第六話 魔女ブー - Cパート
迷いの森とダリアンヌの間にある岩場。
バッカはブーの遺体を見て、絶望していた。
バッカはほんの数分前まで、巨大な鷲の姿で、ブーを足で掴みながら、急ぎ目に飛行していた。しかし、突然、変化の魔法が解けてしまった。そしてその結果、ブーの身体は宙に解放されることとなってしまった。
高速飛行状態から急に宙に投げ出されたブーの身体は、勢いよく頭から岩に衝突した。
そして数分で息絶えた。
その証拠に、忘却の魔法が、ケーキの形となって浮き上がっていた。
バッカも同じく岩にぶつかったが、足腰をしたたかに打ち、おそらく骨折程度で済んだ。
それよりも――突然の変化解除。ブーの四肢も戻っている。バッカの身体も、大きな鷲ではないし、大人の姿でもない。
アッカの絶命を意味していた。
「……う、うは、うはは、うははははは」
バッカはもう、笑うしかなかった。
「アッカ、ソーダクラッカー、ブー……み、みんな、みんな、死んじゃったんだ、ね、ね、ね。うちは、この世に、もう、独りなんだ、ね、ね、ね」
「ああ、やっぱり」
空飛ぶじゅうたんに乗って、つるぎと湊がやってきた。つるぎはブーの遺体を見て、酷く悲しそうな表情を浮かべていた。
「バッカさん……ですよね。大丈夫ですか? お怪我なさってませんか? ああ、足が変な方向に」
つるぎが降りようとしたのを制して、湊が絨毯を降りた。
まずブーの遺体の傍に浮いているケーキを回収した。忘却の魔法は野放しにしてはおけないものと考えてのことだ。
それからバッカの肩に触れて、骨折を回復すると、バッカに触られる前に絨毯の上に戻った。
「お、おい! う、うちの怪我、治療なんかして、どういうつもり」
「まだ生きている人の傷を治すことに理由が要るんですか」
とつるぎがいうと、バッカは口ごもり、やがて泣き出した。啜り泣きだしたバッカを前につるぎも湊もかける言葉が見つからなかった。バッカの立場に考えてみれば、唯一の肉親を一気にふたりも亡くすことになったのである。
短期間に天涯孤独の身となってしまった、その胸中は複雑なものだろう――と思って静観していると、バッカがいった。
「殺せ」
「バッカさん」
「うちを殺してくれ。殺してほしい。殺してください。殺せよ。殺されたい。殺してもらいたい。殺さなきゃ嫌だ。殺したほうがいいよ。殺さなきゃ駄目だよ。殺すべきだよ。殺しちゃっていいよ。殺しちゃえばいいよ。殺されなきゃいけない。お願いだから、もうこんな人生やりたくないから、殺してよ、ね、ね、ね」
「殺しませんよ」湊はいう。「僕もつるぎも、あなたを殺しません」
「どうして? 同情か? 同情するなら死なせてくれ。うち、姉ちゃんもソーダクラッカーもブーもいない世界なら、他の誰といたって寂しい。それに、うち、妹のことひとりも護れなかったのに、生きていていいなんて思えない。誰かがもしも、もしももしも愛してくれても、うまくやれるなんて、思わない。
でも、うち、自分で死ぬほどの勇気なんて持ってない。だから」
本気で光に縋るような、救いを求めるような瞳で――涙目で、バッカはいった。
「死ぬほどの勇気がないからって、他人に殺させないでください。あとから恩返しもできないくせに、なんてものを背負わせようとしているんですか、僕たちに」
「べ、べつに、もう三人、殺してるんでしょ。変わんないよ、いいでしょ。そ、そうだ、もし、そうしないなら、うち、また、魔法で人に迷惑をかけちゃうよ。もしもそれが不快なんだったら、ね、ね、ね」
「お願いだからやめてください」
湊はいった。
「これ以上、つるぎを、加害者にしないでください。静かに、正しい道を、歩ませてあげてください。自分勝手な気持ちで、つるぎの手を汚さないでください。脅すようなことをして、間違えることを強いないでください。死ぬなら、間違えるなら、汚れるなら、ひとりで勝手にやっていてください。もう間違えたくない人を、もう罪を重ねたくないと思っている人を、巻き込まないでください。もうたくさんなんです、つるぎにもう抱えてほしくないんです。お願いします」
「……う、ううう、なん、なんだよ、つるして、殺そうとしてたくせに、うう、は、う」
「湊くん、行こう」つるぎは絨毯の上に湊を誘う。「バッカさん、ごめんなさい」
空飛ぶじゅうたんの上で、つるぎは湊を抱きしめながら森に戻る。
「湊くん。ありがとう」
「つるぎ。……泣かなくていいの?」
「大丈夫」つるぎは笑う。「なんだかもう、泣くのにも疲れちゃったし」
泣いたって、誰も生き返らないから。
森の外のアッカの遺体の前に戻り、魔法で穴を掘って、そこに埋葬する。ソーダクラッカーと同じように墓石を作り、魔法の花を手向け、時間をかけて祈る。ブーの遺体にも同様の祈りをしたかったが、バッカが傍にいるのであれば、バッカに委ねることが最善だろうと、つるぎは思った。
「アッカちゃん」墓前でつるぎはいった。「まあ彼氏を殺しかけた友達相手に、ごめんなさいなんて、正直ちょっと本気ではいえないけど。……教えてくれたこの世界のワイン、美味しくてあれから二回くらい飲んだよ。ありがとう。さようなら」
つるぎは頭を下げて、それから、溜息をついた。
深い、深い深い、息を吐いた。まるで、起こったすべてを呑み込むために、渦巻くすべてを吐き出して、スペースを作っているみたいだった。
「行こうか、湊くん。巨人に会いに」
「……うん」
湊は恐る恐る、手を繋いだ。つるぎは握り返さなかったし、振り払わなかった。




