第十四話 魔女バッカ - Bパート
「わ。アッカちゃん久しぶりですね」とつるぎは手を振る。
「よう、つるぎちゃん――元気してたかよ」
「つるぎ、この人って塔の魔女?」
「うん。飲み交わした仲。ですよね、アッカちゃん」
「そりゃ事実だが、事実でいうなら。あたしはいったはずだよ、友達より家族のほうが大事だって」
「姉ちゃん、来てくれたんだ」とバッカは涙目でいう。「助けてよ、ね、ね、ね」
「そりゃ来るだろ、大事な妹が泣いて姉を呼んだんだ。見過ごすやつは、あたしら四子にはいない」
「でも、どこから来たんですか?」とつるぎ。「リリシシア王国からここまではだいぶ遠いですし」
「それより早くバッカを解放しな」アッカはつるぎを睨みつける。「死体にされたいの?」
つるぎはさっと湊を抱き寄せて、ふたりだけの小規模なバリアを張った。
「それがそうもいかないんですよ、こっちだって妹さんに魔法かけられちゃってるもので」
「そうなん? バッカちゃん」アッカはバッカを見る。
「あ、えっと、ね、ね、ね。……うははは」
「……ま、とりあえずつるぎちゃん、バッカちゃんを解放しな」もう一度、アッカはいう。
「バッカさんが魔法を解くまで解放しないといったら?」
「バッカちゃん、解かないの?」
「負けた感じがしちゃうから、嫌だ」
「じゃ別の手段だ。このツタは……わかんないな、魔法かな? 魔法ならたぶんつるぎちゃんを殺せば終わるんだよな。しょうがない、さっさと殺すか」
「僕たちはバリアで守られているから絶対に殺せないよ。どんな攻撃も通さない」
と湊が誇張表現をかますと、
「余裕そうに喋れてるってことは酸素は外から取り込んでいるわけか。じゃあ、あたしが巨大生物か何かに変化してつるぎちゃんの周りの床ごと丸呑みして海まで運んで海中で吐き出せば溺れ死ぬってことだ」
とアッカは返した。
「……しょうがないか」
と、つるぎはバリアを解き、お手上げをした――アッカの視線がつるぎの手のひらに向けられた瞬間、魔法でツタを伸ばしてアッカの身体に絡みつかせる。
アッカはその場から見えなくなった。
つるぎは咄嗟に再度バリアを張るが遅く、蠅になったアッカはバリアの内側に入っていて、人間の姿に戻るとつるぎと湊の双肩を掴んだ。
「最後の温情。いますぐ妹を解放しないと魚にして肴にするぞ」
「……完全に降参。ごめんなさい」
つるぎはバッカをそっとベッドのうえに降ろしてから、魔法のツタを消す。ここで乱暴にベッドに投げ出していたらどんな目に遭わされるかわからないから。
「あ、あり、ありがとう、姉ちゃん」
「大丈夫? バッカちゃん」
アッカはバッカに駆け寄ると、抱きしめながら身体に傷がないか確認する。横に並ぶと、少女のような痩躯のアッカと、大人らしい肉感的な身体のバッカで、姉と妹が逆のようにも見えた。そしてふたりとも美しい金髪をしていた。
湊はそんなふたりを見て、ベッド脇の聖剣をいますぐ取りに行くべきか迷った。魔女がふたりもいるという状況に危機感を覚えていたから剣がほしかったが、そのためにふたりに近寄って意図が透けてしまえば何をされるかわかったものではなかった。
畢竟、バッカの魔法で動こうという意欲を奪われてからアッカの魔法で魚にされれば、あっという間に窒息死である。
「……そんなに警戒しないでいいよ、えっと、つるぎちゃんの彼氏だっけ」と、アッカはいう。「人は殺さないようにって、つるぎちゃんと約束しているからね――身を守るためか、妹に誘われるか、どっちかじゃなければ」
「姉ちゃん、一緒にこいつら殺そう」
即座に誘うバッカ――つるぎと湊は咄嗟にバリアを張りなおした。
「そしたらバッカ、このふたりに何をしてこうなってるのか教えて」
「え。それは、別に、いいんじゃない」
「よくないよ、どういう経緯と動機のお誘いなのかくらい、はっきりさせたうえで誘うのが礼儀でしょ。家族間だろうと、何事も。これ何回もいってるでしょ姉ちゃん」
意外と姉をやってるんだなあ、と思いながら、つるぎと湊はバッカがアッカに今日の経緯を説明するのを聞いた。バッカが隙あらば嘘や誇張や恣意的な表現を混ぜようとするので、適宜口をはさみながら。すべて聞いたアッカは、なるほどね、という。
「わかった、全部」
「じゃ、じゃあ、姉ちゃん、一緒に、ね、ね、ね」
「やだ」
「えっ! そ、そんな」バッカはアッカに縋りつく。「い、妹の、誘いだよ、ね、ね、ね。友達より大事だよ、ね、ね、ね!」
「罰だよ、バッカ」アッカは冷たくそういう。「姉ちゃんに嘘ついてた罰」
「嘘って?」
「お前、あたしに頼んでその身体に変化させたときさ。不老長寿で育たないままの身体がコンプレックスだからっていってたね?」
「う、あ、はい」
「嘘だよね。絶対、男を篭絡できそうな肉体が欲しかっただけだよね。今日みたいなことするために」
「それは……その、ね、ね、」
「姉ちゃんに嘘ついてたんだよね? 傷ついちゃったな、姉ちゃん」
必死に許しを請うバッカと許しを焦らすアッカを見ながら、なんだこの状況は、と湊は思っていた――そんな湊の手に、何かが握られる。見ると、聖剣『イニミ・ニ・マニモ』だった。つるぎの植物魔法のツタで運ばれてきたようだった。
