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第十三話 断罪学園暴力事件 - Bパート

 犯行の流れ。昨晩、フーガスは天使キルムの書いたラブレターを男子学生寮のルード用のポストに入れて眠った。そして明朝、フーガスはラブレターに書いた待ち合わせ時間に間に合うよう起き、校門とは反対に位置する塀の前でキルムと合流。キルムの浮遊魔法で塀を越え、グラウンドの体育倉庫の傍でルードを待機。

 やってきたルードに背後から襲い掛かり、キルムが用意した手袋と覆面をつけて、首を絞める。

 扼殺の予定だったが、フーガスは殺人が恐ろしくなってしまい、ルードが気絶したところでやめた。そして来たときと同じように塀を越えて家に帰り、他の生徒と一緒に校門から登校。


「そんな感じですか? キルムさん」

「まあ……な!」

 キルムは岩魔法で大岩を作る。つるぎはすぐにバリアを作って、攻撃を防いだ。


「どうして……そんなことを! 天使でありながら、民を傷つけようとするなんて!」

「天使である前に、俺は人間だった。生前、ルードの親父と同じ職場で働いていたんだけどよ、職場じゃそりゃあひでえ虐めを受けたもんだ――俺が男好きだってばれたもんで、な」

「ひょっとして、復讐をするつもりで天使に?」


「そこまでは考えてなかったけど、期待はしていたよ。でも、天使の治療課になって、ルードの親父がいるリリシシアからだいぶ離れた断罪学園なんかの天使室に配属されたときは気落ちしたもんだ――そしたらルードのやつが入学してきやがった。これも何かの縁だし、ぜひとも復讐をさせていただこうって思った」


「なんでフーガスさんを巻き込んだんですか」

「だって俺が直接やったら天使として死刑だろ。いまさら輪廻にぶち込まれる気はねえんだ。だから、都合よく使えるフーガスを使った。ビビって未遂で終わらせやがったから折檻して菓子貢がせたけど」

 つるぎは思い出す。フーガスの火傷を心配に思う、フーガスの恋人。

 あれは魔法の炎で焼かれたものだったのだ――民を救うための炎で。


「……そんなふうに持ち帰ったものを、天界に持ち帰って食べるわけにもいきませんからね」

「うん。ところでどうして俺がここまでぺらぺら自白したかわかるか?」

 お前がここで消し炭になるからだよ。


 キルムは巨大な火球を作ると、つるぎに振り下ろした。

 並みの天使のバリアならば、すぐに破壊できる強度のものである。キルムは天使のなかでも、魔力が比較的強いほうだった――けれど。


 蜷川つるぎは、女神の果実を食べた天使である。

 全神王のブレスレットで、権能を含めて大半が封じられているが――それでもその魔力は、並みの天使のそれではなかった。

 だからつるぎのバリアは、キルムの炎を耐えきった。


「……なんだと?」

「今度はこっちの番ですね」

 つるぎは植物の魔法で素早く蔦を伸ばし、キルムを縛り上げた。両手足を縛って横倒しにすると、担いで天使室を出た。


「な、何をする気だ!」

「別の階の天使に引き渡します。抵抗しても無駄です」

「キルムさん!」

「つるぎ!」

 と呼ぶほうを見ると、フーガスと湊がそこにいた。


「フーガス! この天使が俺を縛り上げやがった! 解放しろ!」

「ええっ! 天使だったんですか、断罪所のスタッフじゃなくって……?」

 フーガスは信じられないようなものを見る目をつるぎに向けた。けれど、キルムを抑え込めるならそうかもしれない、と納得した。


「湊くん。この天使がフーガスさんに実行させた犯人」

「フーガスさんは自分の意思じゃなくって、天使にやらされていたんだね」

「うん。フーガスさん、これでもう……」


 フーガスはつるぎに向かって突進をかけようとした。湊は咄嗟に後ろ襟を掴んで引き留める。フーガスは苦しさに喘ぎながら尻餅をついた。そのまま、つるぎを睨む。

「キルムさんを解放しろ!」

「フーガスさん。なんのつもりですか」湊はフーガスを見下ろしていう。「つるぎは何も悪くありませんよ。わかっているでしょう? つるぎはむしろ、あなたをキルムから解放しようとしているのに」


「僕はそんなこと望んでいません」

「どういうことですか?」つるぎがいう――キルムに。「キルムさん。説明してください」


「喚くくらいしかできねえのかよ、フーガス」キルムはいう。「ルードも殺せねえし、俺を助けることもできない。最後まで、お前の愛はその程度だったな」

「違う……僕の、キルムさんへの愛は……」

 フーガスは泣きそうになりながら、立ち上がってつるぎに向かおうとした――湊は後ろからフーガスを羽交い締めにすると、聖剣『イニミ・ニ・マニモ』を抜いてフーガスの視界に入れた。


