サンの決断(3)
『久しぶりだね、人間。堤防の決壊を防いでくれてありがとう。玄武もね。』
麒麟が話し掛けてきた。そうだ。会話は麒麟に筒抜けだったのか。
「麒麟様のおかげで助かりました。その節はありがとうございました。」
『それは良いんだけどさ、さっきの話は何?魂がどうとか。』
『儂から説明しよう。』
玄武はほとんどすべてを説明した。俺は麒麟と戦うことにならないかと案じたが、麒麟は黙って聞いている。
『元はと言えば、ボクが生贄を断らなかったことが原因だよね。ボクにはキミを止める権利がない。テジが物心もつかない赤子でよかった。テジを、この子を殺すわけではないと言うなら…。』
「ご賢察痛み入ります。玄武様、俺は何をすればよいのですか?」
『まずはテジの息の根を止めるのじゃ。』
俺は息を呑んだ。
「今、何と?」
『生きている人間に別の魂を入れることは難しすぎる。まずは身体から魂を引き剥がすために、殺してしまわねばならぬのじゃ。あまり身体を傷付けぬようにするのじゃぞ。ただでさえ年齢、体格、性別など違いが大きすぎるのじゃから。』
俺は頭を抱えた。理解が追い付かない。
「傷付けない…え?俺が…この子を、ころ…?」
『濡れた布でも被せたらいいよ。』
「そんな、麒麟様まで…。」
俺は思わず大きな声を出してしまって、口を押さえた。
『やっぱりいいよ、お兄様。今のままでもいいでしょう?』
『その状態は長く持たないよ。そろそろ悪霊化するかも。成仏するか復活するかどちらか選ばないとね。』
俺はぼんやりと手近にあった産着を手に取った。水を出して湿らせると、じっとりと重くなった。
『やめよう、お兄様。一生後悔するよ。』
「このままお前を喪ったとしても同じことだ。どうせ後悔するのなら、お前のことは救いたい。」
俺は濡れた布を手に持って、テジの顔にゆっくりと近付けていった。手が震える。テジは急に泣き出した。俺は一瞬手を引っ込めたが、再び近付けていった。テジの顔の間近に寄せて、手が止まった。
「大丈夫だ。俺はサンを、生き返らせる。」
ぽたぽたと、俺の涙がテジにかかる。言い聞かせるように呟く言葉とは裏腹に、どうしても手が止まってしまう。
『お兄様、もう大丈夫だよ。そんなことしなくていいの。無理しないで。』
「ち、違う。心の準備が必要だっただけだ。待っていろ、今、俺が…。」
『私、もう未練がなくなったから、成仏するね。ありがとう、お兄様。』
「は?」
俺は間の抜けた声を出した。
「いや、だって、そんな若くして亡くなって、未練がないはずがないだろう。」
『私の未練はただ一つだよ。お兄様が心配だったの。殺されそうになったり、玄武様のご加護を得て無茶したりするから。でも、もう大丈夫でしょう?』
「お前自身のことはどうなんだよ。歌だって人前で披露できていないじゃないか!」
『いいの。本当に届けたい人たちには私の歌が届いていたみたいだから。』
サンの人形から感じるサンの気配が希薄になってきた。俺は人形を強く抱き締める。
「嫌だ!逝くな!俺を一人にしないでくれ!お前がいないなら、俺は何のために生きたらいいんだ。」
『もうお兄様は一人じゃないよ。この国に住む者全てが、お兄様の偉業を知っているから。さようなら。』
「サン!」
サンからの返事はなかった。人形からは何の気配も感じられない。




