おい」


背後から、低く、冷たい声がかけられた。リナはビクリと肩を震わせ、振り返る。そこには全身を黒いマントで覆った何者かが立っていた。フードを目深にかぶり、顔は見えない。

 ただ、一瞬で理解した。ただのチンピラではない。歴戦の冒険者か、あるいは暗殺者のような、危険な匂いを漂わせていた。


「……誰?」

リナは警戒し、懐の短剣に手を伸ばす。魔力は枯渇寸前だが、虚勢を張ることだけは忘れない。


「探したぞ、リナ・フォルトーゼ」

男の声だった。彼は懐から一枚のメダルを取り出し、リナに見せつける。そこに刻印されていたのは、王家の紋章と、交差する聖剣の柄。


「お前に会いたがっている御方がいる。……ついて来い」

拒否権などないような口調。だがリナは、その紋章の意味を知っていた。勇者パーティー……。


 来た……。


運命が、音を立てて回り出す。リナはゴクリと唾を飲み込み、震える足に力を込めた。


「……案内して」


もう後戻りはできない。少女は自ら、修羅の道へと足を踏み入れた。

下の☆☆☆☆☆から評価をお願いします! 面白いと感じたなら5つ、つまらなかったな〜と思ったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です! ブックマークもしていただけると、めっちゃうれしいです!


よろしくおねがいします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