第九話 川向うの孤独 - アバンタイトル
大橋というだけあり、それは広く長い石橋だった。同時に、白く美しい橋でもあった。
広い橋の下に、広い川が流れていて、夕色の混ざる日射を受けて、あたたかくひかっていた。
橋の上を行くのはつるぎと湊とパトスを乗せた馬車のみではなく、他の馬車や歩く人がまばらに行き交っていた。馬はゆっくりと足を進めていた。御者から渡された甘辛のチキン串を食べながら、つるぎと湊はぼんやりと馬車に揺られていた。
病気の人を乗せるときも同じだけの速度なのだろうか、橋のメンテナンスなどは行われているのだろうか、橋の向こうには教会だけがあるのか、と気になることは探せばいくつか出てきたけれど、なんとなくいまは、馬車の向こうの景色にふたりとも目をやっていた。どこかから鳥の鳴く声がした。
つきましたよ、と御者がいい、チキンの串や袋を回収し、恭しく一礼した。そういう約束だったのか、そこは教会ではなく大きな橋の終わりだった。そこからはなだらかな下り坂になっていて、少し歩くと大きな教会があった。
キャルゼシア大橋の向こうの教会は、他の国のそれのように学舎のように大きかった。周囲は自然豊かで、少し遠くから海の音が聞こえる、サナトリウムのようでもあった。
大神官パトスが教会に入ると、管理員のひとりが管理長を連れて声をかけた。三人は会食室にあたる部屋に通され、来客用の茶菓子を出された。どうやら管理長にはすでに話が通っているようだった。
つるぎと湊はパトスを挟む形でソファに座っていた。現代の民の前では、つるぎも湊も身分証明カードに書いてある『神官補佐候補生』という身分であるため、パトスを真ん中に座らせることが一番自然だった。
管理長にはすでにパトスがこの時間に着くことが伝わっていたようで、準備万端というふうに資料らしきものを持ってきて、三人に手渡した。それはこの教会の歴史が絵付きでまとめられた、いわゆるパンフレットだった。
「それでは候補生のお二方、そして大神官様もお聞きください」
管理長は適宜ページを捲るよう促しながら、教会の歴史を語り始めた。それはポールトルとグザイが合併される前の話であり、教会のない町だったポールトルにキャルゼシア大橋が架けられるところから始まった。
もともと、川と海で周囲から隔てられていたこの地に橋が架かるまでは、ひとりの中年がこの教会を占領していたのだということ。
管理長は『薄汚い』『風変わりな』『孤独の』といった形容詞を中年の周囲に並べた。パンフレットにも、そのような印象を与える記号の書き込まれた似顔絵が描かれていた。
そういう見た目とかの話はつるぎにも湊にもどうでもよいことだったけれど、それだけ疎ましく思われたのだという情報として捉えた。リアルタイムで体験していたわけでもなさそうな年齢の管理職がそういうのであれば、そういうふうに言伝されるほどに。
女神キャルゼシアが大橋を架け、ポールトルの人々を教会に導いたとき、その中年は『傲慢にも』自分が独占できる教会が壊れるとでも思ったのか『みじめったらしく』抵抗して暴れたが、女神から罰を受けてからは大人しく教会を去った。町に居場所のない中年は『哀れにも孤独のまま』ひとりでどこかで死んだ。
それからグザイとポールトルが合併する際に初代管理長がグザイ側の教会の管理長と手を取り合って様々なことを取り決めたり、キャルゼシア大橋を馬車が通るときは賃金を摂らない決まりを作って傷病者の気軽なアクセスを実現したりといった、初代管理者の様々な施策を紹介した。
二代目管理者は現在つるぎたちの前にいる者であり、初代管理者の積み上げたものを維持し、泥を塗らないような管理を心がけているという。
「今日のグザイの町が、そしてこの教会があるのはキャルゼシア様のおかげさまです。天界の皆様には感謝してもしきれません」
管理者はそういって笑い、湊が飲み干した茶を注いだ。
三人が教会を出るころには夜になっていた。川のせせらぎと夜の虫の声を聴きながら、三人は馬車に揺られて橋を渡った。それからつるぎは思い立って鞄屋に入り、白く大きなポーチを買った。
宿の部屋に入るとミリィが小説を読んでいた。ファンタジー小説だが、厚みがあるうえにミリィの時代とは文体の流行りが違い、慣れるのに時間がかかっているようだった。
つるぎに勧められるまま、ミリィはポーチにその本を入れて腰に巻き、首にロケットペンダントをつけたまま、右手首をつるぎの手首に縛りつけて眠った。
次の日の朝、つるぎと湊とミリィは百年前のポールトルの入口にいる。まだ寝ているミリィの首のロケットペンダントが朝のひかりを反射していて、ポーチもきちんと着けられていて、よかった、とつるぎは思った。




