第三話 魔女ソーダクラッカー - Cパート
焼死体を、高台のソーダクラッカーの家の傍に埋葬する。
つるぎは墓石を生成し、植物魔法で手向けの花を作って、手を合わせる。
目の下を赤く腫らしながら、つるぎは自分の次の仕事に意識を向ける。
湊の手を取って、強引に切り替える。
そういう手が傍にある、恵まれている自分に、いつまでも落ち込んでいる資格はない。
そんな、間違ったことを、あえて思いながら。
シタ地方南端、リリシシア王国。
玉座の間で、国王は不意に、正気を取り戻した。脳内をがむしゃらに渦巻いていた靄が、突然に晴れたような不思議な脱力感のある心地だった。
そして、間もなくして、後悔の念がどっと押し寄せてきた。リリシシア王は、第二百回シタ南北会談での自分の行いを思い出し、それから戦争の準備を進めてることを思い出した。
(私はいままで、何を考えていたのだろう? 悪いものに憑かれていたかのようだ。
戦争など、したくない。してはならない。これまでの王が二百回も会談を重ねて保ってきた平和を、私の代で崩してしまうなど。
しかし、ああ、私はなんということをしたのだろうか)
王は懊悩した。
いまからでも戦争の準備などやめて、頭を下げて非礼を詫びるべきだ、誠意を尽くして平和を取り戻すべきだ。それが最善だと、リリシシア王は考えた。
(しかし、いまさらではないだろうか。ここまできて日和ってしまったら、ウーアハ王のみならず国に仕える部下からも、どう思われるかわからない。あそこまで愚かな真似をして、戦争を前提とした計画を進めて人を動かしているのに、突然すべてを撤回しては、いよいよ王としての威厳などあったものではないではないか。
いまさら、これは正しいことではなかったと、なんの前触れもなく撤回するようでは、王として無責任ではないだろうか?
……いいや、過ちに気がつき、おのずから正せる者であるべきではないか)
頭を抱えながら、ひとまず戦争以外のやるべきことを、王は進めて過ごした。火が暮れるころ、王のもとに兵がやってきていった。
「天界の使者を自称する者が、この書状を、国王様へと」
「書状?」
「なんでも――女神様からの便り、とのことです。
先んじて確認いたしましたが、毒物などはございませんでした」
「……書状を寄越した者は捕らえてあるのだろうな」
「いいえ。私に渡してすぐ、絨毯に乗って上空へ飛び去りました」
「不可解な。……少なくとも超常的な存在ではあるのだな、天使のような」
王は書状を受け取り、ひとまず封を開けた。
『第十二代リリシシア国王 アーモンド・リリシシアへ
正気は取り戻しましたか?
戦争は必ずやめなさい。
謝るべき人へ、いますぐ謝りなさい。
多くの人を、幸せにしてください。
女神より』
「……これは、本当に女神からのものだろうか」
「はい、こちらにお届けする前の確認段階で、城内天使室の天使にも確認をとりました。これは女神の書状かと。天使はそうだといいました。その証拠に、ここに捺されている印は、女神に受け継がれる印鑑のものだそうです」
「そうか」王はいう。そしてもう一度、その簡潔な書状を見る。
「女神様がおっしゃるのだから――そうせねばなるまいな」
シタ地方北端――ウーアハ王国。
ウーアハ国王は、女神からの書状を眺めていた。
『第十二代ウーアハ国王 ラハ・ウーアハへ
正気は取り戻しましたか?
戦争は必ずやめなさい。
謝る人を、許しなさい。
多くの人を、幸せにしてください。
女神より』
「……あのような暴言を投げつけられて、許してしまっては、国民から腰抜けといわれてしまうかもしれないが」城内天使室を出たウーアハ国王は嘆息した。「女神様からそうしろと命じられているのだから、仕方あるまい」
ウーアハ城内天使室の天使は、ウーアハ国王から見せられた書状のことを考えていた。
(あれは――女神様のものではない。だって筆跡がまず違うし、それに……)
印鑑こそ本物と同じだったが、女神を騙る何者かによるものであると、天使にはわかった。むろん、リリシシア王国の天使も、同じく見抜いていた。
しかし、である。
そこで正直に偽物であると伝えないほうがよいと、天使たちは考えた。
なぜならば、女神から命じられたという事実は、すべてのためらいを吹き飛ばすものである。戦争の準備を中止するための、他国王からの侮辱行為を水に流して再び手を取り合うための、いってしまえば最強の言いわけになる。
だから、天使たちは、見逃すことにした。
どこの誰かはわからないが、平和のための行為であるならば、止める必要はない。
天使たちにとっても、戦争は痛ましく、大変なものなのだった。
「女神になったばかりのとき、ちょっと触ったくらいだったけど。印鑑、ちゃんと再現できてるはず」
空飛ぶじゅうたんのうえで、つるぎはいった。
「これから上手くいくかな。戦争をやめるほうに」
湊はつるぎの作った印鑑をしげしげと見つめながらいう。
「じっくり見守っていくしかないよ。最終的に、何をどうするかは民が選ぶべきだと思うし」
「神様って感じだなあ」
「うん。でもまだまだだって思った。ソーダクラッカーさんみたいに、世界に窒息して暴力の道を選んでしまった人を、どうにもできなかった。絶望したまま、死なせてしまった」
少しでも優しい世界だったら、あんなに追い詰められなかったかもしれないのに。
つるぎは遠くを見つめていった。
「もっと、いい神様になりたいな。誰も殺さないまま、幸せを創れるような神様には、まだ遠いよ」
「……そんな神様が、かつていたのかどうかも、わからないんじゃないの?」
「わたしの理想のなかには、いるのですよ」つるぎはそういうと、少し欠伸をした。
「ちょっと疲れた?」
「とっても疲れた。早く宿に帰ってごろにゃんしたい。させてね?」
「させていただきますよ。つるぎ、お疲れ様」
「ありがとう。湊くんも、お疲れ様」
陽は水平線に沈みきったころ、アハランドの町明かりが目下に見えた。




