第十一話 [E]Whichever one of you has committed no sin may throw the first stone at her. - Aパート
「派手な開幕だね」
と湊がいった。館内外にいた警備員が集まってくるが、つるぎが魔法でバリアを張ったため拘束しに行くことはできなかった。ニムルはどこかをカンタレラが横切りはしないかと目玉を動かす。
「何者だ貴様ら!」
という警備員の問いかけにつるぎは答えず、
「犬と猫と子供はどこにいますか」
とだけいった。
「……なんの話だ!」
警備員がそうしらばっくれるのを見て、つるぎはニムルにナイフを渡す。天界武具庫のナイフで、つるぎとしてはデザインが気に入っていたが、そうもいっていられない。
「ニムルさんそのナイフあげるので、振り回しておいてください。湊くんも剣持っといて、でもなるべく峰打ちね」
「はい」ニムルは慣れない手つきでナイフを構える。
「うん」湊は聖剣『イニミ・ニ・マニモ』を抜く。
「じゃ、いくよ」
つるぎはバリアを解除した。そして魔法でツタを飛ばし、次々に警備員を捕縛していく。つるぎの背後から向かってくる警備員は湊が峰で薙ぎ払ったりニムルがナイフで威嚇したりすることで動きを止める。やがてその場に集まった警備員の全員がツタによって動きを封じられ、無力化された。
「ニムル!?」
声がした――キッチンから女性が出てきた。
「カンタレラ!」ニムルは叫ぶ。「私が君をさらいにきた!」
「……ニムル」
「あなたがカンタレラさんですか」とつるぎはいう。「いまのうちにニムルさんのほうに行って、ここから逃げてください。全部大丈夫ですから。それと、子供と犬と猫はどこに?」
「あなたは誰?」
「天使です」
「……天使様!? 助けに来てくださったのですか!」
「ニムルさんからすべて聞きました。カンタレラさんと、身売りをさせられている子供と犬猫のこと。子供たちは?」
「キッチンにいます! ありがとうございます!」
カンタレラは目じりに涙を浮かべながらニムルに駆け寄る。すれ違うように、つるぎと湊はキッチンに入った。何が何だかわかっていなさそうな女児を見つけて声をかけた。
「こんにちは。わたしは天使です。ワンちゃんと……」とつるぎはいいかけて、この世界でも犬をワンちゃんと呼ぶ保証はないと思いなおす。「犬さんと猫さんはどこにいますか?」
「あのね、ブギとウーギーとドゥワップはあっち。ロックンロールは死んじゃったの」
「わかりました」
絨毯の敷かれた小さな部屋に、仔猫と成犬がいた。仔猫は興味深げにつるぎと湊に近寄ったが、成犬は二匹とも、部屋の隅から動こうともしなかった。
誰がブギで誰がウーギーで誰がドゥワップなのだろう、と思いながら湊は、
「どうするの、つるぎ」
と訊く。
「さっきの女の子と一緒に、……とりあえずマーキュリーさんのとこ連れていく。湊くん、ワンちゃん一匹抱えて部屋から出してくれる?」
「わかった」
三匹を部屋のドアの前に出すと、動き回る仔猫を湊が御している間、つるぎは部屋に敷かれた絨毯を持ち上げて、それも部屋から出した。絨毯の上に犬猫を乗せると、
「湊くん、ちょっと絨毯から離れて」
「うん。うわっ」
絨毯は犬猫とつるぎを乗せて浮かび上がった。
「浮遊魔法?」
「そう。わたしが触っていれば魔法の範囲だから。空飛ぶじゅうたんの完成」つるぎはいいながら犬猫が落ちないようにバリアを張る。「さっきの女の子を連れてきて」
「わかった。……連れてきたよ」
「わ。じゅーたん浮いてる」
「君も乗っていいよ」つるぎはバリアを解除すると、女児に手を差し伸べる。「名前は?」
「ヌル! わ、すごい、とんでるー」
「これから一緒にお出かけしようね」つるぎはそういって、それから湊にいう。「ところで湊くん。いま気づいたんだけど」
「何?」
