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第四話 変態 - アバンタイトル

 アハランド滞在四日目。

「あー……効く」

 現代のアハランド、もとい北リリシシアにて。

 つるぎは朝から露天風呂の温泉に浸かっていた。傍に浮かべたお盆のうえには、つるぎが生成した日本酒とお猪口が乗せられている。入浴しながらの飲酒って酔いやすくて危ないんじゃないのかなと湊は思ったが、完全にリラックスしているつるぎを見ていると、水を差す気は起きなかった。


「どうしたの? 湊くんもいっとく?」

「いや、僕はいいや」

 もしもつるぎに何かがあったら湊が回復魔法でなんとかするつもりであるため、酔っている場合ではなかった。

「それにしても、つるぎ、ここの温泉気に入ったの?」

「うん、気に入ったのもあるけど。過去のアハランドって宿も水風呂だから」

「ああ……そうだね」

 百年前の北リリシシア――もといアハランドでは、この火山性温泉はウーアハ城の地下にある。王族専用のものなのである――結果、民には温泉の恵みは到らない。


 そして、木と共存するウーアハ王国領では着火剤などの使用は極力避けられている――戒律にて肉の生食が禁じられているため調理の際には普通に火を使用するものの、入浴に関しては水風呂でも身体を洗うことは可能であるため、火を用いて薪を焚き湯を沸かす、ということはしたがらない文化だった。


「でもそれは昔の話で。敗戦の結果として北リリシシアになって、温泉が解放されてウーアハ式の木造の家も減ったから、もう水風呂は物好きの趣向になったんだよ」

「そうなんだ。……温泉の解放はライドさんの提案だっけ。そういえばガボに銭湯があったけど、あれって北リリシシアの温泉がウケたからライドさんがガボでも大衆浴場をやってみたって経緯らしいね。日記に書いてあった」

「あれもライドさん案件だっけ。割とやったこといっぱいあって覚えきれない」

「けど、それらすべては、百年前の……つるぎが介入した、異なる世界線では起こらないんだよね」

「わかんないよ? ライドさんが洗脳とかなくても大成するかもしれないし、ウーアハの王様が突然、温泉を民に解放しようっていいだすかもわからない」

「たしかに。未知数だね、異世界」

「うん。戦争をした世界よりも、ずっといい百年後になってるといいなあ」

 ていうか、そうなるようにしなきゃ。

 ひとまずリリシシア国王とウーアハ国王の和解がつつがなく終わることを祈りながら、つるぎはお猪口にお酒を注いだ。



 十分に温まり、またつるぎが酔いを感じてきたので、ふたりは温泉を出た。売店のミルクを形式的に腰に手を当てて飲み干していると、コインの落ちる音が鳴った。


 そのほうを見ると、金髪の女性が財布の中身を撒いてしまったようだった。つるぎが拾って渡すと、ありがとうございます、と女性は頭を下げた。

「どういたしまして――あれ、どこかでお会いしませんでした?」

「え。そうでしたでしょうか……あ、もしかして」

「もしかして、その、……追放に?」

「あ、……はい。そんなところです。その節はご迷惑をおかけしました」

「いえいえ。あれからどうしていたんですか?」


「まあ、とりあえず遠くに行こうと思い、北上して参りました。大きく報道されたみたいで、世間の目は厳しいですが、人を傷つけるようなことや、ものを壊すようなことは、しておりません」

「そうですか、それならよかったです。いい湯ですから、ごゆるりとお楽しみください」

「ありがとうございます」

 女性は赤いローブをひらめかせて、番台に向かった。


「つるぎ、いまの人は?」

 湊が訊くと、つるぎは周りに聞こえないように耳打ちする。

「リリシシア城下町で、銅像が爆破されたでしょ。その犯人のエッダさん」

「え。……つるぎ、同情してたもんね」

「うん。追放刑になったんだろうね。大変だろうけど、しぶとく生きててくれてよかった」


 つるぎと湊は広場を歩く。北リリシシアの開発は国王主導でありライドは会議に参加し提言を行ったのみであったため、この町に大商人ライド像はなかった。その代わり、百年前のリリシシア国王の像が広場を見守っていた。

 北リリシシアは広い。三日前と今日、明後日、四日後を使ってようやく観光を終えられるくらいだろうか――と浮足立っているつるぎの隣で、湊は一枚のチラシを受け取った。


「ねえつるぎ、これ、四日後開催だって。今日が締めきりらしい」

「何?」

 それはベストカップルコンテストのチラシだった。

 愛し合っている男女であれば参加可。壇上で互いの絆をアピールする。観客投票で一位から三位までの人間に賞が与えられる。

 三位賞は、アンティークショップ『ボンジャーズ』特選のアンティーク・アクセサリー。

 二位賞は、聖銀のペアリング。

 そして一位賞は、花の咲く高台の上に建てられた、白くて大きな家だった。

「……このコンテストってどれくらい人が来るのかな?」

「第七回っていうくらいだし、人気ではあるんじゃない?」

「そっか。じゃあ、出たい」



 同日の昼、異世界――百年前の世界。

 北リリシシアではなく、アハランド東の農業地帯にて。


 ひとりの若い農夫が、腕から血を流し、腰を抜かしてへたりこんでいた。

 腕を引っ掻かれた際の悲鳴を聞きつけた近隣住民が駆け寄る。

「どうした、ポトルフ! まさか、また……」

「あ、ああ……俺の畑にも、ついに、で、出た、へ、へ、へん……」


 変態が。


 若い農夫・ポトルフの畑からは、根菜が二本、奪われていた。


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