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第一話 [E]敗戦国と大富豪のダンジョン - Aパート

《キャルゼシア様はこのアハランドに十日間ご滞在なさいました》

 百年前の北リリシシア、もといアハランド。

 いつも通り町の入り口で目覚めると、いつも通り身分証明カードからパトスの声が聞こえてきた――つるぎと湊は黙って続きを聞く。


《この地でキャルゼシア様が何を為したか。つるぎ様に辿っていただく足跡はどのようなものになるのか――という点につきまして、わたくしからご提供できる情報はございません》

「……え、どういうことですか? キャルゼシアがどこに行って何をしたのか教えてもらえないんですか?」

《はい。より正確に申し上げますと――教えることが不可能ということです》

「不可能?」

《何せ、記録がございませんので》


 つまり、こういうことだった――アハランドでの十日間、女神キャルゼシアがどこで何をして過ごしたのか、キャルゼシアの旅の記録に記載されていないのである。


「それじゃあ、どうすればいいんですか? わたしたち」

《どうしようもございませんので、自由行動となります。

 とはいえ明日には現代に戻ることとなりますので、そうですね、百年前と現代を交互に行き来して五日ずつ、併せて十日お過ごしになられましたら、その十日目に次の場所に移動することとなります》

「次の場所は……マンナカ火山でしたっけ? 不死鳥の住む」


《はい。そしてマンナカ火山が、この研修旅行の終着点となります》



「……とりあえず、じゃあ、十日間は自由行動なわけだね」パトスからの連絡が終わり、湊はぐっと伸びをする。「いっぱい観光しよう」

「うん、そうだね。アハランド、広いし」

 ウーアハ王国の城下町であるアハランドは、自然との共存をモットーとしているのか、木組みの街並みを見守るように凛とした木々が屹立していた。


 いっとう目を惹く木は、アハランドの象徴となる巨木であろう――神聖な逸話こそないが、このパンゲア界が生まれたころから今日まで生き伸びてきた、唯一の木とされている。

 途方もない樹齢を重ねた威厳ある巨木にウーアハと名づけたものがいた。この木の周囲に暮らす者たちはウーアハの民と呼ばれた。そして国家となるとき、誇りをもってウーアハの名を掲げた。


 そしてリリシシア王国がウーアハ王国を滅ぼしたあと、巨木ウーアハは切り倒され、背の高いリシア塔の素材となった。塔にはリリシシアの国章が刻まれ、アハランド改め北リリシシアのシンボルとして多くの人から親しまれている。


 つるぎは目の前の巨木の姿に現代の塔の姿を重ね、少し切ないような、恐ろしいような気持ちになった。巨木の周囲で和やかに過ごす人々や巨木の幹につけられた飾りを見ていると、アハランドの人々の巨木ウーアハへの愛と尊敬が感じられるようで、なんだか切なかった。


「つるぎ、危ないからしゃがんで」

 湊がいった。つるぎが素直にしゃがむと、頭上を、木のフリスビーが通過した。少し遅れて、幼い女の子が追いかけるように横切り、それから、


「こら! 人のいるところで投げちゃダメっていってるだろ!」

 と、息子らしき男の子を叱りながら、父親らしき男性が駆け寄ってきた。


「ごめんなさい、お怪我はありませんでしたか」

「いえいえ、大丈夫です」とつるぎがいった。

「本当にすみません。ほら、カルト、謝るんだ」

「ごめんなさい」と男の子は頭を下げた。

「今回は大丈夫だったけど、次は違うかもしれないから、気をつけようね」湊は目線を合わせていった。


 フリスビーを追った女の子が戻ってくると、湊にいう。

「おにいちゃん、いい匂い!」

「ありがとう」

「こっちのおねえちゃんも、違ういい匂い!」

「ありがとう。わたしも彼も、バレッタの町で買った香水を使ってるんですよ」

 つるぎは微笑んだ。

「ばれった?」

「リリシシア王国領のほうにある、お花とお菓子の町」

「お花とお菓子の町! お花とお菓子だって、パパ――」

「シュシュ」父親は女の子を抱え上げると、そっと頭を撫でた。「お花もお菓子も、アハランドにもあるからな」

 きょとんとしている娘を片腕に、息子をもう片方の腕に抱えると、少し急いでいるみたいに会釈をして去っていった。つるぎと湊はそんな父親を見ながら、なんなんだろう、と思った。


 質屋で金塊を貨幣に換金したふたりは適当な宿を確保し、近くの商店街に入った。何か特産品か、書店でもないかと思いながらのことだったが、家具屋の軒先を通りがかったところで、

「ああっ女神様っ!」

 と、店内から男に声をかけられた。もとい、叫ばれた――商店街にいた数人からの視線を送られながら、つるぎと湊はいう。

「えっと、どこかでお会いしましたか?」


「またまたご冗談を! 女神様ならばおわかりでしょう?

