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第三話 「つるぎは僕のすべて」 - Aパート

 翌朝、湊は大神官パトスの元を訪れた。

 パトスはちょうど仕事がひとつ片づいて、一息ついているところだった。

「これはこれは勇者様。どういったご用事で?」

 パトスは茶を机に置いて微笑みかける。


「つるぎが行くという冒険の旅なんですが――僕も同行します」


 同行してよいか訊くべきかと考えていたが、どうせダメといわれても行くつもいであったから、湊はあえて断言した。

 パトスはそれを聞いて、にわかに表情を歪めた。

「同行します、といわれましても……女神としての、つるぎ様の研修です。恋人である貴様が同行してしまっては、それは単なる逢引きとなってしまいます。何か、特別な事情でもおありで?」


「事情はありませんが、理由はふたつあります。勇者として」

「勇者として、ときましたか。お聞かせください」


「ひとつ。僕は先代女神キャルゼシアからの修行の最中でした。天界でぼうっと過ごしていると、せっかく鍛えた身体がなまってしまうし、時間を無駄にせず豊かな経験をしておくのは魔王の討伐に備えるうえでも有意義だと思います」


「さようですか。それでは勇者様のための、豊かな経験ができるような新たな修行をこちらで用意させていただきますので、そちらをおひとりでこなしていただけばよいでしょう」


「いいえ、もうひとつ。僕はいまのところ、下界に対して愛着がまったくといっていいほどありません。滅んでも最悪どうでもいいです。こんなことでは鍛えたところで魔王に対して勇気を出して立ち向かうことなどできません。ですから、下界を旅することで愛着を持つ必要があります」


「さようですか。おっしゃっていること、よくわかります。でもそれは、ひとり旅であっても、なんの問題もございませんよね?」


「残念ながら問題があります。僕はひとり旅よりは、誰かと旅をしたほうが楽しいというタイプの人間です。一緒に旅をするその誰かに対して愛着があればあるほど、旅そのものを楽しむことができ、旅先にも愛着を持ちやすくなります。ですから、僕が命を賭して魔王に立ち向かうほどの愛着を持つために、旅はつるぎとのものであるべきです」


「さようですか。しかし、魔王は下界のみならず天界さえも狙うのではないでしょうか? 女神の力は、直接的にも間接的にも、脅威ですから。わたくしがもし魔王であれば、真っ先に天界の女神を滅ぼしてしまうかもしれません。そう考えてみれば、旅などするまでもなく、勇者様はつるぎ様を護るために戦わざるをえないのではございませんか?」


「……ああいえばこういう、という感じですね。でしたら、こちらにも考えがありますよ」


 湊がそういうと、パトスは可能性をひとつ察し、慌てる。

「お待ちになってください。まさかつるぎ様の権限で大神官であるわたくしを解雇してしまおうという算段ではありませんか? そういった脅迫を、あるいは暴挙を為すつもりですか?」

「いいえ、そんなパワハラみたいなことはしません。『生真面目大神官わたくし、リア充女神に追放される ~天界下界大崩壊、戻れといわれてももう遅い~』の連載が始まることはありません」

「リア充って。いまどきは陽キャと呼ぶものだと聞いておりますが……」

「微妙にニュアンス違いますよ」


 湊は背負っていた両手剣を抜く。金で飾られた白く美しい両刃刀がひかる。

「女神の力で生成された史上最強の聖剣『イニミ・ニ・マニモ』を用いて、パトスさんに決闘を持ちかけるだけです――僕が勝ったらつるぎに同行します。拒否するなら僕の不戦勝です」


「立ち向かうわけがないでしょう、女神が創った最強の剣だなんて恐ろしいものに」パトスは諸手を挙げる。「わかりました、降参です。同行を認めます……むろん、全神王様にも、確認し許可をいただいて参りますが」

「ありがとうございます、パトスさん。聖職者ですね」

「カップル揃って侵略者のようですよ、勇者様」


「うまくいった?」

 書斎に帰ってきた湊に、つるぎが問いかける――湊はサムズアップで答えた。

 つるぎはほっと胸をなでおろす。

 聖剣『イニミ・ニ・マニモ』――つるぎが生成したそれは、はっきりいって最強とはとてもいえない、なまくらだった。何せ生成者のつるぎがいままで手に取ったことのある刃物など、一般的家庭の包丁くらいのものである。剣道部でもなければ日本刀を追いかける女性でもなかったつるぎは、強力な刃物についての書籍を読んだことがあっても、興味が浅く印象に残らなかった。結果として、包丁程度の切れ味の西洋剣に白と金で豪華な雰囲気を纏わせるのが精々だった。


 だが、女神の権能の凄まじさを大神官として見てきたパトスには、女神の生成した最強の聖剣というだけで恐れるに足る触れ込みだった。湊はそうである可能性に賭けて、順当に論破されてしまったときの手段としてつるぎに用意してもらったのだった。


「それにしても可愛いね、この剣」湊は装飾を撫でていう。「見てて楽しいというか、がんばれそう」

「え? もう用済みじゃないの? それ」

「ん、使う。修行のとき使ってた剣はダサかったし、それにつるぎがデザインしてくれた剣だから、好き」

「えー。嬉しい」

 つるぎはそういって湊に抱き着く。湊は剣を鞘にしまって、ゆっくり抱き返した。

 一緒に冒険をできるかもしれない喜びも併せて、どちらともなくキスをした。


 それから数時間経って、パトスが書斎をノックする。つるぎは窓を開けて、それからドアを開けた。

「パトスさんお疲れ様です」

「お疲れ様です、つるぎ様。と……勇者様もそちらにいらっしゃるのですね。であれば、話が早い」

「話? 研修の件ですか?」


「はい。全神王様に――つるぎ様がキャルゼシア様を殺害して新たな女神となったこと、いまのところ不適格であるため下界にて研修の旅を行わせたいということ、つるぎ様の恋人である勇者様が旅に同行したいと申し出ていることをお伝えしました。すると、つるぎ様と勇者様と是非お話をさせていただきたいとのことでしたので、ご案内するために参りました」


 そうまとめられると叱られそうな要素しかない、と湊もつるぎも思った。

 他のまとめかたなどないことは、承知の上で。


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