挿話 勇者があらわれる
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魔王があらわれる。
魔王が世界をほろぼそうとする。
魔王は討伐される。
魔王を討伐する勇気のある者が、勇者が、あらわれる。
魔王は神の剣『ヴァレンタイン』によって討たれる。
勇者の魂は地球界から昇ってくる。
勇者の名前は――。
「にいさま」
パンゲア界の中心、マンナカ火山で、予言鳥が息を引き取った。彼に最期まで寄り添い薬を与えた兄を、虚ろな瞳で見つめながら。兄は弟の死を鼓動の喪失で確認すると、周囲にそれを伝えて、すぐに天界に戻った。
死をゆっくりと悼み悲しむ暇すらない立場で、それでも兄はいままで懸命に時間を作って弟の様子を見てきた。病気がちな弟のために異世界の医療まで参照して薬を持ってきたことがあった。予言鳥の呪いのような生来の病弱と、それに起因する発病は、回復魔法では太刀打ちできなかったのである。
予言鳥は、人間の容姿をとっているけれど、分類としては鳥類である。そのため、死後に天界に昇るということはない。そう、死後に天界へ至る生命は人間のみであり、それ以外の者は天界を経ずに輪廻の門に入れられるのだ。だから、兄が天界に戻ったところで、弟と再会することはなかった。
天界に戻った兄を、女神キャルゼシアは迎えた。労りや祈りもそこそこに、予言についての話をした。結局のところ、予言鳥は勇者については詳細まで予言しきることができたが、魔王の正体については、伝えるぎりぎりのところで逝去してしまったのだった。
「惜しいの」キャルゼシアは嘆息した。「まったく。いうが辛ければ書き残しておけばよかったものを」
「お言葉ですが、弟は文字が書けるほどの体力もございませんでした」
「ふん。そこで底力を振り絞らねばどうする。……魔王については、本当に直前までわからなかったのか?」
「と、おっしゃいますと?」
「ひょっとしたら、ことここに及ぶまで言及を避けざるを得ない理由があったのではないかと考えてのう。魔王が、予言される危険に気づいていて、そうじゃの、呪いか何かをかけたのではないか? そうして、最期の力で予言をしようとしたら、呪いが強まり――」
「キャルゼシア様」兄はいった。「申し訳ありませんが……」
「……流石に早かったか」キャルゼシアは苦笑いした。「男のそなたでも胸中は複雑か? すまぬの、パトス」
「いいえ」予言鳥アスの兄、過去鳥パトスは頷く。「キャルゼシア様が謝罪なさることはございません」
とまれかくあれ、予言鳥の告げた勇者の情報に基づいて、キャルゼシアは地球界の女神との交渉に出かけた。そして取引は成立し、天界は受け入れる死者がどっと増え、一気に忙しくなった。けれどそれも平和のためだからと、天使たちは日夜戦っていた。
地球界で菜花湊が病死し、蜷川つるぎが転落死を遂げた。
天界の輪廻の門は、どの生き物へ転生するか、ということについて選ぶことができた。ただしどこもある程度の行列はあったし、人間となると殊更に長蛇の列であった。つるぎは、湊がどこの列に並んでいるか、どんな生物に生まれ変わるのかをたしかめてから転生をしようと考えた。けれども、列はあまりにも多かったし、それに行先の列の長さによっては、湊が死亡してからつるぎが死亡するまでの間に転生を果たしている可能性があった。
「恋人の転生先を知りたい? そこまでのことを把握できる存在は、女神キャルゼシア様くらいだよ」
天使のひとりがつるぎにそう教えた。では女神に訊こうと考えたが、基本的に女神というものは多忙であり、個人の疑問に付き合っている暇などなさそうに思えた。すれ違いの可能性に怯えつつ地道に探していくしかないのだろうか、とつるぎが思っていると、天使試験に合格した新米天使たちが、女神キャルゼシアに質問をしに行くところを見た。
天使試験に合格をすれば、女神様からひとつだけ質問に答えてもらえる。
そういう特典があることを知ったつるぎは、一意専心とばかりに試験勉強に打ち込んだ。天使試験は一か月に一回くらいのペースで行われるとのことだったので、最短で受かれるように、様々な天使や志望者に声をかけて情報を集めた。その過程で友達ができたり、応援をしてくれる女性天使が現れたりした。
むろん、彼氏と同じ生物に転生するため、などという不純な動機は伏せていたけれど。
「ねえ、女神様と大神官様が話しているところを聞いちゃったんだけど。もう勇者様がいらっしゃってるそうですよ?」
「えー、そうなの? どんな人、どんな人? 男、女?」
「わからない。でも女神様がお鍛えになるらしくって、きっとすごく逞しくなって魔王を討ち滅ぼすと思います!」
「ひゃあ……かっこいい! 一度見てみたいなあ」
食堂でそんな会話をしている天使を横目に見ながら、何をゲームのような話をしているのだろう、と思いつつ、つるぎは書籍にかじりついて魔法を習得していった。
「さて、そろそろ天使試験の合格者を相手する時間じゃの」
一か月後、女神キャルゼシアはパトスにそういって、玉座の間に向かった。
「以前から愚考しておりましたが、キャルゼシア様、護衛などをつけられなくて本当によろしいのですか?」
パトスがそういうと、何をいうておる、とキャルゼシアは笑った。
「わらわが新米天使ごときに危害を加えられるわけがない。
もしもそんなことがあったら、女神の辞めどきじゃろうて」
キャルゼシアは新米天使たちについての書類を見ながら、この一か月で天使になった地球界の若者とはどのようなやつなのだろうか、と少しだけ興味をそそられた。
次回、第二章開幕。冒険ファンタジー、はじまりはじまり。