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第十三話 断罪学園暴力事件 - Aパート

 百年前の断罪学園『スクロール』で発生した暴力事件。それは殺人未遂事件ともいいかえられるものだった――被害者は体育倉庫で気絶していて、その首には人間の手らしき絞めあとがついていた。被害者のルード・シグナルは入学したての一年生だった。断罪学園を担当する断罪所のスタッフの調べによると、指紋の付着がないため手袋のようなものを嵌めていた可能性が高かった。つまり喧嘩の流れで衝動的に、というわけではない、計画的な犯行とみられる。



 犯行は早朝に行われた。そしてその少しあと、断罪学園の入口で、つるぎと湊は目覚めた。

「ん……湊くん。起きて」

「……おはよ」湊はむくりと起き上がると、つるぎの姿と、

「どこの誰だね?」

 といぶかしむ守衛の姿を視界に入れた。


 湊はつるぎに視線を向ける。一昨日、女神をあまり自称したくないという話をしていたから、天界関係者と明かすことについても、慎重になるべきかと思っての目配せである。


 つるぎは少し考え、

(まあ、そうはいっても部外者がセキュリティ抜けるには、天界関係者とかいわなきゃ無理だろうからなあ)

 と現実的な結論を出して、手でオーケーのサインを出した。


「天使です」と、湊はいった。「女神様からの命で参上しました」

「あなたがたが天使? 女神様から? その証拠は」

「そんな時間はございません。何せ、この学園で殺人未遂事件が起こる、と女神様が予言なさったので、僕たちは調査に参ったのですから」

 すらすらと、綱渡りのような適当をいう湊。


「殺人未遂事件? 何を物騒な出まかせを」

「おーい! 大変だ!」グラウンドのほうから、教員が走ってきた。「生徒が体育倉庫で気を失っている! 犯人がまだ校内にいるかもしれない! 校内から出ていく人間がいたら逃がさないでおいてくれ!」

「なんですって!? わかりました!」


 学園内断罪所のスタッフが体育倉庫に向かい、扼殺未遂事件の可能性を示した。守衛はつるぎと湊が、まさに女神から遣わされた天使であると信じることにした。



 ふたりは守衛から許可をもらって校内に入り、断罪所のスタッフと話をする。女神から今日の事件が起こることを教えられていた、と話すと、

「もしかして、犯人についてもおわかりですか?」

 とスタッフがいった。


「いいえ。女神様は、そこまでは仰いませんでした。どうにも不明瞭であったようです」とつるぎはいった。

「それゆえに、僕たちもその捜査に協力するようにと命じられたのです」湊は合わせて続ける。

「さようですか――それでは是非、ご協力願います。私は一度、断罪所に戻り、用意を整えてからまたこちらの部屋に伺います」

 といってスタッフは、校舎内の相談室という部屋につるぎと湊を残して去っていった。ふたりきりの状態で、湊はいった。


「つるぎがいいならいいんだけど、犯人はフーガスですっていえばよかったんじゃないの?」

「それなら爆速で解決できるかもしれない、けど、ねー」つるぎは回る椅子をぐるぐる回しながらいう。


「でも、確証がないでしょ? キャルゼシアがフーガスを犯人として断定して解決した、フーガスもそれを認めてお縄についた、ってだけだから。しかも、動機については黙秘していたらしいんだ」

「そっか」湊は窓の外に目をやる。「あ、生徒たちが登校してくる」

「ほんとだ」


 つるぎは窓を開けて校門のほうを見た。そして、誰も相談室のほうを見ていないことを察すると、湊と手を繋ぎ、浮遊魔法で静かに三階の窓から舞い降りた。


 校門の傍の木陰で、登校してくる生徒たちの顔を眺めていると、生徒たちに混ざって、フーガスが登校してきているところを目撃した。フーガスは右手に駄菓子屋の袋を持っていた。


「フーガスくん」フーガスと一緒に登校してきてる女子生徒がいう。「今日、天使室まで付き添わなくて大丈夫?」

「だ……大丈夫」フーガスはいう。

「そう? 火傷なんてしてるわけだし、無理しないでね」

「うん……それよりありがとう、朝早くから、お菓子、買ってくれて」

「気にしないで。いつもいってるでしょ、あたし、彼女なんだから――愛しているんだから、なんでもするよ」

「そっか……そうだよね」


(あれが……フーガスさん。大人しそうに見えるけれど、見かけによらないか。隣は彼女さん? 朝早くっていつから? 犯行に――関係ある?)


「……わかんない。戻ろうか、湊くん」

「あ、うん。フーガスに話しかけなくていいの?」

「うん。刺激したらどう出るかもわからないから」

 相談室に戻ってすぐ、断罪所のスタッフが入ってきた。現在、登校してきた生徒たちを下校させるべきかどうか、学園側と話し合っているとのことだった。

 学園中を探した結果、犯人の潜伏は確認されなかったが、見つからないよう必死に潜んでいるとすれば生徒を校舎内に入れるのは危ないし、無関係な生徒は捜査の邪魔になる、という判断である。


「それでいいと思います」つるぎはいった。「ただ……生徒が犯行に関係している線はないのでしょうか?」

「それがですね、明朝から見張っていた守衛の者によると、被害者のルードさん以外、生徒の出入りは確認されていないようなのです」

「え? 誰も入ってきていないし、出てきていないと」


「はい。簡単によじのぼれないほど高い壁に囲まれた校舎ですから、正門から守衛が通さない限り、誰にも入れないはずです。ですから、少なくともさっき登校してきた生徒たちのなかに、犯人が含まれている可能性は、限りなく低いと思われます。ちなみにですが、第一発見者の教員に容疑をかけて調べたところ、手の大きさが首の手形と一致しなかったため、容疑からは外すこととなりました」