「湊くん、わたしの部屋に行こ。ドア閉めて目張りして入れないようにしよ」とつるぎはひそひそといった。
湊は無言で頷き、足音を控えながら部屋を出て、向かいのつるぎの部屋に入る。つるぎはガムテープを生成してドアの隙間を塞いだ――アッカがごく小さい虫になったとしても入れないように。
「おーい」
と。
呼びかけとともに、ドアがノックされた。アッカの声だった。つるぎと湊は息を潜めた。
「まあ、なんだ。取引をしよ、つるぎちゃん。こっちの望みを叶えてくれたら殺さない」
「取引?」とつるぎはドア越しにいう。「なんですか」
「食べ物と飲み物と、帰りの馬車代ちょうだい」アッカはいった。「リリシシアのほうの塔まで足で帰るから」
「ここまで来れたってことは飛べるんじゃないですか?」
「いや、あたしら四人は、妹が泣いて姉に助けを求めたら飛んでいけるように紐づけがされているだけ。四子助け合えるようにって、パパが設定したやつなんだけどさ」
「……本当に殺さないって約束できますか?」
「友達でしょ?」
「妹のほうが大事なんでしょう」
「うん。どうする?」
「……そっちから開けてください」
つるぎはガムテープを剥がす。それからバリアを張って、アッカにドアを引かせた。バッカはアッカの隣で泣きべそをかいていたが、変な動きをする気配はなかった。
「じゃ、取引」
「はいはい」つるぎはトートバッグを生成し、そこにぽんぽんと缶詰めや果物や水や金塊を詰め込んだ。「大事に食べれば数日分になると思います」
「ありがとう、つるぎちゃん。あれ、でもおかしいなあ、チーズとお酒がない」
「嗜好品は別でしょうが。じゃあ取引しますか?」
「というと?」
「バッカさんが弄りまわしたわたしと湊くんの欲望を元に戻してくれたら、チーズとお酒をあげます」
「だってさ、バッカ。よろしく」
「……やっぱり、それは、嫌だ。魔女のプライドが、許さない、ね、ね、ね」
「残念ですね。チーズだけでなくお菓子もサービスする予定だったのに。お酒だって様々な飲み口のお酒を楽しめるように多様に提供する予定だったのに」
「バッカ、姉ちゃんのいうことを聞きなさい」
「久しぶりに会った姉ちゃんが妹のプライドより酒を優先するようになってて悲しい……」
というわけで。
取引通りに魔法を解除して宿を出たアッカとバッカは、ふたりで夜道を歩いていた。アッカは酒・つまみ用のトートバッグからキャンディチーズを取り出して、口内で転がす。その隣で意気消沈気味のバッカの手を握りながら。
「姉ちゃん」バッカはいう。「姉ちゃん、は、うちが、なんであんなことしてるか、わかった、の?」
「彼氏に浮気されて振られたって前にいってたよね。あたしがバッカの身体を変化させる前。二年前?」アッカは洋酒をひと瓶とりだして口をつけながらいう。
「それで、どのカップルだって同じことが起こる余地があるんだし、たまたま、まだ起こってないだけなんだ、そのことに気づいてないカップルは馬鹿なんだ。ってことを確認して、バッカだけが特別惨めなわけじゃないって思いたかった。そうでしょ」
「なんで、わかるの」
「昔からプライド高いの知ってるから、拗らせそうだなって思ってたもん。何十年家族やってると思ってるんだっての」
「……姉ちゃんは、うちのこと、惨めだって、思う? 愛してるって、いうから、大事にするっていうから、その、……ハグ以上のこと、まだ怖いって、先伸ばしてたら、他の女に、いかれて。
……うははは、改めて、なんだそれ。いま冷静だからわかるけどさ、百年以上も、生きてるのに、恥ずかしい話だよ、ね、ね、ね」
「可愛い妹が自分の身体と気持ちを大事にしてただけで裏切られて傷つけられて。
それを元彼じゃなくてバッカの恥だって誰かがいうなら、姉ちゃんがぶっ殺すよ」
アッカがそういいきると、バッカはめそめそと泣き出した。アッカはバッカの口にキャンディチーズを放り込んで、あやすように撫でた。
「姉ちゃん、うち、うはは、うち、これから、どうしよ」
キャンディチーズを舐めながらバッカはいう。
「とりあえず今日みたいなことはもうやめな。毎回、生きて帰れるかなんてわかんないから。一回誘惑して襲わせたりしてんでしょ、相手がその勢いで何するかなんてわかったものじゃない」
「それは、加害欲とか、抜けるから」
「どんな欲が何を起こすかなんてわかったものじゃない……ってことくらい知ってんだろ」
「わかんない……うち、本当は、死にたかったのかも、ね、ね、ね?」
「自傷的な側面はあったんじゃね? 傷心中だったわけだ」
「……思い返すと、なんだか、色んな恋を、邪魔、しちゃったな」
「後悔? 笑える。姉ちゃんなんて、立ち塞がる人間ばんばん腐乱死体にしてるよ。もうしないけど、つるぎちゃんとの約束を破りたくなるまでは。
人間なんてどいつもこいつもどうせくだんないんだから、迷惑かけた時期があったくらいのこと、気にするほど価値ないよ」
アッカはそういって笑うと、バッカに酒瓶を一本渡した。
バッカはコルクを開けると、ぐいっとラッパ飲みを始めた。
次女の人生初の自棄イッキ酒を、酒飲みの長女は笑って煽る。
地平線の向こう、まだ寝ついていない町の灯りがまばたきした。




