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第二話 王の日記 - Bパート

「ええ、館内にございますよ。八十年ほど前、故人館のために精力的な蒐集を行っている段階で大商人ライドから売りつけられたものですね」

 と、故人館の二代目館主はいった。

 それから、

「ただし、一般に開放されているスペースでの閲覧は不可となります。そもそも、そのようなものがこの故人館に収蔵されているということ自体、秘密事項となっているのです」

 と、続いた――応接室で、つるぎと湊は納得する。前回に赴いたとき、ふたりが手に取れるようなところにはなかったということである。


「一応訊いてもいいですか」湊は挙手する。「どうしてそのような扱いに?」


「故人館を建てた者は、どこにでもいる個人の貴い人生の断片は焼き捨てられ、王族の人生の断片のほうは保管され後世に残るという不平等を悲しんでいました。だから平等に貴い人生であるということを示すことも故人館の目的です。

 でも、そこに『リリシシア王の日記』『ウーアハ王の日記』といったものが並んでしまえば――残念ながら、目を惹いてしまうことでしょう。目玉展示となってしまうことでしょう。

 それを読むためだけに来る人間が、そのほかの民の日記を蔑ろにしてしまうかもしれない。そうなると、故人の日記や手紙や似顔絵を、買い取らせてくれた遺族に失礼という者です。

 とはいえ買い取らなければ焼き捨てられるということで、大商人ライドから買い取ったあと、この故人館の地下に収められました」


 それからふたりは館主の案内で隠し地下階段を降りた。ランプで照らされた薄暗い道の向こうに、小さな部屋があった。部屋の中央に、三冊の本があった。


「左から、先々代リリシシア王の日記、大商人ライドの日記、ウーアハ王の日記です」

「ライドさんの日記、センターなんだ……」

 むろん、大商人としての功績を鑑みればそう違和感のない扱いではあった――さておき、つるぎは二冊の王の日記を手に取り、部屋の読書机を使って読み始めた。

 几帳面に毎日つけていたようで、どちらも分厚いものだったが、速読の得意なつるぎである、さらさらと読み進める。そして第二百回シタ南北会談の日が近づいてきたころ、つるぎはふと変化に気がつく。整った字を綴っていたリリシシア王の日記だが、じわじわとその筆跡が荒ぶっていくのである。どうしたのだろうか、と思っていると、


『……それにしても先週から理由のない苛立ちに襲われている。睡眠が足りないだろうか』

 といった記述に出会う。先週の日記を読み返してみるが、とくに変わったことはないように思えた。強いて挙げるなら、休憩の時間に芸人を呼んだということくらいだが、その芸人は国王をずいぶんいい気分にしたようである。


『……真っ黒な服に金色の髪と異質な出で立ちだが、陽気な男だった。そして国王を前にしても臆することなく握手まで求めてくる始末である。兵がすでに危険物の有無を確認していることだろうからと応じてみると、莞爾という表現が適した表情を見せた。

 それから彼の行う芸と笑い話を聞いていると、いま思い返せば大したものではなかったが、なんだか心の底から楽しくなっていった。ここ最近の休憩時間では、最も幸福であったように思える』


 その次の週からどんどんと字は乱れ、文も乱れて、やがて日記のページに、握ったりペンを叩きつけたりしたような跡が見られるようになった。


 第二百回シタ南北会談の前夜など、もはや理性のある人間が書いた日記とは思えなかった。はっきりいって殴り書きである。この期間だけ日記が盗難に遭って悪戯されたといわれても信じてしまいそうだが――仮に、これが国王本人のものだったとすると。


(正常じゃない精神状態のときに、会談に出てしまったから……暴言を?)

 つるぎはそう推測しながら日記を読み進めた。汚い字と語彙に塗れつつも、内容をよく読むと戦争の準備を着々としているようである。やがて数日を経てライドによるアハランドの内偵報告が終わった。

 その日の日記は以下である。


『ライドがきょじんを連れかえってきた! でかしたっ!

 うーあは終わりだーーーーー!!!

 死ね!! しね!!! しね!!!!! しねしねしねしねしねしね』


 二ページにわたって、大きな字で殴り書きされていた。インクを指につけて擦ったような幼児的な字だった。

 下手なホラー小説より恐ろしい演出だ、とつるぎは思いながら読み続ける。

 宣戦布告の日も、その後しばらくも同じ調子だったが、ウーアハ王国が滅亡した途端、

 

『どうしてこのような凶行に出てしまったのだろうか?

 私の頭はどうしてしまったのだろうか? 正気が戻った気分だ。

 なんと愚かなことをしてしまったのだろうか』


 と、几帳面な字に戻った。そして後悔の念に囚われ始めた。


『私は戦争を始めた責任を、ウーアハ王国を滅ぼした責任をとらなければならない。

 これがいっときの気の迷いであったなどと、決して悟られてはいけない。

 これは必要な戦争であり、侵攻であったのだとして、人の子ひとりいなくなってしまったアハランドの地を、リリシシア王国の領地として再興させなければならない。奪ったのだから、活かさなければならない。殺した動物の命をきちんと食い尽くすように、それが礼儀ではないだろうか。

 そうだ。それを終わらせたら、私は死をもってこの罪を償おう』


 それからは約二十年にわたる北リリシシア開発を主軸とした後悔の日々が綴られていた。つるぎは読み終え、ぱたんと閉じると、長い溜息をついた。

 そしてウーアハ王の日記を読み始めた。


(あれ?)

