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第八話 [E]ポヰズニング・エスケヱプ - Aパート

 ミリィが目覚めたのは夜の教会だった。ベッドではなく、礼拝堂の椅子の上、つるぎに膝枕をされていた。教会のベッドは、残念ながら空きがなかった。

「お目覚めですか」

「殺してくださいまし」

「それ以外の道を創るために女神をやろうと思っています」

 つるぎがそういうと、ミリィは起き上がろうとした――依然として両手がツタで縛られていたからうまくいかず、転げ落ちそうになったところをつるぎに支えられた。


「私は大丈夫です。ツタを切りなさい」

「大丈夫って、ちゃんと死ねるからですか?」

「……どうしてこんな汚れた身体で、あんな下衆だらけの世界で、生きていかなければなりませんの」

「ゆっくりそれを考えて探していきましょ」

 汚れてなどいないというべきかとつるぎは思ったが、本人が汚されたように感じているその気持ちを否定するのは、まだ早いと思い直した。


「ここはどこですの」

「教会です。ジンコゥの。お屋敷を出る前にスーさんを眠らせましたし、教会に逃げ込んだかどうかはわからないはずです」

 ここで念のため付記しておくと、湊による荷物の運搬もつつがなく完了していた。誰かに尾行されたということもなかった。ただ、ミリィが起きぬけに男性を見てパニックにならないとも限らないため、いまはとりあえず教会の別室で過ごしている。ついでにいうと、教会に入ったとき男性スタッフが迎えてくれたが、彼にもつるぎがお願いして別室に行ってもらった。


「町のなかでは、どうせ、じきに見つかりますわ。きっと人相書きを使って探しますわよ、私を」

 触れ回られたくないことがございますもの、とミリィはいった。

「町の外に逃げようにも、すっかり夜ですし、どこに落ち着ける場所があるかわからないんですよね」

「もう終わりですわ。夜明け前には見つかっているでしょう。第一、教会だなんて、逃げ込む場所としてあまりにも安直が過ぎますわ」

「じゃあ別の場所に逃げないと」

「でも、こんな夜更けに匿う店などございませんことよ。よしんばそのような店があったところで、金を積まれれば裏切るに決まっておりますの」

 ミリィのいうことはもっともだった。あくまでも突然の家出で、心配だから捜しているといわれてしまえば、金を積まれなくても差し出す善人はいるだろう。それなら、とつるぎは思いつく。


「変装しましょう」

「……少なくとも寝間着でいるよりは目立たないかもしれませんが、教会の服を借りたところで顔も髪も」

「それならいくらでも出せますよ」

 と、ミリィの目の前でつるぎは、色とりどりのウィッグと化粧用品とカラーコンタクトをぽんぽんと生成してみせた。洗顔用のタオルと桶を作ると魔法でぬるま湯を注いだ。それから手持ちの照明を生成し、ミリィの顔と手を白いひかりで照らした。なんでもかんでも無から生み出され、驚きっぱなしのミリィの手の甲に生成した化粧品を塗って肌と相性のいい色を探りながら、

「あ、髪は何色にしますか? 合わせてメイクするので」

 と暢気なことを訊いた。

「どれでもいいですわよ、いまは。というか、する意味があるんですの?」

「駄目ですよ! 落ち込んでるときこそ、しっくり可愛くしてモチベアゲてきましょ」

「……やっぱり馬鹿ですわよ、あなた」

 そういいつつ、ミリィはウィッグ選びをまあまあ楽しんでいる自分に気がつき、なんだかわけがわからない、と思った。青やら赤やら、鳥みたいな色のものがあるのがいけないのだと、それこそわけのわからない理由をつけて選んだ。銀髪になった。

