1:桎梏……自分を束縛するもの
魔王、世界を壊し絶対的最強の存在。勇者、魔王を殺し世界を救う存在。故に俺の桎梏は近い。いつも隣り合わせな死に俺は呆れていたのかも知れない。来る日も来る日も勇者を迎え撃つだけの1500年。ただ長い年月、俺はこの日まで知りもしなかった。まさに自分が窮地に立たされているということに。
魔暦:2611年
「魔王様、いかがお過ごしで」
「特に昨日と変わらん」
リリース・アルヴァルト。俺の側近であり世話係。長い黒髪を束ね、冷たい顔つきの男だ。少しお調子者であり、何度静思の間に入れたことか。
「ですが魔王様、最近鈍っているのではないでしょうか」
「何?」
「蔑んでいるわけではございません、どうかお聞きください。いつ勇者が来ようかわからない緊迫した状況下で、体の調子が悪ければいけないかと--」
魔王が手を振り上げた瞬間、リリースの耳元を掠った斬撃が飛ぶ。
「……言葉を選べ。しっかりとな」
「は、はい。ではこういうのはどうでしょう……。魔王様と私が一緒に外へ体を動かしに行き--」
「静思の間に半月。しっかりと反省させろ」
「ハっ」
玉座の隣にいた黒尽くめの護衛はすぐさまリリースの胸ぐらを掴み、引きずり出す。
「ちょ、待ってください魔王様。私はただ魔王様に--!」
「……一ヶ月、静思の間に一ヶ月だ!」
その後、リリースは何事か喚いていたが魔王の耳には届かなかった。
しかし側近と護衛は居なくなり、静寂に包まれた玉座の間へ警報が鳴り響く。
「何事だ!」
玉座の間の門外から護衛がすぐさま駆けつけ、態勢を固める。
「勇者一行、魔王城に侵入されました」
「敵の数と現状は?」
「勇者の主戦力4名、その後ろに100名を連れています! 現状第二関門が突破されました」
「ちっ……」
第二関門まで隠密に侵入されていたのか。うん百年ぶりだ。
「こちらの戦力はいくら剥がれた」
「"儡"は約100体に及び、"驍"は8体です」
魔物の階級、儡 驍 叡 燼 。は左から順に階級が上がり、魔物の能力で階級が決まる。
「儡と驍、だけか。叡や燼はやられていないのは良い」
「……いいえ」
「!」
護衛は深刻な表情と声で言った。
「おい、もしや」
「……叡 燼、共に全滅です」
場が凍りつく。開いた口が閉じなかった。
「は、今全滅と」
「はい。その他の儡や驍は逃げたと思われます……」
「……最低な奴らめ。これだから烏合は! いつ、ここに勇者が到着する」
魔王は拳を強く握りしめた。
「残り、一分も残っていないかと」
「くそっ、第二関門ではなかったのか! なぜ容易に叡や燼が殺られている」
俺は一度も、この1500年一度もだ。ミスを侵さなかったはずだ。なぜ! 今。この瞬間、瓦解したんだ!
「ならば静思の間。リリースを呼べ! 奴となら窮地を抜け出せるかもしれない」
「……ここにくる途中、静思の間を覗きました。ただそこは蛻の殻。壊れた壁なども一切確認されていません」
「謀反、そうか勇者! ……リリース・アルヴェルトォォォ! お前という奴はっ!」
裏切られた絶望、1000年の戦友への怨み。すべて重なって複雑な感情を成していた。
「もういい! 全部、俺だけで殺ろす! どいつもこいつも役立たずばかり! 最初から俺一人で良かったのだ」
次の瞬間、全身から繰り出される無数の斬撃。辺り一面、魔王城は瓦礫と化した。
「全員殺す」
開けた土地、俺の能力にふさわしい絶好の場。
「俺だけが、真の魔物だ!」
瓦礫が降る中、奥からは四つの影が現れた。
「お前が、魔王!」
降り注ぐ瓦礫が地面を叩く。その轟音が止んだ時、そこには月光に照らされた魔王と、対峙する四人の勇者一行だけが残されていた。
「散々だ。よくもやってくれたな」
魔王は低く、地を這うような声で呟いた。 視線の先には、かつての勇者たちとは明らかに違う装備を纏う四人の姿。剣は発光し、防具は魔力を物理的に遮断する特殊な合金か何か。
「魔王、あなたの時代は終わったわ。私たちが持っているのは、かつての勇者の精神じゃない。お前を滅ぼすために特化した技術」
中央に立つ少女--が、無機質な銀色の剣を抜く。ギラギラと耀く剣を見たその瞬間、魔王の背筋に冷たいものが走った。
「その剣……。なぜ、燼の核が埋め込まれている!」
勇者は平然と答えた。
「気づくのが遅いのよ。あなた、魔物たちはもう生命じゃない。加工して精錬して、人間に力を与えるためのエネルギー源。それが今のお前ら。――起動、聖権態勢」
合図とともに、四人の周囲に魔法陣ではない、幾何学的な光が浮き上がる。
「1500年、あんたの時代は終わりよ!」
「……ハハ、ハハハハ!」
笑った。乾いた、壊れたような笑いだった。側近のリリース、精鋭たちの全滅。かつての友や燼が素材として利用されている現実。1500年、一体自分は何をしてきたのか。
「いいだろう。貴様らが積み上げたその技術とやら、俺がすべて叩き潰してやるッ!」
魔王が大きく一歩を踏み出した。 その瞬間、地面が爆ぜ魔王の姿がかき消える。真の魔物としての理外の速度。 だが――。
「ターゲット捕捉。回避行動――不要。迎撃します」
勇者の隣にいた魔導師が、手にした機械の杖を地面に突き立てる。 魔王の拳が届く寸前、空間そのものが硬化したかのような不可視の壁に阻まれた。
「……!?」
「古いよ魔王。あなたの力は1500年分のデータとして既に解析済みです。能力がテレポートだということにも」
放たれたのは、一筋の閃光。 それは魔法ではなく、純粋に収束された熱線だった。魔王の肩を、容赦のない光が貫く。やがて左肩は焼き切れ、腕は落ちた。
こんなにも、これほどまでに容易く傷を負わされたことがあっただろうか。
魔王の脳裏に、リリースの言葉が蘇る。
『最近鈍っているのではないでしょうか』 あれは蔑みではなく、警告か!
