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第三話 「つるぎは僕のすべて」 - Bパート

「うむ。よくぞ来てくれたぞい」


 道程は割愛させていただくが、つるぎと湊とパトスは天界から、全神王の宮殿のある世界に辿り着いていた――宮殿の奥に王座の間があり、その玉座にて全神王が鎮座していた。

 全神王は、恰幅(かっぷく)のよい老爺(ろうや)だった――五メートルはありそうな、埒外に大きな身長と併せると、百六十センチメートルのつるぎはそれだけで威圧される思いだった。

「それで、お前が女神かぞい?」

「はい」つるぎは一歩前に出て、うろ覚えのカーテシーを行う。「お初にお目にかかります、全神王様。このたび次代の女神として研修を受けさせていただきます、蜷川つるぎと申します」

「うむ、パトスから話は聞いておる。蜷川つるぎ。地球界の女神から資料を送らせてあるぞい」

 全神王は電子タブレットのような端末を操り、情報を確認する。


「それにしても、とんだ運命のいたずらというべきか。地球界の魂が、キャルゼシアの治めていたパンゲア界の天界にて天使となり、キャルゼシアを殺すこととなるとは。はてパトス、どうしてこんな異例なことが起こったんだったかぞい?」


「はい。キャルゼシア様は、勇者となる魂の予言を聞き、地球界の女神にこのような条件の魂が昇ってきた場合にパンゲア界に流してほしいと要請しました。しかし地球界は他の異世界と比べても人口が多く、一日の死者数も多いため、天使が見逃してしまう可能性は小さくない、と地球界の大神官が懸念を示しました。

 そこで、ざっくり十月の間の日本人の死者の魂は特例としてパンゲア界で処理をする、という方向での交渉が成立しました。もちろん、以上のお話は書面にまとめて全神王様にお伝えし、ご許可を賜っております」

「そうだったか、そうだったか。やはりワシもそろそろ歳かぞい」


 つまり、つるぎが死ぬタイミングがひと月ずれていたら、湊と同じ天界に行くことはできなかったのだ――むろん既知の情報ではあったが、改めて聞くと冷や汗のする話だった。地球界で天使になった挙げ句、大神官に昇進でもしなければ干渉のできない異世界の天界に湊が行ったとなったら、気の遠くなる時間と努力が必要となる。

 大神官は殺せばなれるものではない。


「さて、蜷川つるぎよ」全神王はいう。「ワシは何も、キャルゼシアとの件を罪として裁くつもりはない。神たるもの、新米天使ごときに寝首をかかれるほうが恥だぞい。それにまあ……おっと、これはいわない約束だったか。とにかく、あとはパトスのいう通り、しっかりと未熟さを改善できたなら、ワシも問題はないと思うぞい」

「ありがとうございます」

「今回、ワシの宮殿に招いたのは、まあ一度会っておきたかったというだけだぞい。女神と、勇者に」


 全神王は湊を一瞥した。湊はつるぎの隣に並び、傅く。

「菜花湊と申します」

「うむ、存じておるぞい。予言鳥から勇者として示されている、といわれてもお前からすればよくわからなかっただろう? フェニックスは地球界にはいないからなあ」

 この世界にフェニックスが実在するということすら知らなかった湊は、フェニックスとはどういった生物かと質問をしそうになったが――まあ存在するということだけわかっていればよさそうだと判断し、受け流した。


「キャルゼシアから一か月ほど修行をさせられていたことも把握しておる――して、成果を見せてもらうことはできるかぞい」

「成果……ですか?」

「ちょうどいま、剣を背負っておるな」全神王は湊の『イニミ・ニ・マニモ』を指さす。「それでパトスと戦ってみてくれぞい。パトスに勝てたなら、褒美をやろう。負けたのならば、旅なんかに行くよりみっちりと修行をしたほうがよい」


 湊はそれを聞いて、返答に窮した――どうあれ立場上は了承するほかないのだが。

 パトスは体格もがっしりとしていて、おそらく筋肉量では湊よりも上である。普段から帯刀している、パトスにとって使い慣れているであろうレイピアを相手に、なまくらの聖剣でどうにかできる自信はなかった。

 そして、どうにかできなければ、つるぎと旅に出ることはできないのである。


「わかりました」

 湊はそういってから、どうしようかと考えた。

 つるぎも、はらはらとした気持ちで湊を見つめていた。


「いいでしょう、わたくしも勇者様と手合わせをしてみたい気持ちはあります――そうですね、一太刀、その身に食らわせたほうが勝者というルールでどうでしょう」

「うむ、それがよいぞい」


 つるぎが生成した剣道防具を身に着け、湊とパトスは全神王から少し距離を取り、向かい合って剣を抜いた。つるぎは全神王の傍で緊張感を抱きながら、面をつけた湊を見ていた。