 と、つるぎが思ったのは、ウーアハ王の日記にもリリシシア王の日記と同じような男性芸人が現れ、握手を交わしてから芸と笑い話を披露していたからだった――そしてその芸人の名前が、ウーアハ王の日記には書いてあったからだった。


『実に、愉快な日だった。ソーダクラッカーという男を、覚えておこう』


「……ねえ、湊くん。ソーダクラッカーって名前、聞いたことあるよね」

「うん。パトスさんがいってた」湊は大商人ライドの日記を読みながらいう。「どの方角だったか忘れたけど、魔女でしょ? それが?」


 読み進めると、ウーアハ王もその男性芸人ソーダクラッカーと会った翌週から理由もなく腹が立ってしょうがなくなったようだった。



「つまり王様はソーダクラッカーのせいで気がおかしくなっていたの?」

「わかんないけど、そうかもしれない」

 上空。魔法のじゅうたんに乗って北リリシシアに向かいながら、つるぎは湊に返答した。故人館にいるうちに雨が降り始めていたが、バリアを張ったため濡れることはない。


「男性と書いてあったし、同名の別人かもしれないけれど。でも男性に見えただけかもしれないし。……握手でなんらかの魔法をかけたとか? なんのために……もしかして戦争が起こることを期待していた?」

 ぶつぶつと呟くつるぎを、探偵みたいだなあと思いながら眺めていた湊は、視界の端に、閃光を捉えた。


 湊はつるぎに声をかけようとしたが、それより早く――雷鳴が轟いた。


 つるぎは反射的に音のほうを振り向いた。

「雷……! どうしよ、この高さだと……また光った! 湊くん……」


「……雷怖いね、つるぎ。バリアもあるし、大丈夫だよ。でもちょっと低く飛ぼう。もしも雨宿りできるところがあったら、そこで一回降りよう。いつまでも続く雷はないよ」

「……うん、うん」

 そこでまた、雷が大きく鳴った。湊の腕のなかでびくりと身体が跳ねた。抑えられていなかったら、ひょっとしたらつるぎは絨毯から手を離していたかもしれなかった。そうなったら、バリアに守られつつも地面に落下するところだった。


 やがて煉瓦造りの小さな建物が見えたので、つるぎはスピードを上げてそこに近寄り、絨毯から降りて駆け下りた。

 以前泊まった、ダリアンヌの跡地にある、旅人向けの質素な宿屋である。

 ひとまず雷が去るまで休むつもりで店主にいい、それからスープを出してもらった。


 スープを飲むと、つるぎは少し落ち着いたようだった。

「びっくりした、本当に」

「うん、びっくりだったね」

「天使試験の勉強で、災害救助のとき雷を避けて飛ぶ練習とかしてたのに、実際鳴ると吹っ飛んじゃった……」


 つるぎは幼少時、父方の祖父の家に雷が直撃して火事になる一部始終を間近で目撃したことがあった。死人は出なかったが家は焼け尽くしてしまった。つるぎはその祖父とよく遊んでいたから、祖父の暮らしていた大きな家にもいくらか思い入れがあり、喪失感とともに雷の恐怖を植え付けられたものだった。

 当の祖父は投資として時計やインゴットを銀行に預けていたこともあり、大ショックという様子でもなかったが。


「湊くんがいてくれてよかった。ありがとう」

「どういたしまして。まあ、慣れたし」

 生前のデート中にも雷雨に見舞われたことは何回かあった。湊はいつになく弱っているつるぎに最初は慌てたものだったが、段々と対応ができるようになった。雷はさておき、雨は湊にとってむしろ落ち着く要素だったから、余計に冷静でいられた。


「……えっと、なんだっけ。そう、ソーダクラッカー」

「うん。覚えてる?」

「忘れた。嘘。覚えてる。流石にここからジンコゥに戻るようなぐだつきは起こらない」

「ジンコゥに行ってきなすったんですか」

 と、宿屋の店主が反応した。


「あ、はい。ジンコゥに行ってきました」

「へえ、それは……ジンコゥはここから少し遠いですが、一度は行ってみたいものですよ。故人館というのがあるらしいですね」

「はい」

「なんでも、死んだ人のだったら手紙でも買ってくれるって。もしも行けたら、ここにある手紙とか、全部持ち込むのに」

 と、店主はカウンターの下にある箱を持ち上げて、つるぎと湊に見せた。それは古びた木箱で、なかには赤茶けた封筒が数え切れないほど入っていた。いくらか年月が経っているようだった。


「これって、この宿に来た手紙ですか?」

「いやあ、宿を始める前にはありまして。ここは元々、大劇場の支配人の部屋とその周りだったんです。だもんで、大劇場に来たオファーレターなんです、これ」

「オファーレター?」

「劇団だったり、人気の演者単体だったり、とにかく大劇場に出ている人を、ダリアンヌの外に呼びたいって思った人がお願いする手紙です。戦争でダリアンヌが消えちゃう直前は、劇団だけじゃなくって色んな、芸人とか占い師とかそういうのも劇場に出すことがあって、そういう人を呼ぶ手紙もあったそうです」


 へえ、とつるぎはとりあえず封筒の山の、一番上のものを手に取って開けてみた。

 それはダリアンヌの芸人ソーダクラッカーをリリシシア王国に呼びたいというオファーレターだった。


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