「諦めてください。つるぎへの暴力は、僕がさせない」

「湊くん、危ないからしまって? 大丈夫だから」

「わかった」湊はふたつ返事で剣を収めた。


「で。もしかして」つるぎはフーガスにいう。「お付き合いされてるんですか? キルムさんと」

「……それは」

「そういうことだよ」キルムが代わりに答えた。「俺たちは愛し合っている」

「でもフーガスさん、別の女の子と付き合ってるんじゃないですか? 校門で話してるの見ましたよ」

「あれはカモフラージュだってよ。同性愛は破戒だからな、バレないように表向きの彼女を見繕っただけだろ」

「なるほどなるほど」


 キルムにすべてを明かされて、フーガスは泣きそうになった。断罪が始まるのだ、と思った。

「安心してください、誰にもいいませんから。彼女さんは可哀想ですけれど、フーガスさんの人間関係に口出す権利はわたしにはないとして……フーガスさんがどうして、キルムさんの破戒教唆に従ったのか、わかりました」

 つまるところ、愛ゆえの行いだった――と。

 早合点はしないのが、つるぎである。


「フーガスさん。ひょっとして、キルムさんに従わなければ、同性愛という破戒を、告げ口されると思ったんですか?」

 フーガスは、びくりと肩を震わせた。


「人聞きの悪いことをいうなよ」キルムはいう。「俺はそんなことは、ひとこともいっていないだろ」

「はい……キルムさんは、告げ口するなんて、いっていません」

「ただフーガスさんが勝手に、そうなるかもと怖くなった?」

「……それは」フーガスは口ごもる。

「じゃあおんなじことですよ」つるぎはキルムのほうを向く。「フーガスのことを想っているなら、そんな不安は先回りで取り除いてしかるべきでしょう? キルムさん。従順さに拍車がかかって都合がいいから、怯えさせたままにしておいたんですね」

 それは明らかに不均衡な関係性である。一見、キルムも同じく破戒者であるのだから告げ口をするメリットはないように思えるけれど、天使として下界の民に優しくしなければならないと考え、つい関係を持ってしまった、とでもいえば――女神に仕える天使のその自己申告を、疑う断罪所スタッフはいない。


「さて、どうだかね」キルムは肩を竦めた。「どうあれ、俺はフーガスの愛を信じていたんだがな。フーガスにあったのが愛じゃなくて怯えだったのなら、この為体もしょうがねえか?」

「違う! 違います、僕はキルムさんを愛していました。だから、いわれた通りにしようと……」


「キルムさんのお願いを聞いて復讐をすることが、キルムさんへの愛を示す行動だと思ったんですか?」

 つるぎは、フーガスの泳ぐ目を視線の網で捕まえるように見つめた。

「……愛しているなら、なんでもできる」フーガスはいう。「キルムさんも、彼女も、そういっていたし、僕だって、そう思うんです。だから……」


「でも殺せなかったじゃねえか、フーガス!」キルムは怒鳴った。「所詮、お前の愛なんてその程度だったんだ! がっかりだよ、俺は。お前は俺のことを本当に愛してなんてなかったんだ!」

「そんなこと……!」

「そうですね、そんなことありませんよ」と、つるぎはいった。


「愛しているからなんでもできる。たしかに、そういう形の愛情もあるでしょう。命を奪うことは悪いことですが、愛している人のために誰かを手にかけるという愛情を、わたしは否定しません。でも、それ以外の形だったって、愛ですよ。できないことがあったら愛じゃないなんて、わたしは絶対に思いません」


 それに、とつるぎはキルムを睨む。


「なんでもできる、は愛だけれど――なんでもさせる、は愛じゃない。

 フーガスさんのことをキルムさんが本当に愛しているなら、その人生ごと大事に想っているのならば。殺人なんて大きな罪を背負わせるようなことは、心も未来も歪ませるようなことは、しないでしょう」


「……あ、ああ」フーガスは泣き出す。「キルムさん。キルムさんは、僕のことを、愛して、いなかったのですか」

 キルムは何もいわなかった。ただ、もう何もうまくいかないことを悟り、大きな舌打ちをした。つるぎもそれ以上何もいわず、キルムを下の階に運んだ。


 取り残され、さらに涙を流すフーガスに、

「かけがえのない相手だと思ったとしても、無茶をさせたり、無理をしていることを咎めなかったり、無私を求めてきたりする相手におもねっていても、幸せにはなれないと思います。難しいかもしれませんけれど、フーガスさん自身を想ってくれる人と愛し合えることを、祈っています」

 と、湊はいった――つるぎの言葉を補強して、引き継ぐつもりで。


 静かな廊下に、フーガスのすすり泣く音だけがしていた。時間は無遠慮に過ぎて、ホームルームの鐘が鳴った。

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