「男らしく正々堂々、一対一でいきましょう」とパトスはいった。

「……お手柔らかに」湊は心からそういった。


「それでは開始――がんばれぞい!」


 先に動いたのは湊だった。雄たけびをあげながら駆け出した。修行のときの装備よりも剣道防具は軽かった。生前より勢いよく走れている自分に気がつき、成果を実感しながら剣をふるった。

 パトスは余裕そうにレイピアで防いだ。見定めるような瞳で湊を見ながら、続く第二打、第三打をレイピアで受ける。そしてある程度のところで、湊の修行の成果も聖剣の強度も見切り、反撃を開始した。


「うぐっ!」


 パトスの突き出したレイピアを、湊はほぼ偶然のような形でガードすることができた。突き、叩きつけ、切り払うレイピア捌きを、湊はどうにか頑張って聖剣で受けた。あるいはパトスは、ガードがしやすいように振るっているのかもしれなかった。


「おやおや? どうされましたか勇者様――わたくしが少し集中すれば、一気に防戦一方ではございませんか!」


 そう問いかけられても、湊には喋る余裕すらなかった――パトスはチャンバラに興じるのにも飽き、不意を突いて湊に足払いをかけて転ばせた。そしてマウントポジションをとり、湊の首にレイピアを突きつける。


「わたくしの勝ちです、勇者様。さあ、首に一発差し上げましょう!」


 パトスはそういってレイピアを振り上げた――


「わああああああああああああああああああっ!!」


 と。

 つるぎは悲鳴を上げた――もとい、叫んだ。

 その叫び声は女神の権能によってパトスの鼓膜に届けられた――結果、パトスは驚いて両手で両耳を覆った。

「うわっ……!?」


 湊は取り落とされたレイピアを遠くに放り投げた。咄嗟に拾いに立ち上がったパトスの背中を聖剣で切りつけた。


「おおっ! 勝者は菜花湊だぞーい!」

「いや、いやいやいやいや! おかしいおかしいおかしいおかしい!」

 パトスは狼狽(うろた)えながらいう。まだ耳がキーンとなっているが、全神王の下した判定はぎりぎり聞こえていた。


「物言いか? 一太刀食らわせたほうが勝者といったのはパトスぞい」

「そうかもしれませんが! しかしですよ、正々堂々、一対一という話だったでしょう!」

「それはワシが承知していないから、お前が勝手にいっていただけのものだぞい」

「しかし、しかし! 今回は勇者様の修行の成果を見ようという企画でしょう? つるぎ様が手伝ってしまったら話が通らない、ノーカウントでしょう! 勇者様の実力の勝利では全然ないじゃないですか! 少なくともわたくしは、こんなことで敗者となるのは納得がいきません!」

「案外プライドが高いのう。全神王相手にそんなにごねるものじゃないぞい。……まあでも、いわれてみればそうかもしれん。菜花湊の実力を見たかったのだから」


「いいえ、問題ありません」

 と湊が断言するので、つるぎは驚く。湊の命が不安で自らが起こした行動とはいえ、パトスと全神王のほうが正しいと思っていたのだ――勝負において余計な横槍といわれてしまえば、反論の余地はないと考えていた。

 何か有用な反論でも思いついたのだろうか、とつるぎは湊の次の言葉を待った。

 パトスはいう。

「どうしてそう言い切られるのでしょうか、勇者様。先んじて伝えておきますが、運は実力のうちだとしても、加勢は実力の外ですよ――自分の力だけの勝利ではないことを意識して感謝の気持ちを抱くことが大切なのです」

「自分の力だけとは思いません。つるぎのおかげです」

「では何が問題ないというのでしょうか」


「つるぎは僕のすべてです。つるぎなくして僕はいません。

 つまりつるぎは、実質、僕です」


(さすがに……無茶だよ! 絶対無理だよ湊くん! わたしですらわけわかんないよ!)

 屁理屈にすらなっていない言い分に、つるぎは冷や汗を大量にかいた。


「だっはっは! こりゃ一本とられたぞい! もうそれでよい!」

(通ったー! なんで!?)

 笑う全神王につるぎもパトスも戦慄(せんりつ)する。

「一本とられないでください! ただの色ボケ発言でしょう!? 一本とれてるのはあいつらの頭のネジです!」

 パトスがそういうのを全神王は無視して笑い続ける。

「これも勇気というべきか、堂々とアホなことを断言できる度胸は認めたいぞい。なあ菜花湊」

「はい」

「蜷川つるぎを愛しているか?」

「はい、心から」

「蜷川つるぎの成長を妨げるようなことはせんと約束できるか? 蜷川つるぎに楽をさせるためだけに、色々なことを代わりにやってやるようなことはしてはならんぞい」

「はい。約束します」

「そうかそうか。じゃあ共に旅に出るとよい。がんばれぞい」

「ありがとうございます!」


 パトスは釈然としなかったが、もうこれ以上ごねる気にもならなかった。

 全神王。

 案外、雑な神である。


本日あと一回更新あります!

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