「なんというか、重量ギリギリかもしれない。湊くん乗せられないかも。どうしよう?」
「じゃポールトルで待ってるから、色々と済んだら来てね」
「わかった、ありがとう。ごめんね。生きていてね」
「生きる確率上げるキスして」
「おけ」
つるぎは絨毯に乗ったままキッチンから出て館の門に向かおうとする。すると館から出る道を塞ぐように、ニムルとカンタレラ、そしてひとりの老人が話していた。
「カンタレラ! あんたは自分の父親の顔に泥を塗ったよ! 俺のおかげで生まれたくせに! ああ馬鹿馬鹿しい、今日ほどあんたの父を助けたことを後悔した日はない!」
「ごめんなさい、ごめんなさい。あたしは、なんて、お詫びをしたらいいか」
「カンタレラ、謝らなくたっていい! すべて私が悪いんです、町長さん。責任は私が取ります」
「他所からやってきたモンがなんの責任をとれるというのかな!? 身でも投げてくれるのか!」
「それでカンタレラが許されるのならば、私はいっこうに!」
「やめて! ニムル、あたしなんかのために」
「そこ通ります!」
とつるぎは叫ぶ。カンタレラとニムルは素直に横にどいたが、知らない女が犬と猫と孫を載せて絨毯で飛んでくる状況に戸惑うばかりだった町長は、とりあえず立ちふさがることにした。
「なんだ、あんたは! 俺の孫をどこにやる気だよ!」
叫ぶ町長につるぎは何もいわず、一瞬バリアを解いたと思うと無言で植物魔法を使って縛り上げる。そっとつるぎの前からどかされた町長は、またバリアを張り直しているつるぎへ、混乱しながら叫ぶ。
「余所者の馬鹿女がよ! 早く金を作らなきゃポールトルはおしまいなんだよわかんねえのか! ヌルだって町の役に立てることを喜んでいるんだ! そうだ、ヌルが自分から何か町のためにできることないかっていってきたから――」
「ごめんなさい、一旦話しかけないでください。酷い言葉が出ちゃうんで」
つるぎはそれだけ言い捨てて、町長に見向きもせず、ハイスピードで絨毯を飛ばした。空飛ぶじゅうたんはポールトルの上空に飛び立つと、グザイ方面へ進み、山の向こうに消えていった。むろんこれは、念のためマーキュリーの教会のほうへ直行しないことでどこに行ったのかわからなくしようという作戦であった。
「な……なんだ、なんなんだ! 終わりか?」と町長。
「”Whichever one of you has committed no sin may throw the first stone at her.”
まあそういうことですよ」
湊が高らかにいった。
町長は、今度はなんなんだ、といいたげな視線を向けた。
「どこのどいつだ」
「菜花湊。つるぎと同じ、ただの天使です」と湊は嘘をついた。「つるぎは誰も傷つけたくないんです。あなたのことも、極力。つるぎ自身が完全潔白の人間ではない自覚があるのと、人の死は罪人であっても悲しみを産むと知っているから」
湊は聖剣『イニミ・ニ・マニモ』をシャンデリアに照らしながら町長に近寄る。
「でも僕は実のところ、生前は一度も信号無視をしたことがないくらいの真面目な人間なんですよ。SNSで漫画のコマを無断転載してリプライをしたり出典も書かずに歌詞を引用したり癒し動物botみたいな出典のわからないアカウントの投稿をいいねしたりしたこともない。つまるところ、石を投げる権利のある人間なわけです」
「み、ミナトさん? さっきから何の話を……?」とニムルは戸惑う。
「ニムル、この人は?」とカンタレラも怪訝な表情だった。
「ニムルさん、それとカンタレラさん。何をぐずぐずしているんですか、この館から逃げてください。もしかしたら警備員の誰かが頑張ってツタをほどいてしまうかも。せっかく天使が、つるぎが頑張ったんですから、ちゃんと幸せになってください」
湊がそういうと、ひとまず素直にニムルとカンタレラは館から出て行った。町長は、待て、と叫んだが、もうそこに威圧の力はなかった。
