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第五話 眠れる聖竜、あるいはバロンデッセの心臓 - Bパート

 現代、北リリシシア。

 毎年開催の娯楽行事であるベストカップルコンテストの当日は、多くの人が会場であるリシア塔の前に押し寄せて開場を待っていた。つるぎたち参加者は裏口から入って準備をすることとなっている。

「というかいつの間にこんなものに参加をご決定なさっていたのですか」

 裏ルートでリシア塔に向かう途中、パトスがいった。

「安心してください、パトスさん。天界関係者としてではなく、ぽっと出の一般カップルとして応募していますから」

「それは本当ですか?」

「はい。なんなら偽名ですし。わたしはツムツム、湊くんはミッキーです」

「大丈夫なのでしょうか、それは」

「それに変装もかねてウィッグとカラコンをつけてます」

「その痛々しい目元もご変装を意図されてのことでしょうか。必死にご摩擦なさったのですか?」

「これは地雷系メイクです。敢えて濃いめにやってはいますけどね。ちなみにほら、見てください、わたしより湊くんのほうが似合うんですよこういうの」

「未知の化粧に似合うも何も感じられませんが……」


 とまれかくあれ、天界関係者であることはバレないように準備されていることに、パトスは少し安堵した。

「天界の人間が斯様な浮かれた行事に出場したとなれば、どのような印象を抱かれるものかわかりませんからね。魔法や女神の力などは絶対にご使用なさらないでくださいね」

「ええ、わたしも目立つなら劇の内容だけで目立つつもりですし」


「劇……ああ、昨夜ちょっとご様子を拝見したらグザイで何かやっていて驚きましたが、そういうことなのですね。恋愛物語でも上演なさるのですか?」

「ご明察」

 つるぎと湊が笑みを浮かべたので、パトスは劇の内容を確認したい気持ちでいっぱいだったが――その前に、裏口の受付に到着してしまった。参加者ではないパトスは、もうついていけない領域である。


(なんだ? 何をしでかすおつもりなのですか?)

 こんなことならば、忙しさに感けずもっと逐一監視をしておくべきだった――などと思いながら、パトスは観客に混ざって開場を待った。開場すると、後ろのほうではあったが席に座ることができた。

 主催者が開会の言葉を告げ、今日は二十組のカップルが名乗りを上げたと伝えた。順番の記載された紙が客に配布された。パトスが確認すると、『ミッキー&ツムツム』カップルは十番目だった。

 それから、投票用紙と、各カップルの発表に対する感想を書くための用紙を配られた。一組一枚、合計二十枚の感想用紙を見ながら、少し面倒に思っていた――パトスの膝の上に、ひらりと、また別の紙が載った。


 パトスの視認が正しければそれは、足元からふわりと不自然に浮上し、パトスのもとに至っていた。怪訝に思いつつ、四つ折りのその紙を開くと、


『パトスさんへ

 お手数をおかけしてしまい申し訳ありませんが、このコンテストが終わったら以下の対応をお願いします』


 と、湊の字で指示が書いてあった――パトスは、やにわに嫌な予感がした。


 開会の言葉が終わると、カップルが一組ずつ出てきてはアピールを始めた。お互いのよいところを持ち時間いっぱい紹介しあうカップル、男声と女声のユニゾンで歌を唄うカップル、十年以上の思い出を紙芝居で客に伝えるカップルなど、パトスにとっては心から退屈なものばかりだったが、会場はなんだか楽しそうだった。公開プロポーズをするカップルが三組もあったが、会場は毎回きちんと沸いていた。


(まずい、いつまでもつまらない。わたくしにいま眠気があったら眠ってしまいそうです。天界の印が入っている服を着て居眠りをこいていたら、それもまたイメージダウンに繋がりかねません)

 パトスは溜息をぐっと堪えながら、惰性で拍手を送った。


 やがて、『ミッキー&ツムツム』カップルが壇上に出てきた。

 パトスは手元の指示を見て、なんでわたくしがそんなことを、と思いながら顔を上げた。


「十番、演劇をやります。演目、『心臓』」

 湊がいうのと同時に、つるぎは自動演奏機のぜんまいを回した。



[シーン1]


