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第十二話 ニムルとカンタレラ - アバンタイトル

 きん、とカフェテリアのドアの鈴が鳴った。足音にぴんときた湊が本から顔を上げると、思っていた通り、つるぎがいた。

「お待たせ、湊くん」

「いまきたところだよ。お疲れ様、つるぎ」

「何読んでたの」

「本屋さんで買ってきた、色んなお酒の本。名前とか全然違うんだなって思った」

「あとで読ませて。ね、ここってお酒飲めるかな」

「フルーツ系なら作ってるみたい。だいぶお高いけど」

「ちょっと疲れたし一杯飲みたい。すみませーん」

 湊は、つるぎの目が赤いことに気が付いていて、きっとさっきまで泣いていたのだろうと容易に予想できたが、とくに言及はしないことにした。いわれたいかどうかでいえば、いわれたくないだろうから。

 フルーツのカクテルがくるまで、つるぎはヌルとブギとウーギーとドゥワップを無事に教会に届けられたという話をした。マーキュリーがずっと面倒を見ることにしたという話もした。湊は相槌を打ちながら、つるぎを労わったり無事に済んでよかったと共感したりした。つるぎはミリィとのことをいわなかったし、湊は町長を脅した話をしなかった。



 ポールトルの町の隅には、借り始めたばかりのニムルの家があった。そこにはカンタレラもいて、ベッドの上で眠っていた。湊に逃がされてすぐニムルの家に入ったカンタレラは、ここのところ眠れていなかったこともあり、町長の館から解放された安心感のあまりすぐに入眠してしまっていた。ニムルはその寝顔を眺めながらブラックティーを飲んでいた。カンタレラがニムルの前で無防備に眠ることは、子供の頃からたまにあることだった。


「ニムル」す、と目を覚ましたカンタレラはニムルを呼んだ。「喉が渇いた」

「おはよう、カンタレラ」

 ニムルはちょうど、汲んできた井戸水を着火剤の火で煮沸させてから冷まし始めたところだった。

 起き上がったカンタレラに、そっと差し出した。

「ありがとう」カンタレラは湯を少し飲んだ。教会のものとは違う井戸水の味に、いい加減慣れてきたところだった。「なんだか、まだ夢みたい」

「そう? どうして」

「ニムルとはもう、会えないと思っていたから。あたし、すべてを捨てたつもりだったから」

「いつでも取り戻せるよ、取り戻そうとすれば」とニムルは笑った。「私がカンタレラにもう一度会うため、馬車に飛び乗ったみたいに」


「……ねえ、朝、あたしの話ばかりでニムルの話をろくに聞けなかったけれど。

 ニムルはどうして、あたしなんかに会いにきてくれたのか、教えてほしいな」

「カンタレラに謝りたいことがあったから」

「奇遇だね。あたしも、ニムルに謝りたいことがある。許してほしいことがある」

「許してほしいこと」ニムルは反芻する。「そうか、そういっていいんだ。私もカンタレラに許してほしいんだ」

「ニムルからいっていいよ」


「カンタレラ、君の求婚を断ってしまったことを、私は申し訳なく思っている。

 あのとき私が手を取っていれば、君はここで傷つかず、何も捨てずに済んだ。

 私はカンタレラの芸術表現を見守っていられればいいと日頃いっていたのに。

 君が歌と踊りと演技を続けるためならなんでもするって私はいっていたのに。

 君への愛情をいいように使われることだけは、どうしても耐えられなかった。

 だから愛を感じられない求婚を、身勝手に、断ってしまった。ごめんなさい」


「ニムル。あたしはあなたに愛されていると知っててそれを利用しようとした。

 あなたがひとりの意思を持つ人間だということを、あたしは、軽んじていた。

 あなたに甘やかされて、あなたに従われることにすっかり慣れてしまってた。

 でもそんなこと、人間に、子供の頃から護ってくれた友達にすべきじゃない。

 ニムルに断られて、ポールトルにくるまでの間に、あたし、やっと気づけた。

 ねえ、あたし、本当に至らない人間だね。ごめんなさい。謝っても足りない」


「カンタレラ。どうか私を、また君を見つめる友達として認めてくれるだろうか」

「ニムル。あなたがあたしをまだ護ってくれるなら、何があっても怖くないかも」


 ニムルとカンタレラは手を取り合って許しあって、それから抱き合った。けれどそれは、友情のハグだった。ニムルはカンタレラへの恋を自覚しているし、カンタレラもニムルを憎からず想っているけれど、それでもふたりは友達同士だし、あくまでも友情という慈しみを込めて、抱きしめた。

 ふたりは友達だからこそ、これを許しあうことができた。これが恋人だったら、こうはいかなかった。


「カンタレラ。これからどうするんだい?」

「わからない。お父さんに訊かないと」とカンタレラは目を伏せた。「お父さんにも謝らないといけない。どこにいるのかな、いまは」

「一緒に探しに行くよ。もうすっかり暗くなってきた。夜道には何がいるかわからないから、私がカンタレラを護る」

「ありがとう。ねえニムル、あたしはそういうあなただから、結婚したって大丈夫なんじゃないかって思えたんだよ」

「それは光栄だ」

 ニムルの家を出ると、少し肌寒かった。ニムルはカンタレラに上着を貸して、それから暗い夜道で転んでしまわないように、手をとった。ニムルの手はずいぶんと育ったけれど、カンタレラの手と繋ぐ強さは、子供の頃と変わらなかった。



 さて、とつるぎは席を立つ。「じゃ、最後のひと仕事行ってくるね」

「気をつけて。宿を探しておくね。広場で待ってる」

「ありがとう湊くん。頑張ってくる」

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