玄武の加護(2)
目を覚ますと、そこはコンナムの自室だった。母上の姿はなく、床にあった血も跡形もない。俺は近くにいた近衛兵に声を掛けた。
「…あれから何があった?今日は何日だ?」
「殿下は三日間眠っておいででした。今、朱雀門まで敵が迫っていて宮中は大混乱に陥っております。取り敢えずはお休みください。」
「朱雀門まで!?」
朱雀門を抜けたらもう王宮までは何も阻むものがない。朱雀門が落とされたら、実質この国が壊滅したと言っていい。
「朱雀門へ行く。」
「なりません。陛下からは宮中でお待ちいただくようにと…。」
俺は無視して駆け出した。間に合うことを願うしかない。
『飛んで行くがよい。水で足場を作りながら行けば早い。』
頭の中に言葉が浮かんできた。
「玄武様ですか?」
『左様。加護を授けたからには導くのが儂の役目じゃ。そなたからの呼び掛けにも応えようぞ。心の中で儂を呼ぶがよい。』
色々と話したいことはあるが、それより朱雀門へ急行する必要がある。俺は空中に水で足場を作ることを思い描いた。その途端、空中に小川のような道が現れた。俺は迷わず足を踏み出した。道そのものが朱雀門への急流となって進んでいる。俺は程なく朱雀門へ降り立った。
『水の操作が上手いな。見込みがあるぞ、イスルよ。』
「恐縮です。」
突如としてやってきた俺に対して、兵士は動揺と警戒を示している。ただ、俺の顔を知っている者も多いようで、武器を向けてくる者はなかった。
「俺は陛下の甥である、イスルである。この危機を救うようにと、玄武様より加護を賜った。誰か現状を説明してくれる者はいないか?」
将軍が進み出た。彼の説明はこのようなものだった。
隣国の兵は五行師を多く抱えているようだ。それに引き換え、我が国には五行師が多くない。その上、五行師を戦略的に用いた戦いに慣れていないため、侵攻を止める術がないのだという。俺も戦術に関しては素人同然だが、単純な能力だけでも力になれるはずだ。
「失礼ですが、殿下の能力を正確に把握させて下さい。何が可能でしょうか?」
「…玄武様、俺は何ができますか。」
『防御であれば、百万の軍勢からも護れる。土師の能力は厄介だが、城壁を丸ごと操れるほどの能力がなければ問題にならぬ。そなたは今、この国を水没させることも可能なほどの力を手にしたと思うがよい。儂の思うに、正面から叩き潰して何ら問題がないと思うぞ。』
玄武様の加護がとても大きな力を持つということは知っていた。いや、知っていたつもりだった。それにしても凄すぎないか?国を水没させられるとなれば、もう災害級の強さだ。
「殿下?」
「ああ、どうやら正面から敵軍を壊滅させるのに足る力があるらしい。俺は軍人ではないので、判断は一任しよう。」
将軍は少し警戒する表情を見せた。
「それなら、敵を殲滅するための行動を考えるべきでしょうな。」
「殲滅…。」
「反転攻勢に出るという手もあります。」
俺は手が震えるのを感じた。これから俺は人を殺すのだ。何万人もの人々を俺が、この手で。
『可能な限り人の血は流れてほしくないものだ。儂はヒョンヘにのみ肩入れしているわけではない。今回の侵略は不当であると感じたため手を貸すが、相手国への侵攻は考えない方がよいぞ。』
「玄武様はあまり多くの犠牲を望まないようだ。報復するようなら力を貸して頂けないと思った方がよい。」
「それならば、敵の殲滅のみに注力しましょう。幸い、敵は玄武の加護を受けている殿下の存在を知りません。敵が油断しているこの隙に、お力を示して頂けませんか。」
「分かった。」
話し合いの末、正面から玄武の力を誇示した方がよいという結論に達した。相手国への牽制も兼ねて、俺という戦力を知らしめるのだ。まあ、もう少し時間に余裕があれば策を巡らせるところだが、一刻も早く解決しないと城門が陥落する。結局力業に頼るしかないわけだ。




