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第九話 川向うの孤独 - Aパート

「よく考えたらわたし、大橋とか創れないな」

 広い川を前につるぎは呟く。

 キャルゼシアと違い、片手からぶらさげて地面につかない程度の大きさのものしか創れない制限があるので、キャルゼシアのように無からパッと長い橋を架けることは不可能だった。


 つるぎはとりあえず、植物の魔法や石の魔法でどうにかならないかと模索してみたが――それもまた上手くいかなかった。岸から岸までがあんまりに遠く、植物はそこまで届く前にしなったり折れたりして川に流されてしまったし、石の魔法もまたしかりだった。どちらも超長距離に渡って成長させ続けることは難しいというか、そんなことを想定している魔導書はなかったため、推進速度の保ち方がわからなかった。


「どうしたものかな」

 つるぎは色々と考えてみたが、どれも上手くいく気がしなかった。湊は自分には魔法のことはまだよくわからないので静観していた。ミリィは川を覗き込んでは、その深さやいまいる地点からの高低差からして落ちたらまず死ねるかな、なんてことを思った。


「ん、無理」やがてつるぎはいった。「ちょっと場所を変えて考えたほうがいい」

「あっち側……向こう岸に行ったら何か思いつくかもしれないよ」と湊は提案する。

「たしかにそうかも。行こうか。わたしが運ぶ感じになるのかな?」

「うん、お世話になるね。僕は待ってるからミリィさんが先でいいよ」

「え? どういうことだかわかりませんわ」とミリィはいった。「まさか泳いでいこうとでもおっしゃるつもりですの? 川をお舐めになってはなりませんことよ、これくらいの流れや深さなら大丈夫だろうという目測の判断が悲劇を――」


「うぎゃあああああああああああああああああ!!!」

 数秒後、ミリィは絶叫していた。下を見ればどこまでも続く川。上を見ると能天気な顔をしているツルギ・ニナガワ。自由落下が始まればひとたまりもないミリィの身体を唯一支えているのが、そのツルギだった。


 つるぎはミリィをお姫様抱っこして魔法で空を飛び、ふわふわと川の上を移動していた。そんなに高度を出さず、あくまで平行移動のような形にしたのは高いと怖いかもしれないという配慮だったが、ミリィからしてみると、川が近すぎて逆に恐ろしかった。


「どういうことだかわかりませんわ! なんで落ちないんですの、あなたも私も! あっ夢!? 夢かなあ!?? つるぎさん、あなたは私を殺す気なのか生かす気なのかどっちですの! うわ揺れないでくださいまし堪忍してくださいまし! 後生ですから死なすならひと思いに死なせておくんなましですことよ!!」

「おくんなましってお嬢様言葉じゃないでしょ」つるぎは慌てふためくミリィの頭を片手で撫でて言う。「大丈夫ですよ、安心してください。大切に運んでいます」

「大切に運んでいるならどうして支える手の片方を頭に寄越すんですの!!? なんで落ちてないのかわからないのが気持ち悪くてそわそわのぞわぞわですわ!!!」

「わたしとわたしに触れているものに浮力が……なんかアレする仕組みの魔法だったと思うのでたぶん大丈夫です」

「断言してくださいませ!!! 断言することが優しさな場面ってありますのよ!!!!」


 運び終えたころにはミリィは貧血気味になっていたため、つるぎがふかふかのクッションを集めてベッドを作り、そこで休ませる。その間に湊を運ぶ。湊はつるぎに全幅の信頼を寄せているので特に騒ぐこともなく運ばれる。

 ミリィを少しゆっくりさせてから回復魔法で貧血を治す。

「……あ、ありがとう、ござい、ます?」

「ミリィさん、無理にお礼いわなくていいですよ。もうちょっとやりようあったかもってわたしも反省しているので」

「あなたの改善案も信用していいものかわかりませんけれど……」

「わたしはもっとみんなが幸せになるほうを選びたくて頑張るだけです」

「嘘つけですわ。そんな善人だったらもっと事前に説明をして安心させてから運ぶとか、丁寧にしてるはずですのよ」


 それについては返す言葉もないつるぎだった――自分が魔法で飛べることが当たり前になっていて説明を忘れたなんて、ミリィには関係のないことである。

 さておき、とつるぎはミリィの手を引いて坂を下る。

 百年前と同様の地点に、教会はある。百年前ほど木々は整えられていないが、掃除はされているようだった。


 百年後の世界の教会の管理長の話によると、ここを占拠か何かしている中年がいるとのことだった。うまくコミュニケーションをとって、穏便にご退去願えるだろうか――そんなことを考えたところで、ミリィがいう。


「いま確認すべきことではないかもしれませんけれど、つるぎさん。私を最終的にどこに落ち着かせるかも、一応、お考えになりながら連れ回してくださっていると思ってよいですわよね」