崩れ落ちる膝。 魔王は自分の肩から溢れる魔力が霧のように散っていくのを見た。 世界に満ちる魔力へと還っていく、かつての自分の一部。
「……馬鹿馬鹿しい。本当に、馬鹿馬鹿しいな……」
勇者たちがトドメを刺そうと距離を詰めてくる。 その姿を見ながら、魔王は心底、自分自身とこの世界に呆れ果てていた。
消えてしまえ。こんな世界、もうどうにでもなれ……。
瀕死の状態で血を吹き出しながら言う。
「さあ勇者よ。最後のプレゼントだ。受け取れ……『アドヴァント・カスケート』」
体から放出される無数の斬撃。当たった物体は強制的にテレポートさせる能力を持つ。
「!!」
そうだ、逃げ纏え勇者ども。けっ、最後にこんな景色を見れるなんて……俺は恵まれているな。
だが魔王の意識が深い闇へと沈んでいく。勇者の剣先が胸に刺さっていた。肉体が魔力の粒子となり大気に溶け込んでいく感覚。完全な死であり、消滅だった。
***
魔王という"絶対悪"が消滅して、数時間が経過した。世界を震撼させた魔王城の崩壊も、今やネットニュースの速報ランキングで一位を飾るコンテンツだ。
高層ビルが立ち並び、移動手段も魔力が燃料のエア・カー中心の近代都市。そのメインストリートは、歓喜に沸く群衆で埋め尽くされていた。
「勇者、レゾナンス様! 勇者ミナちゃん! 大好きー!」
「魔王討伐ありがとうー!! これで世界が平和に!」
黄色い声援。 大通りをゆっくりと進むのは、魔導装甲を施された重厚車だ。 車の上には先ほどまで死闘を繰り広げていたはずの勇者一行が、傷一つない姿で座っていた。
「……ねえレゾナンス。さっきの、なんて言ったっけ? あのアド……何とかっていう最後の足掻き」
勇者ミナが自撮り棒を片手に、隣に座るレゾナンスへ話しかける。魔王が放った決死の斬撃――『アドヴァント・カスケート』。空間そのものをテレポートさせ、全てを虚無へ送るはずだったあの絶技は、彼女たちにとってはなかったことに等しかった。
「『アドヴァント・カスケート』だ。……まあ古臭い空間演算だな。俺たちには効かなかったがな」
レゾナンスは熱狂するファンに向けて完璧なスマイルを振りまきながら、冷淡に答えた。 彼の手元には、最新型のタブレット。そこには魔王が死ぬ直前に見せた絶望の表情が、高画質のログデータとして再生されている。
「ふーん。なんかさ、最後すごい顔して『受け取れ』とか言ってたけど、結局空振り? ウケるんだけど。あ、今の笑顔、保存しとこ。SNSのフォロワー爆増かな」
ミナはケラケラと笑い、魔王の最期を小馬鹿にするように画面をスワイプした。1500年。魔王が魔物を守り、何度も勇者を迎え撃ってきたその月日は、彼らにとっては攻略法を提示された"古いゲーム"のように、その程度の労力でしかなかったのだ。
「1500年も生きて、結局は人類の開発した『座標固定システム』一つ突破できない。哀れだと思わないか? あんな『時代遅れの馬鹿』が、この世界の主を気取っていたなんて」
レゾナンスがリムジンのシートに深く背を預ける。 沿道の巨大スクリーンには、魔王が魔力の粒子となって散っていく瞬間が、繰り返し流されていた。
「さあ勇者よ。最後のプレゼントだ。受け取れ……」
魔王の最期の言葉が、街中のスピーカーからデジタル加工された音声で流れる。 それに応えるように、群衆からどっと笑い声が上がった。
「プレゼントって、ただの光るゴミじゃん! 何あれ〜」
「魔王、センスなさすぎだわ!」
魔王が命を懸けて放った一撃も、守りたかった魔物たちのプライドも。すべてが滑稽でちっぽけだった。重厚車の上で、レゾナンスは空っぽになった魔王城の方角を一度だけ見やり、鼻で笑った。
「さらばだ、魔王。君のデータは、来月のシミュレーション訓練の『低レベル用ザコ敵』として再利用してあげるよ」
「ほらほらふたりとも。あんまりそういうこと言わないの!」
勇者一行であるカンナ。彼女は冗談のように止めに入った。
「だってそんなこと言ったら、先代の勇者たちが可哀想じゃん?」
「ははっ、たしかにな!」
