堤防への使者(3)
俺は怨みをこめて盗賊の死骸を睨みつけた。そこでハッとして固まった。見覚えがある。先程襲われたから、ではない。宮中で見た顔だ。
「近衛兵…ということは、まさか…。」
俺は拳を握り締めた。
「陛下が…俺を…?」
いくら何でもそこまで鈍くない。陛下直属の近衛兵が盗賊に扮して俺たちを殺しに来たということは、陛下の密命に違いない。そう考えれば色々と腑に落ちる。
そもそも俺は、国王の甥である。正確に言えば、国王の兄である、今は亡き先王の長男だ。王妃様のご懐妊を呑気に祝っていい立場ではなかった。生まれてくる子が王位に就くためには、俺を殺すのが手っ取り早いことくらい予想すべきだった。
これからどうしよう。
逃げるという選択肢が真っ先に浮かんだ。しかし、どこへ?俺には行く当てもないし、宮中に母上を残して逃げるなんて考えられない。
宮中に戻って陛下を告発するか?それこそ不可能だということくらい分かる。陛下が俺を殺そうとしたという証拠はないし、あったとしても握り潰されるだろう。
いっそのこと、このままサンと共に眠りにつこうか。どの道俺が生き延びるのは不可能に近い。それならば、せめて、妹と共に安らかに…。
安らかに?
俺は拳を握り締めた。
ここで俺が死んだら、陛下の思う壺だ。後顧の憂いがなくなって、めでたしめでたしか。ふざけるな!サンはまだやり残したことも多かったのに、こんな辺境の地で生き埋めにされて…。さぞ無念だったろう。敵討ちは無理でも、一矢報いずに終われるものか。
「少し待っていてくれ。俺もじきに行く。」
俺はサンがいつも肌身離さず持っている人形を持って、その場を後にした。これは母上がサンを模して作ったもので、サンの分身のようなものだ。身体を担いでいくのは無理だから、せめて人形だけでも連れて行こう。近くにいた近衛兵の持っていた短刀を懐に忍ばせる。
俺は人里に降りると、堤防の整備を訴えてきた村長のもとへ舞い戻った。泥だらけで衰弱している姿から異常事態だと容易に察することができたのだろう。村長の顔色が変わった。
「何があったのですか、殿下。」
村長が俺を介抱しようとするのを制して、俺は事のあらましを話した。馬車が盗賊に襲われて壊滅したため、王宮へと送り届けてほしいということを。
「承知しました。まずはお手当てをして、数日休まれるのがよろしいかと存じます。宮中へは早馬で知らせを出しておきます。」
俺は首を横に振った。
「ご厚意はありがたいが、俺は一刻も早く帰りたいのだ。そして、この件は宮中に知らせないでほしい。俺が直接話す。」
「どうしてでしょうか?」
「護衛もいたのに、盗賊ごときに壊滅させられたとあっては、王家の威光に傷がつく。どうかこのことは他言無用で頼む。」
余計なことを言われると、国王に警戒されてしまう。俺はできるだけ目立たずに帰還したかった。そして、その望みは果たされた。
宮中に着いた俺は、真っ先に国王、コンナム(花木という意味)を探した。
コンナムは自室にいた。俺は見張りを押しのけ、強引に中に入った。コンナムは誰かと話していたようだ。コンナムの若葉のように青い(つまり現代で言う緑の)目と目が合った。
「コンナム、覚悟!」
俺は懐に忍ばせておいた短刀を持ってコンナムに駆け出した。コンナムの手元で植物が芽吹くのが見えた。木の枝が急速に目の前に迫ってくる。やはり間に合わない。
「やめて!」
俺は横から突き飛ばされた。俺を狙っていた枝が、俺を突き飛ばした人物の腹を貫くのが見えた。
「母上!」
母上は大量に血を吐いてその場に倒れ込んだ。腹は数本の枝に貫かれており、大量の血溜まりを生み出している。コンナムは生み出した植物を消すと、俺に話し掛けてきた。
「生きていたとはな、イスル(露という意味)。また会えて嬉しいよ。」
俺はコンナムの方など見もしなかった。どんどん顔色が悪くなっていく母上を抱き締め、俺は叫んだ。
「誰か、助けて!」
その瞬間、俺は意識を失った。