「……ポールトルは終わりだ」
「子供と犬と猫が売春しなきゃ終わる町なら、とっくに終わってるようなもんでしょ」と湊は肩を竦め、町長の傍に立つ。
「俺を殺すつもりか」町長は聖剣のきらめきを見て青ざめる。「子供ひとりと町のどっちが重いと思っているんだ。俺が死んだらこの町は統率する者もいなくなる。ただでさえ教会もないのに。おい、やめないか。見ず知らずの子供に同情して、死刑の罪を犯すなんて、まったく馬鹿げている」
「つるぎなら見ず知らずの子供に同情してましたけれど、僕は別にしていませんよ」
「は?」
「僕は実はつるぎ以外の人間はどうでもいいんです。町が滅びたって世界が滅びたって、いっそ僕自身が滅びたって、つるぎが生きていてくれるならそれでいいとすら思っています。ですので見ず知らずの人間の悲劇を知って義憤にかられるような人間では、実はなくて――だからこそ僕は、つるぎの人類愛に惹かれているのかもしれません」
「つまり俺を……憎んでいないのか? なんなんだ?」
「ところで、僕は実家で可愛い猫を飼っていたんです。黒猫の、クロキティって名前の女の子です。おかげですっかり猫好きになっちゃいました」
湊は聖剣の切っ先を町長の首筋にあてる。
「それゆえ、猫への虐待に関しては、別腹が煮えくり返るんですよね――だからあなたを許しません」
切れ味鋭い聖剣『イニミ・ニ・マニモ』の刃が、するっと町長の首を切り離した。
「がっ……!? …………? あれ、俺、あれ?」
「よかった、死ななかった。いけるものですね、切り離した後すぐに塞げば」
町長は生首のままで生きていた。首の断面は回復魔法で塞がれていて、血も酸素も回復魔法によって造られ続けていた。首を持ち手に、湊の左手で持ち上げられていた。首だけで、どうしようもない神経の違和感に気持ち悪くなりながら、町長は飲み込めずにいた。
「な、なんだ、何がどうなって、俺の身体は」
「転がってますよ。大丈夫、一滴も血は流れていない」
胴体、首の付け根の断面も同じく回復魔法で塞がれていた。まるで初めから生えていなかったかのように、傷ひとつなかった。
「ひゃあああああっ!? 俺、俺は、これは、なんで、生きて」
「早めに受け入れたほうが楽ですよ。何せ断面を塞いでしまったものですから、これはもう戻せない。
あなたは一生、生首です。
まあ逆に普段より威圧感はあるでしょうから、町長としての仕事には支障ないんじゃないでしょうか――」
町長はあまりの現実に、あぶくをふいて気絶した。
「なんて、全然嘘だけど」
湊は胴体と首を合わせ、回復魔法をかける。無事に町長の頭と身体はくっつき、血流も丁寧に魔法で導くことでどうにか正常になる。心音を確認し、
(まあ後遺症は出そうだけど生きられるでしょ)
と思いながら湊は警備員のほうを見る。
みな、怯えた目で湊と聖剣を眺めていた。わけのわからないショーを見せられ、失禁をしている警備員もいた。
(演劇みたいに声張って出てきて視線集めた甲斐があったのかな。
つるぎの魔法で縛られて無力化された人を、つるぎからもらった剣で脅かしただけとはいえ)
湊は彼らに剣を向けながら呼びかける。
「ふたつ、頼みがあります。
一個目は、誰も僕と絨毯の女の子とニムルとカンタレラを通報しないでください。
もしも町長が通報をしようとしたら、それより前に何かしらの罪で町長を通報しておいてください。どうせ何かあるでしょ?
もしも従わなかったら――みなまでいいません」
うんうんと頷く警備員たちを見て湊も頷き返し、続ける。
「それから二個目です。
誰か書店の場所を教えてくれませんか? それと、落ち着いて過ごせる飲食店も。
ちょっとこれから、お茶でもしながら恋人を待とうと思うので」
罪のない人から石を投げなさいみたいな意味です!