「……忘れてませんよ」

「ならばよいのですけれど。……こういっては悪いですが、流石にポールトルに腰を落ち着けるつもりはありませんわよ、私」

 つるぎはミリィのその言葉を聞いて、明朝の空の下、教会を眺めながら、思い出す。


 一時間ほど前。

 まだグザイと合併されていない、ポールトルの町の入口で目覚めた三人は、まず町の様子を見に行くことにした。

 そしてすぐ、いままで見てきた町にはない、瘴気にも似た悲しい空気に圧倒された。


 飢えて転がる子供がいた。咳き込み、ふらつきながら縋るように、何かの商売の宣伝をする女がいた。息子の病死を墓前で嘆く父がいた。変な方向に曲がった左足を引きずり、泣きそうになりながら家屋に這入る男がいた。それらはほんの一部で、いえばいうほど気が滅入る、病んだ有様だった――看病されることもなく高熱にうなされるがままの人間を擬町化したかのような光景だった。


 教会が病院の代わりを、天使の魔法が医療の代わりをしてきたこの世界にとって、教会がない町とは、病院どころかドラッグストアすらない町である。軟膏売りくらいはいるのだが、骨折に適切な処置をするための包帯は、少なくともこの町にはなかった。天使の魔法にかかればあっという間に治るものなのだから、普通の町にはその発想すらないのである。


「あ」と湊が声を出した。

「どうしたの、湊くん」

「いや、あれ」

 湊は少し遠くを指さした。ポールトルで一番大きな、しかし老朽化の見える館に、一台の馬車が停まっていた。

「馬車がどうしたの?」

「リリシシアで見た馬車だなって」

「ああ」

 客室箱に、ぐりぐりと描かれた花の絵。早朝のリリシシア城下町で、たしかにつるぎも見た馬車だった。偶然立ち寄ったのか、それともポールトルに帰ってきた馬車なのかは定かではなかったが、後者であれば、何か外で出稼ぎでもしてきたのかもしれないとつるぎは思った。あるいは、ほうぼうの教会から完全栄養ゼリーをもらってきたのかもしれない。


 教会のないこの町には、飢え死にがあるのだと、つるぎはそこではっきり思った。


 女神として焼き付けなければならないものだと感じ、つるぎは湊とミリィを連れてポールトルを散策した。湊は、そういえばニムルはポールトルに着いているだろうか、などと思いながらきょろきょろと探しながらついていった。ミリィは、たとえば教会のない町で子供を産むというのはどういうことになるのだろうと想像したが、教会がある前提での分娩しか知識になかったため、上手くいかなかった。


 一時間、ポールトルという町の姿を捉えたつるぎは、一刻も早くなんとかしなければならない、と決意し、橋を架けるべき位置に向かった。そしていま、百年後には大橋で町と繋がる、教会の前にいるのである。


 ここまできても橋のアイデアは浮かばなかったが、立ち止まる理由にはならない――つるぎは深呼吸をして、教会の門戸を叩いた。

 ごめんくださいとか、入っていいですかとかいおうか迷ったが、

「入りますよー」

 と有無をいわさないことにした。着替えか何かをしていたとしても知らない、という姿勢である――そして教会のなかには。


 ひとりの女性がいた――四十代くらいに見える、やや太り気味の、髪の短い女性だった。

 彼女は座り、講壇の上に紙を乗せて、何か書き物をしていた。その紙とペンは、衣服などと同じく、天使室で要求をすればもらえる質素なものだった。

 彼女はつるぎたちに気づくと、

「あらいらっしゃい」

 と、朗らかにいい、講壇にペンを置いた。

「どこのどなた? どんな用?」

「わたしは蜷川つるぎです。彼は菜花湊、彼女はミリィです。あなたのことを聞かせていただけませんか」

「あたしのこと?」


「はい。あなたがどのような人間なのか、理解しに来ました」


「理解なんてできないと思うけれど」と彼女はいう。「あたしのことなんて、誰も理解しなかったわよ、いままで」

「これからは、違うかもしれませんよ?」

 つるぎがそういうと、彼女はため息をついて、

「ご褒美があるならいいわよ。そしたら、美味しいお菓子をくれたら、話してあげる」

「わかりました。しょっぱいのと甘いの、どっちが好きですか」

「そうねえ、甘いのがほしいわ」


 つるぎはいちご大福とみかんパイを生み出し、さらに生成した焼き物の皿に盛り付け、壇上にそっと置いた。

「お召し上がりください」

 彼女はみかんパイといちご大福を黙々と食べ終えると、

「素敵ね。いいわよ、話してあげる」

 と、微笑んで、動いた。

 座ったまま、動いた――車椅子で。


 それはつるぎと湊のいた地球界のものに近い構造に見えた。百年前にはすでにハンドリムの車椅子があったとつるぎは読んだことがあった。デュクシデュクシーがこの世界に輸入したのかもしれない、と思いながら、近づいてくる彼女を眺めていた。


「あたしはマーキュリー。四十歳の、どこにでもいる人よ。どんなことから話そうかしら」

 そういって微笑む彼女には足がなかった。

 生まれつきない部位を生やすことは、回復魔法にはできないことだった。

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