第十四話 魔女バッカ - アバンタイトル
「ツマミが切れたね」
リリシシアとガボの間にある、煉瓦造りの古びた塔――そこに住む魔女アッカは、そういってツマミ庫を閉めた。鍵を閉めてひとり、城下町に向かう。陽が暮れて、まだ始まったばかりの夜が、目の覚めるような金髪を包み込んだ。
(それにしても……やってくれたよね、つるぎちゃん)
リリシシア城下町と漁村ガボの通行を塞ぐ、鬱蒼とした森。アッカは塔の上からそれを眺めて酒を飲む時間が好きだった。けれど、ある日突然、ちょっと目を離しているうちに、さっぱりこんとなくなっていた。人間がやっていたらアッカは気づくはずだったから、女神だといっていたつるぎ以外に、被疑者はいなかった。
「まあー……旨い酒や菓子をくれたし、とんとんかね? いや、またどっかのタイミングでツマミせびるか。どこにいるんだか、わからんけど」
城下町の食料品店で、ツマミを探す。おなじみのチーズは売り切れていて、干した肉や魚の缶詰、辛い漬物をしょうがなしにカゴに入れた。そして店員や客からの死角に入ると、変化の魔法で大柄な男になり、服のなかにツマミを入れて、何も買うものがなかったという顔をしながら出口に向かった。アッカは臨時収入があるとき以外は大体、そんな感じでツマミや酒を盗んで暮らしていた。
突然、ドアが開いた。店員が商品の入った箱を持って出てきた。アッカはそれにぶつかって、突然のことに尻餅をついた。
「おっとすみません。……ん?」
店員は、アッカの服から商品が転がり出たのを見た。すぐに、服に隠して盗み出そうとしたのだ、と合点した。
「ちょっと、あなた! 誰か、泥棒です!」
店員が叫び、店内の視線が集まった。アッカは舌打ちする。逃げようとしても、店員はアッカの手首を掴んだ。
むかっ腹が立った。腐乱死体か何かに変化させて、殺してやりたくなった。
けれど。
『まあな、そうな、つるぎちゃんがそういうなら、少なくとも自分からは変な事件とか起こさないようにするよ。酒交わせば友達だし、美味しい思いしてるし』
『ほ、本当ですか。人とか殺すのもやめてほしいんですけど、それは』
『ああ、うん。向こうからやってきたとき以外はやめてやるわ、友達として約束』
そんな、つるぎとした約束を思い出した。
(……今回はこいつらからってより、あたしから盗みを働いたか)
アッカはそう思って、大人しく、自分の身体を羽虫に変えて逃げることにした。あっさりと逃げおおせた。消滅した窃盗犯に騒然とする食料品店を背に、アッカは虫の姿で溜息をついた。
「まったく。無駄に義理堅いのも不自由なもんだよ」
結局その日は酒を飲む気も失せ、ツマミを買わずに塔に戻った。
いっぽう、学園都市ジャスタウェイ。
来客用の宿にて、湊はつるぎの部屋で夕食を摂りながら談笑をしていた。
食事は、豚肉まんとピザまん、チーズいももち、ヤンニョムチキンだった。つるぎが生成したものであり、ふたりが高校生だった時代によく買い食いしたラインナップである。メロンパンよりは近いものにすることができ、満足だった。
「ごちそうさま。なんか懐かしかった」
「ちゃんと再現できてよかった。あ、ティッシュ」と、つるぎは口元を拭くためのティッシュを生成して流れるように湊の口元を拭き、それから自分の口元を拭きとる。「ごちそうさまでした」
「ねえ、つるぎ」と湊は少し身体を寄せ、つるぎの手を取る。「……えっと、今日、いい?」
「んー……ごめんね」つるぎはその手を取って甲にキスをする。「疲れてるのかな、ちょっと乗り気じゃないかも」
「あ、ううん、謝らなくていいよ」湊は微笑みかける。「眠れないときやお腹が空かないときがあるように、そういうときもあるでしょ」
「うん。ありがと。大好きだよ、湊くん」
「僕もつるぎが大好きだよ」
それから湊は部屋から出て、板張りの軋む廊下を歩き、向かいの自分の部屋に戻った。この宿は創立当初に用意された断罪学園の旧学生寮の流用であり、それぞれ狭い部屋に小さなベッドがあるだけなので、流石に並んで眠るには適わない。そのため、部屋自体は分けてとっていた。
ベッドに腰掛けて、湊は嘆息する。
(……七日連続で、やって、ないな?)
百年前のダリアンヌでの夜から指折り数えて、湊はまた溜め息をついた。実のところ湊はその面で寂しさというか、直截的にいうなら欲求不満を感じていた。
ダリアンヌでは戦争などについてシリアスに考える夜にしたいのだろうと捉えていたし、ジンコゥからはミリィの件などがあったのでそのあたりの配慮であったり性被害を聞いて思うところがあったりとするのかと考えていた。
だから、学園の生徒が首を絞められて気絶する事件こそあったが、それほどセンシティブなことが起こったわけではないジャスタウェイでの夜は、久々に楽しく夜更かしができるのではないかと湊はうっすら期待していたのだけれど――先述の通り、空振りに終わった。
(ミリィさん周りの件で、思うところがあるどころか二次受傷のようなことになっているのかもしれない。だとしたら、あまり誘うのもよくないか。ちゃんと寄り添わないと。どうしたほうがいいか考えてから)
湊はそう自分に言い聞かせ、目を瞑る。
(というか、できない日が続くことくらい、生前はいくらでもあった。バイトとか、試験勉強とか、家族旅行とか。生理とか。よく考えたら生前はだいたい月に二、三回くらいしかしてなかったんじゃなかったっけ? しかもピル飲めない都合上、ゴムあっても深入りをすることは片手で数えるくらいで。それに、入院中は全然そんなことはしていなかったし。あれ半年か。
うん、それに比べたら七日間くらい、ねえ?)
とりあえず頭でそう結論づけつつ、身体は渇望を訴えていた。なんだか生前よりも欲求が強くなっているような気がする、と湊は思う。四六時中つるぎと一緒にいることができているから、喚起されるタイミングが多いのだろうか。それとも半年と一か月の禁欲生活があった反動だろうか?
もうさっさとつるぎのことを考えながら、と思ったところでドアが開く。
部屋のクローゼットのドアが開く――見知らぬ女性が出てきた。
黒ずくめの格好に――目のさめるような金髪が――映えていた。
「誰ですか」
「誰でもいいでしょ。私だって、誰でもいいから癒したいのだもの」
女性はそういいながら服を脱ぎ始めた。
ティンパニを想起するような肢体だった。