 男女カップルが仲睦まじく過ごしている。花を見たり、手を繋いで喜びの歌を唄ったり、清々しい世界だと笑ったりしている。けれど、男の笑顔にどこかぎこちなさがあることを、女は察する。

「どうしたの? なんだか、もやもやとしているような顔。抱えているものがあるなあ教えてほしい」

「僕のいうことを信じてくれるかな、まるっきり」

「もちろん、信じる! まるっきり」


「僕は女なんだ!」といって頭を抱える男。「僕は実は、君と出会う前、悪い魔女に魔法をかけられた。魔女は僕の身体を、世界から男に見えるようにしてしまった! そのあと、君と仲良くなって、付き合った。けれど男に見えるようになる前から、僕は君を遠くから見て、愛しく思っていたんだ! 信じてくれるかな、まるっきり」

「うん。嘘なんてついてない、嘘なんてあなたはつかない。信じる、まるっきり。でも、それでどうして、いま、もやもやとしているの?」


「僕は本当に女なんだ。なのに、魔女のせいで僕の声は低く響いて、僕のあごにはひげが茂って、僕の性器は外側にあるから、男として扱われる。君も僕を男として愛している。

 僕はそれがすごく気持ちが悪くて、居心地が悪い! 本当はそうじゃないんだって思ってしまってやまない! 朝がくるたび夜がくるたび、自分の性別を間違えられる痛みが積み重なるばかりだ! 僕はもう、こんな日々のなかでは、君といたって楽しくないんだ」


「なんてこと! そんな悲しみを抱えていたのに、わたしは気づけていなかった!」

「必死に隠していたんだ、でも、限界だ」

「元に戻る方法を捜そうよ! わたし、なんでも手伝う!」

「そしたら一緒に、魔女の場所を突き止めてほしい!」


[シーン1終了]


 音楽停止。自動演奏機の後ろに隠れたつるぎは、普通の女性の服装を脱ぐ。下に魔女の黒装束を着ていたから、それで衣装チェンジが終わる。


 湊がぜんまいを巻いて、所定位置につく。

 音楽が始まり、黒装束のつるぎが出てくる。


[シーン2]


 カップルの男のほうと魔女が対峙している。

「ようやく出会えた! 魔女よ、僕の身体を元に戻せ!」

「ひっひっひ」魔女は笑う。「別にいいよ。深い意味もないから」

「本当か!」

「でも、いいのかい? お前の後ろにいる女は、ひょっとして、恋人じゃないかな」

「そうだけど、それがなんだ?」

「女に戻ってしまえば、世間にとっちゃあ、女同士で恋愛をすることになる。

 それって戒律に反しているだろう。いいのかい?」


「ああっ!」いわれて初めて気づいた男は頭を抱えた。「たしかに、そうだ! 女神様の戒律に背くこととなる! 僕たちは檻に入れられ、二度と関わり合うことができなくなるんだ!」

「だからおすすめはしないよ。大人しく帰ったほうがいいんじゃないのかい」


「そうだ、そうなのだろう! けれど、けれど僕は、このままでは自由にはなれない」

「自由を求めて愛を失うのかい? なんてひどい」

「自由か、愛か。自由か、愛か?

 馬鹿げている、どっちがなくたって幸せになれないに決まっている!

 ああ、女神様は僕の幸せを祈願なさらないのですか?」


「何も犠牲にせずに幸せになるなんて、おこがましいことじゃないのかい?

 ひっひっひ。人生は我慢の連続だよ、とくに神に反した願いを抱くなら。

 まあ、ゆっくり考えていることだね」


 自動演奏機の後ろに戻る魔女。

 男は懊悩し、悲痛な声で独白する。

「僕は、彼女と、別れたくない、離れるくらいなら死んだほうがマシだ。

 僕は、男扱いのままで生きていくくらいなら、死んだほうがマシだ。

 この心を殺して本当じゃない自分で生きていくなんて、生きてるなんていえない。

 だけど、女に戻りたいという気持ちも、彼女と共に生きたいという気持ちも、等しく本当なんだ。どっちを選んだって、幸せになれない……!」



[シーン2終了]


