第三話 「つるぎは僕のすべて」 - Cパート
湊を認めた全神王は、宣言通り褒美を与えた。
「お前の剣だが、ワシの力で強くしてやるぞい。その程度では心許ない……ほれ」
全神王が手をかざすと、聖剣『イニミ・ニ・マニモ』はまばゆいひかりを放った。
ひかりがやむと、デザインはそのままだが、どこか前より背筋の凍るような危うさを刃に感じるようになった。
「なんでも斬れるくらいにはなったはずだぞい」
「ありがとうございます」
「デザインをもっと格調高くしてやることもできるが」
「それは結構です」
それから全神王はつるぎにいう。
「蜷川つるぎ。まあ手伝わせるくらいならよいが、菜花湊に頼りきりではいかんからな」
「あ……はい。重々承知しております。女神として責任を以て研修に取り組みます」
「うむ。……ああそうだ、左腕を出せ」
つるぎがいわれるがままに左腕を差し出すと、全神王はそこに真っ黒なブレスレットをはめた。瞬間、つるぎは少し胸騒ぎのようなものを感じた。
「全神王様。これは?」
「研修にあたって女神の権能を制限させてもらったぞい。ワシかワシと同等の力を持つ者でなければ外せぬ呪いがかかっておる」
「の……呪いのブレスレットですか?」
「そうだ。女神の権能の大半を封印した。
――瞬間移動能力。これは楽すぎて研修にならなさそうだからナシ。
――無尽蔵の体力。これも飢えや睡眠不足を含めて旅の経験だからナシ。
――そして創造力。これは新たな物体もお前の既知の物体も、右手で持てる程度のものだけ創造できるくらいに制限するぞい。
不満もあるだろうが、精神が未熟な者に自由にさせていい力ではない、勢いでキャルゼシアを殺したように、勢いで世界を滅ぼしてしまうかもしれん」
「……右手で持てる範囲と申しましても、筋力によりけりではありませんか?」
「折り畳まずに広げて、手を下げた状態で持ったときに引きずらない範囲ぞい」
「把握しました。ありがとうございます」
片手で持てる重さだったとしても、シーツやドレスなども生成することはできないということである――結局は身長にもよるのではないかとつるぎは思ったが、あんまり表現の重箱の隅をつつくような真似を、女神よりも偉い立場の者にしようと思うつるぎではなかった。
こうなるとわかっていたら書斎にいるとき色々と作っていたのに、と思わなくもなかったが、この制限下でも作れそうなものは多かったし、それにほしいものはお店で買うなどすればよい。つるぎは父親がたまに、セカンドバッグに入る荷物だけを持って海外に行き、現地調達でどうにかする一人旅をしていたことを思い出した。
「それから、パトス」
全神王が呼びかけると、やや不貞腐れ気味だった大神官パトスは姿勢を正して返事をする。
「はい。いかがいたしましたか」
「お前、このふたりの旅についていくんだよな」
「はい。わたくしの能力を用いて研修環境を作成し案内させていただく所存です」
「じゃあ、ついでに蜷川つるぎがもしも、研修を進めようともせず休んでばかりだったり、遊んでばかりだったりしていたら、ワシに報告しにこい。裁きの雷でも落として殺すぞい」
「承知いたしました」
唐突な処刑予告にびっくりしたつるぎと湊の顔を見て、パトスはいう。
「前にもお伝えしたかもしれませんが、つるぎ様、貴様は本来、女神殺害の罪に問われ、有無をいわさず死刑に処されるべき存在です。
しかし、貴様が女神の果実を食し女神の身体を手に入れてしまったことで、天使や大神官が貴様を殺めることもまた規律違反となりました。本日まで天界にてのうのうと生きていられているのはすべてそのためです。
そして、全神王様は女神よりも高位なる存在であらせられます。つまり全神王様がつるぎ様を処刑することには、なんの問題もございません。
そのうえで女神としての資質を問う猶予をお与えになられました。これは非常に有情なご判断なのです」
「そういうことだぞい。では、皆の者、下がってよいぞい」
全神王の宮殿のある世界からの帰り道、つるぎがパトスに訊く。
「そういえば研修として下界を旅する……ということですけれど、具体的にはどのような旅となるんでしょうか?」
パトスは答える。
「百年前に新米女神だったキャルゼシア様が、修練と称して救済を行った、下界のシタ地方の各地に赴きます。そして、そこから百年前にタイムスリップし、つるぎ様なりの方法で、同じ問題に対しての、救済を行っていただきます」
「た……タイムスリップ? できるんですか?」
「正確にいえば異世界への旅となりますが、可能です」
なぜならわたくし、過去をつかさどる、過去鳥ですから。
鳩の羽を大神官帽のつばに挿した、大神官パトスはそういった。
次回、挿話「勇者があらわれる」。第一話より前の予言の話。