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Ep10: 【ヴォルグ】

「待って。待って!」


リナの声が半壊した大通りに響いた。


 ここで、あの人を捕まえなきゃ。強さの秘訣と秘密を聞かなきゃ。ここで逃したら、だめなの!


足は鉛のように重かった。それでも、リナはコケながら走った。


「しつこいな」

ゼルは足を止めず、深くため息をついた。


「いかが致しますか、主。殺しましょうか?」


「いや、いい。殺したところで注目され、面倒事が増えるだろう」

ゼルが半壊した街の門の前で立ち止まる。追いついたリナは、ゼルの数メートル手前で立ち止まる。


「はぁはぁ……っ、ま、待って。言ったでしょ」


「何の用だ」

ゼルは振り返り、冷徹な瞳でリナを見下ろした。夕焼けが彼の紫色の髪を縁取る。


「私、見たのよ。あの一瞬でアンタが何をしたか」


少し震えた声でリナは言った。

「移動魔法……ううん、そんな生ぬるいものじゃなかった。街の人たちを助けると同時に、ワイバーンの群れを。どうやってその曲芸ができるの」


バラルガがぴくりと眉を動かす。ゼルは表情一つ変えなかった。

「幻覚でも見たのでは? Fランク冒険者が魔王を倒せると。いや違う、あれは魔王じゃない。単なる雑魚だ。ワイバーンも偽物で叡でもないそれ以下。その他の強いワイバーンはもうお前が倒してくれたではないか」


「嘘よ! じゃあ、ヴォルグの魔法はどう説明するの。あんな、街一つ消し飛ばすような魔法を……パチっと消滅させて、しかもそれで」


リナは一歩、踏み出した。


「あなたは一体、何者なの? Fランクなんて嘘。……ねぇ、教えて。あなたは何」


風が鳴る。

「ふへぇ?」


背中に冷たい石壁の感触。首元には、冷ややかなゼルの指先が添えられている。


「何者、か」

ゼルの赤い瞳。リナは、奥に宿る人が決して覗いてはいけない闇を見た。


「いい度胸だ、小娘。そこまで知りたいか」


「っ……!」


ゼルの指先が、リナの首筋をゆっくりと撫で上げる。


 殺される……!


けれど、リナの口から出たのは命乞いではなかった。

「教えて。知りたい、あなたのことを。……あんな力を見せられて、ただ『すごかったね』で日常に戻れるほど器用じゃない!」


ゼルはフッと口元を歪めた。

「ほう」


指先にかかる力をわずかに緩める。


「恐怖より好奇心が勝るか」

ゼルが手を離した、その時だった。


――グチャリ。


大通りから聞こえる気色悪い音と、ボコボコと何かが沸騰するような音。


「……あ?」


ゼルが眉をひそめ、視線を向ける。リナもまた恐る恐る振り返った。先ほど殺したはずのヴォルグが、這いつくばってこちらに向かっていた。


「ア……ガ、ァ……ァァァ……」

炭になった皮膚が剥がれ落ち、その下から筋肉の繊維が無様に蠢く。折れた骨が少しずつもとに戻り始めていた。


「え、嘘……。死んだんじゃ……どうして」

リナが絶句し後ずさる。完全に死んでいたはずだ。心臓も、肺も、脳すらも焼き尽くされていたはずなのに。


ゼルは目を見開き驚いていた。だが驚きは一瞬。すぐさま現象の正体を探り始める。


 ……魔力による治癒。ならばこれはなんだ? 死後による再生? 火魔法にそんなものは聞いたことがない。肉体の時間の巻き戻しでもない。肉体そのものが、死を拒絶し、強引にしがみついている。


 そうか。……あの腐れ野郎、父上の――いや俺()()の血を取り込んでいたか。


ゼルは自らの掌を見つめた。


 魔王の肉体は仮に四肢をもがれようと再生する。おそらく俺がバラルガに血を与えたように、ヴォルグも父上から血を与えられていたのかもしれん。


「故の四天王……」


 記憶の欠如。魔王の血が意味する特別な事を。血を与えられた者の特別な見解を。


ヴォルグがゆっくり立ち上がる。

「ウゥゥ……ガァァァァァッ!! コロス……!!」


バラルガが一歩前に出た。


「主よ。やはり殺し損ないでしょうか。私が今度こそ消滅させて――」


「待て。お前は慌てるでない」

リナの襟首を掴むと、無造作に前へと放り投げた。


「えっ!?」

怪物の前に躍り出るリナ。目の前には殺意を向ける魔王。リナは顔面蒼白になり、振り返った。


「な、何をするの。私はあれには勝てない! あの火球も回復も!」


「知りたいと言ったな、小娘」

ゼルは腕を組む。


「俺の正体を。俺が見ている景色の意味を。……それを知るには、相応の台に立て」


「台?」


「そうだ。ただ守られるだけの調子者に教える義理はない。あいつを殺せ。あれはもう魔物としての知性を失ったゴミに過ぎない」


「む、無理よ! だって私じゃ……」


「工夫しろ。考えろ。Bランクなら、やりようはあるはずだ」

ゼルは試すような目でリナを見据えた。


「勝てば教えてやる。俺の秘密を。だが、負ければ死ぬぞ。俺は助けない」


 1500年前なら仲間を即座に救った。だが今は違う。覚悟のない者は質疑の権利すらない。


 やるしかないの?


リナは震える手で、腰の短剣を抜いた。


 相手は腐っても魔物。最低でも燼くらいの強さはあると思う……。普通なら逃げ出す場面だ。だけど! ここで逃げ出すほど、私は弱くない。


「わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」

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