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麒麟の国  作者: 馬之群
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神官の思惑(3)

思ったより直球で来た。この局面に至っては、かえって信用できる。


「詳しく述べよ。」

「言葉の通りです、玄の方。並みの五行師千人分に相当するとも称される五色の方としてのお力を、余すところなく堤防の守りのために組み替えて使いたいのです。そのために、身を清め、土師の術が掛けられた神具を身に纏い、神官の祝祷を受けて堤防に埋まって頂けませんか?」


最初は何を言われたか理解ができなかった。否、理解すまいと考えることをやめていた。だが、理解した途端、俺は息を吸えなくなった。呼吸は荒く、息を吸えていないなどということはあり得ないのだが、ともかく死ぬほどの息苦しさを覚えたのだ。


「ゆっくり、大きく息を吸ってくださいませ!」


大神官が俺の背をさする。次第に俺は落ち着きを取り戻した。おかしな話だ。面と向かって死ねと言いながら、まるで病気の我が子を介抱するかのように献身的に世話を焼く。


『この鬼め!お兄様に何ということを…。』


珍しくサンが本気で怒っている。そして、どうやらこの声も大神官には届いていない。


「そうか。即死するような毒を盛ったり、弱っている俺に致命的な攻撃を仕掛けたりしなかったのは、生け捕りにしたかったからだな?」

「仰る通りです。」

「コンナムが俺らを生き埋めにしたこともお前の指示か?」

「左様にございます。お二方、特にサン様にはご加護を授かっていただきたかったのです。」


俺は頭に血が上り、大神官の頭を水で覆った。大神官は突然の出来事に驚き、水を飲んでしまったようで、がぼりと泡を吐きながら地面に転がった。


「俺が運よく玄武様のご加護を得たから、今度こそ生き埋めになって確実に死ねと?よくもそんなことが言えたな?そんなに危機的な状況なら、自分が埋まったらどうだ、大神官どの!」


もう反応することもできないようなので、俺は水を消した。大神官が飲んでしまった水も消えたことで、しばらく咳き込んだのち呼吸が安定した。


「何の力もない老体が埋まったとて無意味ですが、玄の方のご命令とあれば死にましょう。何せこの国の民全ての命が懸かっているのです。数名の死によって滅亡が防げるのならば安いもの。賢明な貴方様ならお分かりでしょう?」


大神官の顔から面布が外れていた。その茶色い目は真っすぐで何の迷いもなく、それがかえって狂気じみているより怖かった。


「俺が死ねば数万の民を救える。だから潔く死ねと?」

「ええ。貴方様のお力ならば、神官や宮廷と完全に敵対しても、易々と我らを殲滅して逃げおおせることでしょう。そうして他国へと亡命なされば、たとえご加護を失ったとしても、悠々と暮らすことが可能でしょう。しかし、その時には近い将来、それは明日か数十年後かは存じませんが、必ずこの国はその上にあるもの全てを道連れにして水底に沈みます。」


大神官の口調はきっぱりとしている。脅し文句ではなく、単なる事実を誇張なしに述べているだけだ。俺は自分の手が震えていることに気付いた。


「もしかしたら、この事実を事前に国民に知らせ、この国を捨てて別の地に逃れれば、海の藻屑とはならないかもしれません。しかし、その時は大混乱の中で弱い者が殺されます。殺されずとも流浪の民として各地を転々とする間に、多くは飢えや病により命を落とします。奴隷として、或いは賊として他国民に狩られます。万が一どこかの国に定住することができたとして、我らは文化も故郷も国家も歴史も民族も何もかも失います。これはそういう危機が目の前にあるという話です。」


俺は膝の力が抜けて立っていられず、無様に座り込んだ。その言葉がまごうことなき真実だと理解できるくらいの知性をもっている自分を呪った。


「貴方様が我が命によってどれほどの苦痛を被ったか計り知れません。憎んでも憎みきれぬ仇であり、その気になれば虫を踏み潰すより簡単に殺せる存在が、厚顔無恥にも更なる犠牲を要求することがいかに身の程知らずで、検討に値しない愚行であるか言うまでもありません。それでも敢えて申し上げます。玄の方、どうか数万の命のために自ら命を投げ打っていただきたい。」

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