9:稚拙……子供っぽい技術
ゼルとバラルガが今夜の宿を探そうと踵を返した、その瞬間だった。
――ウゥゥゥゥゥ――ッ!!
鼓膜を突き刺すような、サイレンが街中に鳴り響く。
「て、敵襲ーッ! 魔王軍だ、魔王軍が来たぞ!!」
「空を見ろ! ワイバーン部隊だ! 門を閉めろ、早くッ!!」
大通りは一転して地獄図絵へと変わりはてる。夕焼けに赤く焼けた空を、今度は黒で塗りつぶすように飛来する、数百の飛竜――ワイバーンの群れ。その軍勢の中央には真紅のドラゴン。その背には赤いフルプレートを纏う男が立ち塞がっていた。
「愚かな人間どもよ! 我が名はヴォルグ・アルヴァルト! 新たな『炎獄の魔王』である!」
ヴォルグは魔王軍の旗を持ち、逃げ惑う人々の心に絶望を叩き込む。
「旧き魔王アルフは死んだ! 臆病者の血脈は途絶え、これからは強き我が世界の理となる! 礎となれ、雑魚虫共! すべてを焼き尽くせェ!!」
ヴォルグの号令と共に、ワイバーンが一斉に無数の火球を放った。街を次々と爆風で破壊し、燃やし尽くしていく。辺りは一瞬にして火の海と化し、赤ん坊の泣き声と肉の焼ける臭いが充満した。
「……」
降りかかる瓦礫の破片を、ゼルは視線すら向けず指先一つ触れぬまま斬撃で塵へと切り刻んだ。不快そうに空を見上げるその瞳には、恐怖など微塵もない。あるのは凍てつくような苛|立ちだけだった。
「品性がないな……。ただ魔力を垂れ流すだけの、稚拙で美しくない破壊だ」
ゼルは心底、腹を立てていた。亡き父の名、その玉座を汚す不届き者。何より、魔王の元四天王という重職にありながらその低すぎる技術。ヴォルグ、かつては父アルフに忠誠を誓っていたはずの男が、今、父の財産を根こそぎ奪おうとしている。これは未来では起きなかった出来事。要するに過去が変わったのだ。
「主……いかが致しますか? あのような者、私が今すぐ殺しても」
バラルガが拳を握り、禍々しい魔力を練り上げる。だがゼルはそれを手で制した。
「待て。……さっきの小娘が動くようだ。少し、観察させろ」
「はい!」
ゼルの視線の先。逃げ惑う群衆を逆走し、鮮やかな身のこなしで瓦礫の山を跳躍する影があった。Bランク冒険者、リナ・フォルトーゼ。先程までの傲慢な彼女の顔は緊張を隠し通せていなかった。しかし瞳には決して折れない意志の光を宿していた。
「あんなの……好き勝手させない! この街には、まだ逃げ遅れた人がいるのッ!」
リナが短剣を天に掲げ、魔力を一気に解放する。その瞬間、周囲の熱が奪われ真っ白な霧が立ち込めた。
「――『六花の氷柱』!」
ワイバーンの上空に巨大な六つの氷槍が生成される。放たれた氷柱は、急降下してきたワイバーン三体の翼を正確に貫いた。絶叫と共に墜落する巨体。だが、彼女は止まらない。
「次! ――『六花の葬釘』!」
手先から弾丸のように圧縮された六つの氷柱が連射される。 旋回していたワイバーンの喉元を、寸分の狂いもなく射抜いていった。
「……」
地上で見上げるゼルの口角が、わずかに上がった。リナの立ち回りは見事だった。足場が悪いはずの倒壊した屋根を狂いなく利用し、雪を纏った鋭い短剣で着実に敵の数を減らしていく。
「一撃の重さを捨て、速度と手数に特化している。Bとしては出来が良い」
関心を寄せるゼルの呟き。しかし、その声には懸念も混じる。
「だが、多勢に無勢。そして――敵の『質』を見誤っている」
リナが放った渾身の追撃。
「逃さない! ――『スノー・ピアース』!」
貫通力に特化した、鋭利な雪の針がワイバーンの眼球を貫く。勝利を確信したリナだったが、直後、彼女の顔から血の気が引いた。 翼を貫き、地へと叩き落としたはずの飛竜たちが、傷口から不自然な煙を上げて、数秒で傷を塞ぎ浮上した
「え……うそ、再生してる!?」
「ハハハハハ! 無駄だ、無駄だ小娘! 我が軍勢には、魔王軍の再生が刻まれている!」
上空のヴォルグが、絶望に染まるリナの顔を見て愉悦に浸る。彼は右手をゆっくりと掲げた。その掌に、大気中の熱量が、周囲の火災を吸収しながら一点に収束していく。
「目障りな小虫が! 我が覇道の邪魔をする不届き者には、死すら生ぬるいと知れ!」
触れるものすべてを燃やしつくす熱の暴力。収束するエネルギーは、もはや火という概念を超えていた。
「消え去れ! 塵も残さぬ――『ヘラブレス・バースト』!!」
放たれた閃光が、白い光と共に一瞬空間を照らす。リナが必死に生成した多重の氷の盾は、一瞬で蒸発して消える。
「あ……」
逃げ場はない。氷の盾という、魔法頼りの防御に回ってしまったリナのミスだった。その一瞬の隙こそが命取り。回避する道は、すでに奪われていた。
あぁだめだ……防げなかった。私、ここで終わるんだ……。
無力な自分。天才と持て囃され、最短記録で駆け上がったBランクという肩書きがあまりにも虚しい。死を悟る瞬間、リナは強く、強く目を閉じた。そして大切にしてくれた人たちの顔をうっすら思い浮かべる。
……。そこは雪が積もっている平原。毎年必ず来る積雪の中、寒くても鍛錬を続ける小さい頃の自分の姿があった。両親がエリートである彼女の家は常に厳しく、雪が降る中裸足で鍛錬を積まされていた。そんな過酷な鍛錬が積み重なって、今の自分を形成していたと思うと、今自分がやられているのは歳のキャリアの差だと勝手に納得できる。だから、心地が良かった。やりたくもない魔物討伐のエリートコースは終わり。
――だが数秒経っても、訪れるはずの苦痛も、焼き尽くされる感覚もやってこなかった。不自然なほどの静寂。代わりに聞こえたのは、パチン、という――指を鳴らした、軽やかな音だった。
「……え?」
恐る恐る目を開けたリナの視界に入ってきたのは。自分の目の前に立っている、あのFランク冒険者の、頼りない背中だった。
ゼル。彼は相変わらず、ひどく退屈そうに上空を見上げている。街一つを消し飛ばすはずだった極大の火球は、ゼルの目の前に展開された門に吸い込まれ、煙一つ残さず消失していた。
「……な、何をしたの? あれを……消したの?」
リナの震える声。だが、ゼルはそれに答えようともしない。彼はただ、上空で驚愕に目を見開いている自称魔王――ヴォルグへ向かって、氷よりも冷酷な声で話しかける。
「おい、そこの赤いの」
圧倒的な重圧感に、人々とワイバーンは固まった。
「お前、さっき自分を『魔王』だと言ったな?」
「あぁ? 貴様、何者だ。我が魔法をどこへやったッ!」
「質問に答えろ、三流。……お前ごときが『魔王』を名乗るのか? あの御方の椅子に、汚いケツを乗せるというのか?」
ゼルの瞳の奥で、魔王の残光が青白く燃え上がった。
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