第十五話 祝祭にて - アバンタイトル
甘い香りは蜜であろうか、はたまたココアバターであろうか。
花とチョコレートに、全く同じものはひとつだってない――町を行き交う人々の、晴天を噛みしめる笑顔のように。すべてが生命と愛の温もりを宿して、祝祭の日を彩り奏でていた。
繊細にして可憐な花々を守る者、カカオ豆を砕く者、いっときの手抜きもない細工でチョコレートを作り上げる者、町の紋章の刻まれた包み紙と微笑みのようなリボンで花束を飾り売る者、胸ときめく美しい箱にチョコレートを詰める者。彼ら彼女らもまた、祝祭を愛し、人々を愛し、女神を愛して、自らの仕事によって世界が温まることを祈っていた。
リリシシア国領、バレッタ。
花とチョコレートと、祝祭の町。
「そういえば異世界にもカカオとかあるんだね」
バレッタの町の傍。天翔ける白き巨大カラスから降りて、湊はいう。
「それともカカオとは違う植物なのかな、ガボの町で食べたチョコレートはチョコレートらしい感じだったけれど。いや、カカオがあったとして自然発生的にチョコレートを作って、さらにミルクチョコレートに至るっていうのは不自然だし……もしかしてキャルゼシアが?」
「ううん、デュクシデュクシーが持ち込んだはず」とつるぎはいう。「ですよね、パトスさん」
「つるぎ様の仰る通り、キャルゼシア様よりも前の代の女神、デュクシデュクシー様により齎されたものです。視察にて地球界で誕生したミルクチョコレートを味わい、いたく感動し、導入を決定なさったとされています。
製法はもちろん、カカオの栽培環境に関してもお調べになり、女神の権能と魔力を以て、カカオに適した環境を保つことのできる大きな建物をお創りになりました」
「つまり温室栽培みたいなものだよ」とつるぎが継ぐ。「バレッタにはカカオ用の温室栽培の……なんだっけ、そういう空間があって、だから唯一、チョコレートを作ることのできる町なんだよ」
「だから特産品なわけだ」と湊はバレッタの町の外まで漂うチョコレートの香りを感じながらいった。
「そして本日のバレッタは祝祭日でございます」とパトス。
「お祭りなんですか?」
「本日はデュクシデュクシー様がこの地に降り立ち、カカオやチョコレートのことをバレッタの民にお伝えになり、チョコレートを製造する地とするよう天命を下した日であるとされています。
ですから、バレッタの民はこの日をめでたい日とし、花とチョコレートの祭りを催しているのです」
バレッタの町の入り口には花のアーチが掛けられていた。アーチの傍に立っていた男性が、
「ようこそ、花とチョコレートの町バレッタへ。
あなたがたは運がいい! 今日は楽しい祝祭の日です」
と笑顔で告げ、チョコレートクッキーをつるぎと湊に渡した。
ふと後方を見ると、パトスはアーチを潜ろうとしなかった。
「どうしたんですか、パトスさん? お入りにならないんですか」
「わたくしは……結構です。今回は約束などもないので、貴様たちでご観光をお楽しみいただけたら」
「へえ? わかりました」
理由はわからなかったが、ふたりきりで回れるのであればそれに越したことはないため、つるぎと湊は手を繋いで町に踏み出した。
なかに入ってみると、チョコレートだけでなく色々な花の香りもしてきて、なんとも甘ったるい町だとふたりは思った。けれども、嫌な甘さではなかった。
入ってすぐの広場には石造りの祭壇のようなものがあって、そこにたくさんの木材が集められていた。
「キャンプファイヤーとかしそうだね」とつるぎはいった。
「キャンプファイヤーって文化は異世界にあるのかな」と湊は返した。
「まあ、火をありがたがるって原始的なものだし、同じように祭りの最後を火で楽しむってことはあるかも」
「たしかに」
いちいち金塊を出して騒がせてもよくないので、町の隅の鑑定所で金塊を鑑定してもらって貨幣を受け取り、そこから祝祭にお金を落とすことにした。
広場から人の賑わうほうに向かうと、そこはフリーマーケットのようにたくさんのチョコレートの露店がある区域だった。いつもがそうというわけではなく、祝祭日の催しとして、そうしているようだった。
「二個ずつ味見するなら無料だってさ」
「本当に色んなチョコレートがあるね」
「わくわくしてきた。楽しもうね、お祭り」
「うん。……そうだ、はぐれないように、その、手、繋ごっか」
「さっきからずっと手を繋いでるでしょ」
少し強く握ると、同じくらいの強さで、嬉しそうに握り返された。