 私ですよ、ライド・エンゲルです!」


 いわれて、たしかに見覚えのある顔だと湊は思った。ただ、リリシシアで会ったときとは、打って変わって清潔感のあるきちんとした身なりだったため、印象が違いすぎてわからなかった。つるぎも同様なうえに、そもそも接した時間が少ないため思い出せなかった。


「ライドさん、お久しぶりです」と湊はいった。ライドに、自分はつるぎに仕える天使であると嘘をついたことを思い出しながら。「今日は女神様とともにアハランドの様子を視察しに参りました。詳しくは説明できませんが、少々気になることがあるとのことで」

「気になること……天使様、それはもしや、あの件ですか?」

「あの件?」

「いえ、いえ、いえ。わかっておりますとも、たしかにそれは、口外に慎重になるのもやむをえません……そしてこの商店街にお越しになられたのは、このライドの行動をすべてお見通しになってのことですね?」

「はい」

「湊くん?」つるぎは背中をつつく。

「女神様、最初からそのおつもりでしたでしょう? ライドさんからの情報を得るために、この商店街にやって参りましたでしょう」

「……えっと、……ええ、むろん、そのつもりです。ライドさん、あなたの目から見た、あなたの言葉での情報をいただきにきました。細かいニュアンスは、観測のみでは拾えませんから」


 つるぎは何がなんだかわかっていないが、湊がそういう体で行こうとしていることは察したので、合わせることにした。ライドはそれを聞くと、

「さようですか、さようですか! いや、実に光栄です! ……あまり人に聞かれるべき話ではありませんから、店内に――」


 そのとき、悲鳴が聞こえた。振り向くと、逃げ惑う人々の向こうに、黒煙が見えた。

「火事だ! 商店街の料理屋が火事を起こした! みるみる広がっていく!」

 と、誰かが叫んだ。つるぎは魔法で空に浮かび、逃げ出す人々とは反対方向に飛んだ。自分たちの頭上を往く女を見て、いくつかの民衆は天使がすぐに駆け付けてくれたのかと思いながら逃亡を続けた。


 木組みの家が隣接する商店街で火事が起きれば、当然、延焼に時間はかからない。だから一刻も早く消火をするために、つるぎは飛んだ――そして辿り着いた。料理屋はもうすっかり炎に包まれていて、隣の服屋に燃え移り始めていた。


 つるぎは服屋に手を伸ばすと、火を操る魔法の応用で火をひっつかみ、引き剥がした。右手に持った炎を左手で作った魔法バリア玉に突っ込むと、バリアのなかを風魔法の応用で真空にして消した。

 同様のことを料理屋に対しても行った。火が大きいためどこにも影響の出ない上空まで飛んでから火を引き剥がし、大きな魔法バリア玉にぶちこんで真空化し消火した。


 炎はなくなり、少し焼けた服屋と、全焼した料理屋だけが残った。つるぎが着地すると、一部始終を目撃した民衆から拍手が起こった。

 つるぎはそれに一礼すると、つるぎの隣で頽れた中年を見やる。


「全財産突っ込んで始めた俺の店が……こんなつもりじゃ……隣の店への弁償も……こんなつもりじゃ……」

 ぶつぶつと呟く中年の前にかがみ、目線を合わせてつるぎはいう。

「どうして燃えちゃったんですか?」

「……強い火力で料理してたら、急に、腹が痛くて、たまらなくなって。そんで、急いで便所行って、出てきたら、すげえ燃えてて。そのあとの俺の対応も、きっと悪かった。……嫁も息子も応援してくれてたのに、どうして、こんなこと、やらかしちまったんだ」

「そうですか、災難でしたね。そんなこともありますよ」つるぎは慰めの気持ちでそういいながら、金の延べ棒を中年の前で積み上げていった。「これくらいあればきっと弁償してもいくらか残ると思うので、どうか絶望せず、人生を建て直してください」

「……え? いいのか、いいのか嬢ちゃん。俺なんかに、なんで」

「そのほうがあなたを含めたみんなが幸せになれるって、わたしが思ったからですよ」

 つるぎはそういって微笑んだ。


 民衆はそのやりとりを見て、とにかく金塊をぽんと出したあの女は何者だとざわついた。天使なのではないか、いやでもまだ天使が出てくるほどの規模ではなかったし早すぎる、無から金塊を生み出していなかったか、そんなことができる天使の話は聞いたことがない、と話し合う人ごみの合間を縫ってライドと湊が出てきた。

「女神様! もう消火できているなんて……やはり素晴らしい!」

 ライドの言葉に、人々はいっそうざわつきつつ、どこか納得していた。

 つるぎと湊は、ああもうこれでアハランドでは女神キャラでやっていくしかないのか、と苦笑した。


「それでは改めまして、こちらへ」

 群衆の視線が集まるなか、ライドはつるぎと湊を家具屋の店内に招いた。


 その家具屋はライドの実家だった。ライドの父親はアハランド全域で取引を行っている家具商人である。ライドは接客中の父親に、女神様がお越しになられた、と伝えた。ライド父は驚いて飛び跳ね、ライドが応対のために仕事を抜けることを許した。ライドはつるぎと湊を応接室に通すと、一番よい茶を出した。


