第三話 「つるぎは僕のすべて」 - アバンタイトル
アバンタイトルなので短めです!
-Tips-
死後に再度死んだ者は、天界にとどまることができない。
女神であろうと天使であろうと、死すれば有無をいわさず、輪廻の門に入れられる。
「いっけなーい失格失格! わたし、蜷川つるぎ享年二十歳! 勇者になった彼氏をいじめる女神を殺してわたしが新しい女神になったんだけど、信者への挨拶がてら同性愛や性生活に口出しする戒律を撤廃する原稿を用意していたら大神官パトスさんから《急に女神が変わって知らん価値観を押し出してきたら信者が病むだろ》って怒られちゃった! スピーチはキャンセルになるし視野を広げる研修として冒険の旅に出ろって言われちゃうし、わたし一体これからどうなっちゃうの~!?」
「どうしたのつるぎ」
「久々に大人からガチ叱られをされて落ち込んでる」
膝枕だった。
書斎のベッドの上に座る湊の膝の上に、つるぎは頭を置いていた。湊はつるぎの髪をそっと撫でて、それから慈しむような声でいう。
「大丈夫だよ。僕はつるぎは悪くないと思う」
「いや普通にわたしが悪い。パトスさんが正しい。反省しないといけない」
「そっか」
「図星だったんだよね、女王か何かになったつもりだった。王と神って違うんだ」
自分が思うよい方向に民を導くことが役目だと思っていた――つるぎの価値観が異世界にとって馴染まないものであることくらいは承知の上だったが、戸惑いつつも時間をかけて受け入れてもらえると思っていた。
そもそも女神は信者を戸惑わせてはいけないのである。
戸惑ったときに心の支柱とする対象こそが女神なのだから。
「冒険の旅って」湊はいう。「具体的にはどうするの? どこに行くの?」
「下界っていってた。具体的なところは、ちょっとパトスさんが明日の昼に全神王に申請しないといけないところがあるから、まだ未確定だって」
「そう。僕も行っていいのかな」
「さあ……訊いてみないと」
とりあえず、今日いっぱいパトスは手が空いていない。つるぎと湊にできることは、いまのところなかった――湊の膝の上でつるぎは仰向けになり、湊の鼻の穴を見るのも久しぶりだな、と思う。湊が入院をしているとき、まさか膝枕をしてもらうわけにもいかなかった。
「ところでこのベッドって、つるぎの実家の部屋のやつだよね」
「あ、うん。再現できた」
女神の権能によって生み出されたベッドは、寝心地も使い込みもそのままの、なんの違和感もない生前通りのものだった。つるぎは自分の使っていたベッドの詳細な素材など知らなかったが、それでも問題なく再現できてしまうのが、女神の凄まじさである。
「なんだか懐かしいね」湊は見覚えのある枕を見ていう。「今日、ここで寝てていいの?」
「うん。わたしは、もう一周くらい読書しておきたくて。わからないことまだまだ多いし、それに楽しいから」
「そっか。眠らなくていいなんて不思議だね」
「わたしも不思議。でも死後の身体になったときほどの感動はないかなあ」
「そうなの?」
「あのね、湊くん。びっくりしたんだよわたし。死んでから一か月かけて天使試験の勉強をしてたんだけど、生理とか生理前の感じとか全然なくってめっちゃ捗ったの」
「え。そういうのなくなったんだ?」
「そう! そうなんですよ奥さん!」つるぎは妙なテンションで湊にいう。「ホルモンバランスかな、それが一番いいところでずっと安定してる感じで。天界の景色とかよりこの永遠絶好調が一番マジ天国って思う」
「しんどいのにピル飲めない体質だったもんね、つるぎ。漢方もダメだったんだっけ。よかったねえ」
湊はそういってつるぎを撫でた。
生前と変わらない髪質と、安らかな笑顔を愛しく思いながら。