神官の思惑(1)
宮外の神殿に出掛ける勇気はなかった。宮中の神殿も安全ではないが、そこで俺を殺したら目立つだろう。
神殿の中では、大勢の白衣の神官たちが顔を隠していた。黄色い布を頭に巻いているのは大神官である。
「玄の方。本日はどのようなご用件ですか。」
「少し訊きたいことがあってな。」
俺は出された飲み物に口をつけなかった。もう流石に懲りた。
「貴方様が神殿にいらっしゃるとは珍しいではありませんか。何かあったのですか?」
「いや、大した話ではない。玄武様の加護を受けた俺について、神官はどのように捉えているのかと思ってね。」
大神官は頷いた。表情が見えないから何を考えているのか分からない。
「喜ばしいことだと思っておりますよ。わたしが生きているうちに五色の方と言葉を交わす機会があるとは思ってもみませんでした。先の戦争は危機的状況でしたからね。わたしたちも神へ祈った甲斐があったというものです。神は我が国をお見捨てにならなかった。」
「加護を受けたのが俺であることについてはどう思う?」
「どなたが五色の方となろうとも、この国を守ってくださることが大切でしょう。その点、貴方様は申し分ないかと。」
模範的な回答だな。俺は胡散臭さを覚えた。
「俺では未熟ではないか?優秀な水師は多い。彼らが加護を授かった方が良かっただろう。」
「何を仰せです。貴方様は優秀ではありませんか。それに昔から、王族の血は加護を授かりやすいのです。貴方様が加護を授かったのは必然です。自信をもってください。」
「待て。初耳だ。王族は加護を授かりやすいのか?」
大神官は平然と茶を啜っている。
「建国時に麒麟様の加護を授かって、国土を作り出した黄の方の子孫が王族の方々です。それ以来、王族からは五色の方が数多く出ております。」
『この者の言うことは正しいぞ。儂らは加護を授ける者の立場も考慮する。国を救って後腐れのない人物を選ばねば、悲惨な末路になることもあるからのう。』
そういうことか。知りたくなかった。まあ、それはこの際どうでもいい。
「玄武様ではなく、麒麟様のご加護が欲しかったのではないか?堤防の件で神官も困っているだろう。」
「確かに、堤防は黄の方でなければ直せないでしょうが、致し方ありません。王の血を引く方々は、もう陛下と玄の方しかいらっしゃいません。陛下は加護を受けるとしても、青龍様からでしょう。本当はサン様であれば、麒麟様のご加護を受けられたかもしれないでしょうに。玄の方の前でこのようなことを言うのは心苦しいですが…。」
俺は胸が締め付けられるのを感じた。そうだ。逆だったら良かったのに。俺が死んで、サンが加護を得ていれば、堤防の件だってどうにかできていただろう。
「王族が命の危機に瀕した時に加護を得た事例は非常に多いですからね。貴方様のように。サン様もご加護を得ることができればどんなによかったか…。」
俺は目を見開いた。まさか、そんなことはあり得ない…。
「命の危機に瀕した王族が加護を得た事例が多いことをコン…陛下も御存知だったか?」
「ええ。陛下は堤防を守るためにできることを何でも調べておいででした。建国当初行われた儀式から、最新の取り組みに至るまで。」
俺たちに止めを刺さず、生き埋めにしたのはそういうことだったのか?死ぬまでの時間に加護を得られるようにと?
「結局、堤防が一番安定していたのは、麒麟様のご加護を受けた、黄の方がいらした時期でした。他の五色の方がいらした時もかなり状況はよくなりましたが…。どんなに手を尽くしても、我らは神のご加護に縋るほかないのです。そして、現状はいつになく深刻です。玄の方が現れて本当にようございました。」
俺は歯を食い縛った。ふざけるな。俺たちの命を、一体何だと思って!俺は大神官に掴みかかった。
『やめて、お兄様!大神官に手を出したら…。』
俺は深呼吸した。落ち着け。サンを救うと決めたはずだろう。こんな短絡的な行動はすべきじゃない。俺はゆっくりと手を放した。大神官は全く狼狽える素振りもない。
「すまない。…つい。」
「こちらこそ失礼致しました。無神経でしたね。」
相手に呑まれては駄目だ。俺は笑顔を繕った。




