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第九話 源氏・梶原

 うっそうと茂り、静かだったこの森は、それが今や嘘のようにわぁわぁと喧騒で溢れ返る。木々の隙間から見える空は、冷たく高く、晴れていた。私は手綱を引き、馬を速める。早朝の冷たい風が頬を薙ぎ、戦を目の前にして気が高まるのを感じる。私のやや後ろを走る知章からは緊張の色が滲んでいたが、戦前とあらば、誰しも少なからず緊張するものである。



 ……緊張することは、悪いことでは無い。武士の矜恃を守り、戦いに身を置くということは、常に命懸けでもある。だが戦において命を賭すということは、決して命を無駄にすることでは無い。緊張とは、命の重みを理解しているからこそ滾る感情なのだと、私はそう思う。戦を前に何も感じぬ者は、ただの命知らずか阿呆のどちらかである。



 私は前を向き、馬を走らせる。次第に源氏の鬨の声が大きく、強く響いてくるのを感じていた。私は知章を振り返ることはなかったが、知章が今どのような顔をしているかなど、容易に想像がついた。







「源氏勢を迎え撃てーっ! 命を惜しまず名を惜しめ! この堅固な守りは容易(たやす)く落とせぬことを、今こそ証明してみせよ!!」



 この森の総大将である私は、大声をあげて軍の各部隊に喝を入れ、指揮をしながら駆けて行く。自ら戦闘に身を置くことも当然あるが、戦場における総大将の役割とは、先駆けて行くというよりは戦略を立て、その時々の戦況に応じて軍を指揮・統率することが主であり、戦果や武功に応じて正しく褒賞を取らせることでもある。逆に言えば、私の首は、敵にとっても大きな意味を持つとも言える。


 敵は我らの仕掛けた堀を越え、逆茂木を取り除き、既に先陣らと対峙していた。森の奥の方でも其方此方で合戦を繰り広げている者もいれば、今まさに城郭へ入り来ようとしている者もいる。この森全体が戦場と化しているようであるが、敵の総大将……源範頼の姿は見当たらない。


 私は戦況や敵の位置を把握するため、ざっと一面を見渡す。兵力の数は五分(ごぶ)……いや、やや平家が優位であろうか。だが、やはりこちらが大手軍であったことは、間違いなさそうである。すぐ目の前では、今今合戦を開始しようとしていた。平家側は先に名乗りを終えたところであるらしく、相手の名乗りを聞きながら皆気が逸っているようでもある。……なぜならその顔は、私自身も見覚えのあるものであったからだ。



「我は源氏鎌倉党、梶原(かじわら)源太(げんた)景季(かげすえ)! 鎌倉景通の末裔であり、梶原景長が孫! そして我らが棟梁、鎌倉殿の右腕でもあり、宇治川の戦いでも真っ先に先陣を切らんとした、梶原(かじわら)平三(へいぞう)景時(かげとき)が嫡男である! いざ尋常に駆け出でて参るっ!!」



「何を梶原、元は平家に仕えておったくせにっ! だがここで会ったが容赦はせぬ! 者共、かかれぇ!!」

「おおおおおおっ!!」



 両者は各々の侍大将らの掛け声とともに一斉に駆け出し、平家の赤旗と源氏の白旗が、鬨の声と共に ぶつかり、混ざり合う。平家の勢いは勿論のこと、源氏の者も負けてはいない。双方激しく戦い、刀を振るい、刃の交わる音や戦う者の声が森に響く。同時に、時の経過とともに傷を負う者、倒れる者も増えてゆき、森に舞う土埃は戦の激しさを物語る。

 後方より指揮する私も大声を張る。



「梶原源太景季を討てーっ! 地形を利用し、この先の崖に追い詰めよ!!」



 私が指すは、高さ二丈(約六メートル)程ある切り立つ崖。そこを背に追い詰め、討ち取るのだ。

 迎え撃つ平家の大軍に対し、挑み来るは数十騎程の源氏の軍勢。散々に弓を射、太刀を振りかざししながら、少しづつ景季の軍を崖の方へと追い詰めてゆく。



 ……だが、もう少しで討ち取れるかというところで、別の方角より聞き覚えのある声がする。そちらを見遣ると、そこに現れたのは梶原源太景季が父……かつては平家に仕え、今では源氏が棟梁・源頼朝の側近としても名高い、梶原平三景時が率いる軍勢であった。



「梶原……っ」



 私は梶原を見据え、誰に聞こえるでもなく言葉を漏らす。手綱を握った手に力が籠るのを感じていた。

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