魔王の存在は、完全に消えた。 血の通った生命としてではなく、高度に文明化した世界を彩る、消費されるだけの記号として。
***
魔暦130年。 世界にまだ魔導技術など影も形もなく、ただ剥き出しの異能だけが支配していた時代。アルフとリリの間に、待望の長男が産声を上げた。名はゼル・アルヴェルト。元魔王であり、魔暦:2611年に討伐された魔王でもある。
「かわいい、かわいい息子……。お前はきっと世界を統べる最強になる」
父アルフは大いに祝い、城中が彼の誕生を寿いだ。しかし、その輝かしい期待はわずか五年で絶望へと変わる。
能力発現の儀。五歳になったゼルが示したのは、わずか十センチ先へ移動するだけのあまりにも弱い『テレポート』だった。
「……そんな、馬鹿なこと! 我ら一族からこんな最弱クラスが出るなんて、信じられないんだけど!」
「いいじゃないかリリ! ゼルは生きている。能力の強さなんて……!」
その日から、家の中では怒声が絶えなくなった。魔王の血筋を重んじる母と、息子を庇う父。幸せだった家庭はゼルの弱さによって音を立てて瓦解していった。
数年後、両親は決別した。母リリは城を去りゼルは父アルフの手一つで育てられることとなった。
「いいかゼル。才能がないなら極めるしかない。お前のそれは移動だけではない。空間を拒絶し、距離を無に帰す唯一の手段だ」
それから十年の月日。ゼルは寝食を忘れ、テレポートを読み解き続けた。ただの十センチを一メートルに。一メートルを一キロに。そして十五歳になる頃、彼は人類が未だかつて到達し得なかった領域――光速を超える移動手段を理論ではなく本能で掴み取った。
「……できたな。ゼル、お前は私の誇りだ」
父の不器用なしかし温かい賞賛。ゼルにとって世界は温かく、とにかく心地がよかった。努力が報われる嬉しい世界。そう、思っていた。
二十歳。 ゼルの身体の成長はそこでピタリと止まった。父と並べばまるで兄弟が笑い合う生活。
「ゼル。アルヴェルトの血は人間の二十歳に達すると、その肉体を不変のまま固定する。お前は今日、不老を得たのだ」
父の言葉通り、彼の肌はツヤツヤで髪質も絶好だった。それは祝福であると同時に、人として卒業し世界から隔離される存在になったという意味でもあった。
魔暦、1041年。ゼルは、父の副官として共に領地を治めていた。だが、その平和は唐突に勇者一行によって粉砕される。
数に頼り、人間を盾にした勇者たちは、どれほどアルフが圧倒的なフィジカルで薙ぎ倒そうとも、ゾンビのように湧き上がってきた。 そして――。
「……あ、が……っ」
不意を突いた聖剣の切っ先が、父アルフの胸を深く貫いた。
「父上!!」
駆け寄るゼルを、父は残った力で突き飛ばした。そしてその瞳がキラキラ輝き出す。
父は倒れ込み、ゼルは瞬時に父の体を抱えた。
「制限は……二回だ……。ゼルに……私の能力をかける……」
父は苦しげに喘ぎながら、ゼルの額に血まみれの手を置いた。
「いまだ! 殺れっ!」
勇者一行が倒れ込んだ魔王に向かって魔法を打とうとする。
「父上は俺が守--」
「『ラドウィドル--暴走しろ』」
父の能力:魔法の暴走。
「何だ、あぁ゙……体が--!」
勇者たちはふらついて意識を保つのに精一杯だった。だが強力な魔法を付与した父の負担は大きく、魔力量をはるかにオーバーし内蔵が破裂した。
「父上……それ以上は!」
「時間がない! だいたい分かるだろ? 戦わずに……逃げろということ。いいか、お前が死ねば私の意志も、この一族の魂も本当の意味で死ぬ。魔王としての本当の死だ……」
父が最後に込めた執念。それはゼルが死の淵に立った瞬間に、本人の意志を無視して能力を最大出力で暴走させるといる守護だった。
「生きろ……ゼル……」
父の肉体が光となって弾け、勇者たちを巻き込んで消滅した。 一人残されたゼルは、父の温もりが消えた玉座の間で初めて世界への絶望を感じた。
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