「わかりました。情報提供ありがとうございます」

「はい。それでは、天使様たちからの許可も得られましたので、生徒たちを帰宅させる方向で学園長に伝えて参ります」


 また相談室にふたりきりになったところで、湊はいう。

「そもそも、キャルゼシアはどんな根拠でフーガスを犯人としたの?」

「キャルゼシアは、自分が女神だってことを公言して学園に来ていたんだけど。そしたらフーガスさんが、女神様の前で隠しごとをしたくありませんっていって、自白した」

「……すごいもんだね、女神って。いっそフーガスさんにだけ明かしてみたら?」

「どうしようかな。動機とかも訊けば教えてもらえるのかな……」

 つるぎは真面目に柔軟に翻意を検討する。それと平行して、湊との会話を続けた。


「ちなみに、その事件解決で残った謎とかはなかったの?」

「えっと、たしかひとつあって。ルードさんを早朝に呼びだすために、嘘のラブレターが使われたんだけど。誰とも筆跡が一致しなかったんだって」

「誰とも?」

「うん。フーガスさんと一致しなかったから、他の生徒たちや教員、さらには断罪所の人のも確認したんだけれど、誰のものとも。左手で書いた場合も確認したらしいんだけど。タイプライターや手書きフォントがある世界でもないんだし、不思議だよね――何はともあれ、ちょっとフーガスさん探そうか。下校したあとだと探しにくいかも」


 相談室から出たつるぎと湊は、教室のある棟に向かった。

 その途中、学園内の、三階天使室から、フーガスが出てくるのを見かけた。


「あ、フーガスさん。フーガスさんですよね」

「……はい? どなたですか」

「断罪所スタッフの関係者です」つるぎは嘘にならない範囲のことをいう。

「断罪……どういったご用件ですか」

「これから、恐らく全校生徒に帰宅命令が出ると思いますが、フーガスさん、あなたには残ってほしいんです」

「ど、ど、どうして?」


「あなたの指紋が検出されました……といえば伝わりますでしょうか」と、湊はいった。

「な、え?」フーガスはわかりやすく顔を青ざめさせた。「し、指紋?」

「ええ。あなたの指紋がべったりと」

「そんな……」


「なんちゃって。嘘です。手袋をつけていたんだからそんなわけありませんよね」

「で、で、ですよね? よかった」

「あれ、フーガスさんは指紋が残っていないように手袋をつけなきゃいけないような何かをなさったんですか?」

「あっ……!」

「僕たちはまだ、あなたが悪いことをしたとか、そんなことはひとこともいっていませんけれど。あれあれ、何の話をしていると思って、安堵なさったのですか?」


 などと、湊がフーガスを詰めている横で、つるぎは天使室をちらりと覗いた。

 天使室の床に、スナック菓子の袋が落ちていた。駄菓子屋で販売されているものだった。さらにその傍に、駄菓子屋の袋があった。


「……僕が」フーガスはいう。「僕が、やりました」

「だってさ、つるぎ」

「フーガスさん。どうしてルードさんの首を絞めたのですか?」

「……いえません」

「そうですか。まあ、こんなところで話すことでもありませんよね。じゃあ、断罪所でゆっくり話しましょう」

「……はい」


 つるぎと湊に左右に立たれながら、フーガスは断罪所に向けて歩き始めた。

 階段の前で、フーガスの腹が鳴った。

「お腹空いてるんですか?」

「はい……実は、犯行の緊張で、昨夜から何も食べられなくて」

「そうですか――何も食べられなくて?」


 引っかかりながら階段をくだっていたつるぎの隣で、

「つるぎ! バリア!」

 と湊は叫んだ。

 つるぎが素直に魔法のバリアを作ると、そのバリアに、大きな岩が三つ、衝突した。


「何!?」

「なんか……三階廊下のほうから飛んできた!」

 その三つの岩は、つるぎたちの背後から飛んできたものだった。湊がたまたま後ろを振り向いていなければ、頭を打って死んでしまっていたかもしれなかった。


「あ、ああ」フーガスは腰を抜かして、階段の途中で座り込んだ。「終わりだ」

「フーガスさん、どういうことですか」と湊はいった。

「いえません。ごめんなさい」

「つるぎが……僕たちが大きな怪我をするところだった。説明してください」

「ごめんなさい。ごめんなさい」


「湊くん。フーガスさんを守っていて」

 つるぎはそういうと、天使室に駆け出した。入室すると、ついさっきまであった駄菓子屋のゴミが、きちんとゴミ箱に入っていた。

(誰か、入った人が片付けた? いや、そうじゃない)


「天使様。お助けください、天使様」

 つるぎはいった。だが、返事はなかった。


「わたしも天使です。お助けください、といわれて、まったく出てこないというのは、職務怠慢です」つるぎは指先に魔法の炎を灯していう。「治療課の天使長様に報告させていただきます」


「めんどくせえな、堅物がよ」

 天使は降臨した。長い髪の、若い男性天使だった。


「名乗りなさい」

「キルム。なんの用だよ、見知らぬ同僚」

「あなたがフーガスさんに、ルードさんを殺させたんですね」

「殺せてなかっただろ、あの愚図。だから折檻してやったのにヘマ重ねやがって」

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