第一話 [E]敗戦国と大富豪のダンジョン - Cパート
ダンジョンを出てもワンレドには会わなかった。失敗を悟ってさっさと逃げたのか、あるいはダンジョンの別の道に身を潜めているのかもしれなかったが、そこまで頑張って追い回したところでつるぎは喜ばないと、湊はわかっていた。
つるぎは襟元の破れた血まみれの服を脱ぎ、魔法で湯を作って身体を洗ってから、新しい服を生成して着た。それも可愛いねと湊はいった。
それから湊は、身分証明カードに声をかけた。
「見ていますよね、パトスさん」
《わたくしはいつでも貴様たちを見守らせていただいていますよ》
いつでも見ているわけじゃないというようなことをいっていたくせに、と湊は思う。
「本当はわかっていたんじゃないですか? こういうことが起こるって」
《いいえ。存じ上げませんでした。そのようなダンジョンに赴いたということも。偶発的に、つるぎ様のケースでのみ発生したイベントなのではないでしょうか?》
「旅の記録には、なんと書いてあったんですか?」
《今朝も申し上げました通り、キャルゼシア様のアハランドでの動向に関しましては、十日間まるまる、記録されておりません》
「でも十日間ここにいたってわかるんですよね? じゃあアハランドに辿り着いた初日がいつで、アハランドを出た日がいつなのかわかるんですよね? 何も書いてなかったらわからないはずですよね?」
《そうですね。初日と出立日の記録はございます》
平然と答えるパトス。
「なんて書いてあったんですか?」
《初日はこのように記載されております》
“○○日
私の旅足もいよいよウーアハ王国領に踏み入る。
どれだけの人を救えるだろうか。
(次ページ)
どうして.“
「……出立日には?」
《そちらはこのように》
“××日
アハランドをでる。マンマル火山にいく。
もうあまえない。もうあまやかさない。“
《何がおありになったのかは知る由もありませんが。キャルゼシア様はウーアハ王国領に入る前までは、素直に従順に民の願いを叶える女神だったそうです。しかしこの十日間を経て、現在に通ずる厳しさを手に入れられたとされています》
「……厳しさを」
《つまるところ、一皮むけるのに必要な経験があったということでしょうか》
「そうですか。もういいです」
湊がそういうと、パトスは閉口した。
つるぎは一部始終を聞いて、戦慄していた。ひょっとすると、パトスのいう通り、全く別の体験を経たのかもしれない。たとえばライドがこの日どこにいるかという点だって、洗脳ハーレムを築き上げる世界線とはまるで違うはずである。キャルゼシアがグルとビッグデカとワンレドとは出会っていなかったとしてもまるで不思議ではない。
だから、考えすぎかもしれないが、考えてしまう。
人々を従順に救済する女神だったというキャルゼシアが、つるぎよりもきっと穢れを知らず、つるぎのように護ってくれる人のいないキャルゼシアが、もしも同じ流れを辿っていた場合――どのような結果になったのか。
どういった選択を、せざるをえなかったのか。
キャルゼシアは何に対して、どうして、と書いたのか。
つるぎが殺した女神キャルゼシアとは、どのようなものを抱えて歪んだ女だったのか。
考えすぎてしまって――吐き気がした。
「……つるぎ、大丈夫だよ」と、湊はつるぎを抱きしめた。「大丈夫だからね」
ふたりで手を繋いで、アハランドの宿まで歩いた。辿り着く頃には昼に入っていた。




