第五話 眠れる聖竜、あるいはバロンデッセの心臓 - アバンタイトル
翌朝、現代、北リリシシア。
つるぎと湊は宿の一室で、さきほど書店で買った北リリシシアの地図を拡げて、次にどこに行くかという話をしていた。
「やっぱりここ気になる」
と湊は東のほうにある地下遺跡を指さした。
北リリシシア東地下遺跡。
そこは百年前、迷いの森があった地点である。
つるぎもその遺跡が気になってきたので、湊とともに向かうことにした。宿を出たところで、
「どちらに向かわれるご予定でしょうか?」
とパトスに訊かれたので、素直に答えた――するとパトスは、少し険しい表情になる。
「その遺跡は、少々、神聖な意義のある場所でございます」
「そうなんですか? 天界関係とか?」
「さようでございます。ですから、そうですね、本日はわたくしもご一緒させていただきます。恐れ入りますが、何か問題があると困ったことになりかねませんので」
「そうですか。わかりました」
北リリシシアの都市部から遺跡のある場所まで、三人は馬車に揺られて向かった。本日の朝食は、ヒレ肉を葉野菜と一緒にパンにはさんで甘辛いソースをかけた焼肉サンドだった。柑橘類のジュースと一緒に、百年前とはまるきり違う街並みを眺めながらいただいた。
地下遺跡の入り口には、警備の人間が立っていた。不審な者を除くというよりは、その入り口で転倒する人間がいないように気を配っているように思えた。入り口は、大きな祭壇の中央にぽっかりと空いた穴であり、穴の縁に打ち込まれた鉄はしごだった。
「くれぐれも、滑落いたしませんように」
パトスはそういいながら、警備の人間から滑り止め付きの手袋を受け取った。つるぎも湊も素直に手にはめて、はしごに手足をかけた。鉄はしごに錆びはなかった。
「一応、人が見学する場所として、定期的にはしごを新しく入れ直すようなメンテナンスは民の手によって行われております。ですから、つるぎ様も勇者様も、しっかりと握って降りていただいて構いません」
「でも見学料とかは払いませんでしたね」とつるぎ。
「そこは神の遺したものとして、教会と同じように、無料での解放を選ばれていると聞きます」
「神って女神ですか?」湊がいう。「キャルゼシア? それともデュクシデュクシー?」
「全神王様です」パトスはいった。「全神王様は、地球界を除いたすべての世界に、この遺跡をお創りになられました」
長い長いはしごの先は、かがり火に照らされた、だだっ広い坑道だった。縦にも横にも、途方もなく広い――外にいるのかと錯覚してしまうほど、開放感のある地下だった。
「ビルが建つくらいの空間だね」
「それどころじゃないかも。だいぶ深いよね、そしたら、ここ」
「地下っていうか地底なのかな。地底遺跡かあ」
パトスの後ろを、喋りながらふたりは歩く。パトスは粛々と歩を進める。静謐とした地底空間の地面は石畳になっていて、靴の音が響いた。壁をよく見ると壁画があった。絵に添えてある文字を読んでみると、地底で暮らしていた誰かの絵日記のようである。そしてそれは、ひどく退屈な内容だった。
いくつかの横道を横切ってずんずん進んでいくと、やがてより開けたところに出た。深い湖から水を抜いたような、ぽっかりとした広大な穴が開いていた。穴の周りには柵がついていた。つるぎは柵越しに穴を覗いて、あっと驚いた。
穴の底には、胎児のように丸まった――翼竜が眠っていた。
「パトスさん、あれは?」
「あそこで眠りについている生物こそ、全神王様の遺された聖なる竜です」
「……聖なる竜。どうして、なんのためにですか?」
「女神は、代によって様々な者が就かれます。キャルゼシア様のようにな女神であることもあれば、デュクシデュクシー様のように奔放な女神であることもあるでしょう。
もしも、女神の座に、邪な者が就いてしまったら。もしも、その女神の力で世界を破滅に導くような女神が現れてしまったら。打つ手がないとなれば困ります。全神王様も多忙ですから、用意を整えている間に世界が滅亡していてもおかしくはありません。
ですから、その場合に備えての保険とでも申しましょうか――暴走した女神を打ち倒し得る生物を、全神王様は創造されました。
破魔の力を持つドラゴン。名を、聖竜ヘップバーンと呼びます」
「女神を打ち倒せる、聖竜ヘップバーン……」つるぎは復唱する。
「じゃあこのドラゴンが、女神の暴走を感知して起きて活躍するんですか?
それとも、全神王が起こすとか?」
と湊がいうと、パトスは、いいえ、と首を横に振った。
「その役割は、巨人が担っておりました。巨人の喉から唱えられる、巨人の歌でのみ、聖竜は目を覚ます仕組みとなっておりました。巨人は竜と同じこの空間で暮らして、有事に備えておりました」
「すべて過去形ですね」
「百年前、大商人ライドがその巨人を――女性の姿をしていました――洗脳して地底から連れ出し、妻のひとりとしました。数十年後、ライドの死とともに洗脳が解けた巨人は、発狂し、海に身を投げました。もっとも、そのときは一般的な人間のサイズとなっておりましたので、津波などの被害はございませんでしたが……巨人は不老不死であるはずなのに、深い絶望が手伝ったのか、いっこうに浮かび上がってきません。この世界はそのことにより、聖なる竜を呼び起こす術を喪うこととなったのです」
「だから、いつかくる魔王を討つために」湊はいった。「勇者が、必要なんですか」
「さあ。わたくしの弟は――予言鳥アスは、いったい何を見たのでしょうか」
いまとなっては、知る由もございません。
地底から出たつるぎと湊は、北リリシシアの宿に戻った。
荷物をおろし、ふたりは向かい合い、手を伸ばす。
「それじゃあ、始めるよ」
「……うん」