「ありがとうございます。素敵なお宅ですね」

「何を仰います、きっと女神様のお暮しになっている世界のほうが、さぞ美しい家具に囲まれていらっしゃるのでしょう」

「ははは。さて、本題に参りましょうか」湊はそういって、茶を一口すすった。

「はい」

「ライドさん。貴方の知っていること、見てきたことをお話になってください」


「はい、天使様。女神様。いちからお話ししましょう。


 私はリリシシアにて女神様からの祝福をいただき、商人として真っ当に生きていくことを決めました。

 そのためにはどこかの店舗にて従事し貯金を作る必要がある、と求人を探していたところ、リリシシア城内の売店の販売員を募集しているとのことで、これが給金も高額であり、よしんば不採用であったとしても試さない手はないと思い、えいやっと応募いたしましたら、採用していただけるとのことで、いやはや、これぞ女神様から賜わった幸福の果実の恵みでしょうな。


 販売員としての日々をスタートさせ、仕事にも慣れてきたある日、リリシシアの大臣様からお声がけいただき、とある高給の極秘任務を告げられました」


「極秘任務? それはどのような?」

 湊が訊くと、ライドは部屋のドアがしっかり閉まっていることを確認してからいった。

「このウーアハ王国、アハランドの現状や国領の地理について調査することです。

 私がウーアハ王国出身の人間であることは採用面接時に伝えておりましたので、そこで適任だと思っていただけたのかもしれません。事実、昔からの顔なじみの者にウーアハ城内勤務の者もいて、いまリリシシアで暮らしているということを伏せて訊いたことでいくらかの情報を得ることができています」


 そこまで聞いて、ぴんとこないほどふたりは馬鹿ではなかった。

「それでは、……やはり」と、あたかも最初からその兆候を捉えていたかのように装って湊はいう。「リリシシア王国はウーアハ王国への侵攻の準備をしている」


「はい、そのとおりです」

 ライドは神妙な面持ちで頷いた。つまり彼は、リリシシアからのスパイとしてウーアハの現状を探る仕事をしているのである。

「ちなみに、念のため、女神様にとっては訊くまでもないことですが、一応ライドさんの認識として、お訊きします」と、湊は前置きをする。「いつごろに侵攻を開始するというような予定については知らされていますか?」

「いいえ。なにぶん、侵攻についてはまだリリシシア国内でも明かされていない話ですから。まだそれとなく予算を確保したり国領内の町長に協力要請の可能性を伝えたりと、水面下での準備段階です。ですから、私がこの話を口外したということは、どうかご内密にお願いいたします。とくに、ウーアハ王国の民に対しては」

「わかりました。ありがとうございます」


 ふたりはライドからおすすめの書店を訊いて家具屋を出た。深々と頭を下げるライドに手を振って、つるぎと湊は書店に入った。

 書店の入り口に、地球界でいうところの新聞が並んでいて、それを買って傍の丸太ベンチで開くと以下のような見出しがあった。


『第二百回シタ南北会談

 リリシシア国王「燃やせば終わりのウスバカ王国」

 ウーアハ国王怒り心頭の罵倒返し』


 それが七日前の出来事だった。

「王様同士で酷い言葉を投げ合うなんて」つるぎはびっくりして口を覆う。「どうして?」

「ひょっとしたらそういう病気になってしまったのかもしれないけど」湊はいう。「でも、ひどいね。これはたしかに関係が悪くなってもしょうがない」

「……このまま戦争が起こってしまうんだよね、そのうち」

「うん。でも、僕たちがアハランドにいる間はまだ起こらない」

「その前に何かできないかなあ……」

「女神って明かして『戦争は、よしなさい』っていえば従うんじゃ?」

「国王には通じないよ」つるぎはウーアハ城を見ながらいう。「天使室ってさ、お城のなかにもあるものだから。ほら、王族が傷を受けたときに一刻も早く治せるように」

「ああ、うん、そりゃそうだよね。それで?」


「だから、王様にわたしは女神ですって自称したら、きっと天使室から天使を引っ張ってこられて、この人は本当に女神ですかって確認されるはず。それで違うっていわれて、たぶん不埒なこと考えてると思われて投獄される。おしまい」


「なるほど。というかそれだと現時点でも結構まずい認知度じゃない?」

「うん、でもそれはもう、考えてもしょうがない。とりあえず対・王様に関しては他のやり方をゆっくり考えていくしかない。十日で思いつくかな。つかなきゃ、だな」

 そう結論付けて、つるぎは新聞をしまった――もう一度書店に行ってゆっくり棚を見に行こうと立ち上がったところで、


「あの、すみません。あなたが女神様だというのは本当ですか?

 商店街で騒いでいるのが聞こえましたが」

 と、声をかけられた。

 ひとりの女性と、ふたりの男性――三人組だった。


 どう返答するべきかつるぎは少し迷ったものの、ここで否定をした結果どこかからライドの耳に入ったら面倒だろうかと考え、首肯した。

「女神様なのですね。そうでないと、あんなことできませんよね。実は、折り入ってお願いがございまして」

「お願い?」

「はい。ここから北西に歩いたところに、最深部に財宝が眠るとされる『大富豪のダンジョン』があるのですが、とても入り組んでおり危険も多く、是非とも、女神様のお力をお借りしたいのです」



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