麒麟との別れ(2)
「ヒョンヘの民よ、聞いてくれ。俺たち一人一人の力で、大堤防を守る麒麟様をお支えすることができるのだ。それもごく簡単な方法で。」
人々の視線が、テジから俺に移った。
「麒麟様にお祈りすればよい。今日も大地を支えていただきありがとうございますと。簡単だろう?」
人々がざわめいている。
「言いたいことは分かる。そんな単純なことで麒麟様が大堤防を支えられるようになるなんて信じられない。そのくらいで何の助けになるのか。そう思っているのだろう。違うか?」
俺は人々を見渡した。
「では、その簡単なことを毎日続けていた者が、この中に何人いるのだ?手を挙げてみるがいい。」
手を挙げる者はほとんどいなかった。
「これが答えだ。俺たちが信心を失い、建国時に立てた誓いを忘れ、自分の踏みしめる大地が今日も明日もあって当然だという傲慢な考えに陥ったから、麒麟様のご負担が大きくなった。俺は幸いにも玄武様のご加護を授かり、麒麟様のことを知ることができたが、そうでなければ一生神々への感謝など捧げなかっただろう。麒麟様と建国時に誓いを立てた王族である俺でさえこの有様だ。俺に皆を責める資格はない。すまなかった。」
俺は人々に頭を下げた。
「祈り方など忘れてしまった。神官でもないのにどうやって祈ればよいのだと思う人もいることだろう。確かに、建国時の祈りの言葉は、今や神官が受け継ぐばかりで、他の人にはなじみがなくなってしまった。そこで、麒麟様と共に、新たな祈りの歌を生み出した。これを歌ってくれれば、麒麟様に信心が届くそうだ。聞いてくれ。」
私の立つこの大地は かつては大いなる海の底
あの人の愛したこの国は 明日も変わらずにあるだろうか
麦が実り鳥が飛ぶ 人は機を織り魚を獲る
この美しい営みを 私の子らも見るだろうか
麒麟様が作ったこの地は 今日も私を生かしている
私の祈りが届くなら 明日も変わらずにあるように
雪が積もり雪が融け 私は歌を歌い愛を謳う
この何気ない営みは 私の子らにも受け継ごう
ここはヒョンヘ 海に現れた奇跡の地
ここはヒョンヘ 麒麟の国
さて、初のお披露目となったが、反応はどうだろうか。何代も歌い継げるように、親しみやすいような歌詞と節回しにしたつもりだが。
『いい歌声じゃ。』
「ありがとうございます。」
人々の中に、俺の歌を口ずさむ者が現れた。俺はもう一度歌を歌った。それに合わせ、人々も歌い始めた。歌声は地を震わせるほどの波となり広がっていく。
『いいね。これなら、天に帰っても大丈夫そうだ。最後はボクの加護を持つ人間に締めてほしい。またボクの言葉を繰り返してね。』
「はい!」
「これが麒麟としての最後の言葉になる。この五年の間、玄武の加護を受けた人間は、この国のためによく尽くしてくれた。戦争が起きれば、敵兵を皆殺しにして、堤防が壊れそうだと分かれば、堤防を直すための方法を探しに他国へ渡る。堤防が壊れる時には、神官や土師に誤解され、攻撃されつつも命懸けで海水が流れ込むのを防いだ。」
俺は顔が赤くなっているのを誤魔化すように俯いた。
「彼が治める国であれば、ボクも安心して任せられる。」
俺は思わずテジを見た。テジは、麒麟が乗り移っているのかと思うほど穏やかな表情で、民を見下ろしている。
「この国の次の王は、イスル兄上とする!これは建国者にして、国の守護者でもある、麒麟の意向である。皆、従うように。」
「麒麟様、それは…!」
『玄武の守護を受けた人間よ、こうでもしないとテジとキミは王位を巡って争わなければならなくなる。キミは王の器だよ。人間たちを導いてやって。』
動揺しながらも俺は頷いた。テジは俺の前に跪いた。
「イスル王太子、万歳!麒麟様、万歳!」
テジの声に合わせ、万歳の合唱が響いた。
「イスル王太子、万歳!麒麟様、万歳!」
『これで麒麟の偉業は歌い継がれるじゃろう。今度こそ変わらぬ信心がいつまでも続けばよいのじゃが…。』
「玄武様、何をしても不変なものなどこの地上にありはしません。だからこそ、俺たち人間は、変わらないためにどうするかではなく、変化にどう適応すべきか考えなければならなかったのです。」
『面白い考えじゃ。策はあるのか?』
俺はニヤリと笑った。
「もちろんです。」