 音楽停止。自動演奏機の後ろに隠れたつるぎは、魔女の黒装束の上に普通の女性の服装を着る。湊も自動演奏機の後ろに入り、普通の男性の服装を脱ぎ、下に着ていた天使の服装にチェンジする。


 つるぎがぜんまいを巻いて、所定位置につく。

 音楽が始まり、天使の湊が出てくる。


[ラストシーン]


 カップルの女のほうと天使が対峙している。

「ようこそ天使室へ。今日はどこが悪いのですか」

 天使がそういうと、女は跪いて手を合わせる。

「ああ、天使様。本日、わたしが戸を叩いた理由は、愛のためです。

 愛のために、天使様に、身の程知らずと承知で、訴えを届けに参りました」

「訴えですか。それは、はたして、どのような?」


「天使様。わたしの恋人は、どうして、苦しまなければならないのですか。

 わたしの恋人は、ああ、ほんの少しだって悪くないのに、幸福を諦めざるをえないのです。

 女であったのに、不幸にも男に見えるように変えられ、わたしと恋人になってしまったがために、女に戻ることが叶わないのです。

 女に戻るのであれば、わたしとは恋人ではいられなくなってしまうのです。

 ご存知の通り、女神様は女と女の恋を禁じられておりますから!」


「それはかわいそうなことですね」天使は慈しみの表情で頷く。

「どうか、わたしの恋人を救ってください。わたしは愛しい人に、永遠の我慢も、失恋の哀しみも、断罪による死も、望みません。幸福であってほしいのです」

「しかし、それらすべてを取り除くことは、とても難しいことです。何よりも、矛盾があります」


「天使様、後生の願いでございます。女神様は民の幸福を願い、幸福を求めることをお望みになっているはずです。そうであるならば、わたしの恋人に、どうして幸福を与えてくださらないのですか?」


「どうしてもというのであれば、ひとつだけ、手段があります」

 天使はいった。女は縋るように天使の顔を見つめた。

 ゆっくりと、天使はいう。

「あなたの恋人が、あなたのことをすっかり忘れてしまえばよいのです。

 そのあとに女の身体を手に入れればよいのです。

 それでよいのであれば、女神様から忘却の秘薬を授かって参りましょう」


「……それで、幸福となれるのですか?」

「恋をしていたことを忘れれば、失恋の哀しみもありません」

「……わ、わかり、ました」女は躊躇いを捨てきれない声音でいった。

「望むのであれば、あなたのぶんの秘薬も授けましょう。それであなたも幸福となれるでしょう」と天使はいった。


「……わたしは、わたしも。……いいえ。わたしは忘れたくなどありません。愛しい人との想い出を、恋を、抱えて生きないことを選ぶなど、わたしの愛が許しません」


「しかし、それは不幸なことではありませんか?」

「不幸であっても、よいのです。幸福のために、痛みも恨みも忘れてしまうなど、望みません」

「恨みですか?」

「ええ。

 わたしは恨みます、女神様を。

 わたしは呪います、この世界を。

 わたしたちの恋を捻り潰した戒律を、いつまでも嘆きながら、生きます。

 痛みと怒りがわたしの心臓です。愛は奪わせても、これだけは誰にも奪わせません」


[終]


 自動演奏機の演奏が停止する。

 呆気にとられる観客の前で、天使の格好をした湊と、魔女の格好をしたつるぎが出てきて、お辞儀をした。

「演目『心臓』これにて終劇です。ご高覧いただきありがとうございます。心よりのご感想、お待ちしております」



 控室に戻ったつるぎと湊のもとに、主催者がやってきた。

「あなたたちが何をしたのかわかっているのか?」

「現実にある悲しみにファンタジーを注しただけですよ」つるぎはいった。

「断罪所には通報してあります。逃げたら罪は重くなります」

「この自動演奏機を廃棄せずに用立ててくださると約束していただけるのなら、逃げも隠れもしません」

 失われた技術ですから、大切に扱ってくださいね。

 つるぎがそういったのと同時に、断罪所のスタッフが控室に入ってきた。


「女神教戒律『破戒の推奨の禁止』に抵触した疑いで逮捕する」

 つるぎと湊は手縄をかけられ、あっという間に収監された。


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