 もちろん洗顔はツタをほどいて行われた。


「銀髪赤目の人がいる!? そういうのもいる世界観だったの!!?」

 と湊はびっくりした。ミリィは何もいわず、つるぎの後ろに隠れた。

「ミリィさんだよ? 変装変装」

「な、なるほど。……で、これから逃げるの?」

「うん。そうだ、湊くんもこれ」

 とつるぎが手渡したのは、黒いロングヘアのウィッグだった。つるぎも同じものをつけている。

「僕たちも? まあそっか、僕とつるぎが一緒にいたら結局ばれるか」

「うん。黒髪ロングふたりを付き従える銀髪赤目の女の子の設定で逃げよう」

「濃いなあ」


 なお、服装に関してはつるぎと湊は使用人としての制服を脱いだ私服であり、ミリィはつるぎの脱いだ制服につるぎの生成した色々な小物を組み合わせて印象を変えたコーディネートだった。具体的にはシルバーアクセやアームウォーマーやタイツ、スカートやブーツなどを加えたため、銀髪ウィッグと相まってゴシックパンクのような装いが出来上がっていった。

 ちょっとノリすぎたかなと思いつつ、元のミリィの雰囲気からはだいぶ離すことができたのでつるぎは満足した。


「それで逃げるといって」ミリィはいう。「どこに逃げるというのですの」

「そうだね。どうしようか」

「決めてないなら、僕が考えてた案があるんだけど」

「お。どんなの?」

「でも絶対これパトスさんに叱られると思う」

「いいからいいから。叱られとけばいいよ」

「そっか。じゃあいうけど、ミリィさんを未来に逃がさない?」



 泊まれる宿がありますようにと願いながら戸を叩いてみると、奇跡的にキャンセルが出たとかなんとか、そういう事情で二部屋空いているとのことだった――湊はひとりで、つるぎとミリィはふたりで、ひとつの部屋を使うことになる。

「じゃ、おやすみなさい湊くん」

「ん、おやすみ」

 湊が自分の部屋に入るのを見て、つるぎもミリィの待つ部屋に入った。


「どういうことですの? 私、理解が追いつかなくてよ」

「そういわれても、する説明はもうないので」つるぎはいう。

 厳密には先代女神キャルゼシアを殺した件など、つるぎに保護されるにあたってモヤモヤさせそうな部分は抜いて、ただ自分は次の女神になることが諸事情で決まっているので修行として過去世界の旅をしている、くらいの説明に留めていた。

「信じられませんわ。未来から? 女神の修行? 修行とかあるんですの?」

「まあ食べて寝ましょう、この宿の晩ごはん美味しいですよ。バターパンとおかゆとハニートースト」

「夜中に炭水化物すぎませんこと?」

 ミリィはまだそこまで食欲がなかった。

 伯父だけでなく実父からも犯されていたこと、いま身に宿す子がどちらの子であるのかもわからないことを意識するたびに気分が悪くなり全身をかきむしりたくなるし、こうしている間に窓から実父が迎えに来るんじゃないかと戦々恐々だった。


「そうですか。まあ大丈夫ですよ、ミリィさんのことはわたしが護りますから」

 おかゆを搔っ込みながらいうつるぎだった。つるぎもつるぎで、気を張っていたこともありエネルギーを消費していた――これからどうしようかなということを考えつつの補給である。湊がいれば会議もできたかもしれないが、さすがにミリィが気が気でないかもしれないということで今日は別室である。


「……どうして、会ったばかりの私のために、ここまでしてくれるんですの? 給料なんて支払えませんわよ」

「神様だから、じゃ弱いですか?」

「……まだ研修でしょう」

「あはは、たしかに。そうですね、じゃあ友達にでもなりましょ」

「理由とかないんですの?」

「理由とかいらないんですよ」とつるぎは笑う。「幸せにできる人は幸せにしたいって、みんなが幸せになるほうを選びたいって、思ってるだけです。でもわりと反射なので、思ってすらないのかもしれませんけど」


「私は、幸せになんかなれませんわ。こんな世界で、こんな身体で、幸せを得たって、幸せにはなり得ない」

「だから死にますか?」

「死んでも後悔しないと考えていますわ。私、生きなきゃよかったという後悔しか、したことありませんもの」

「なるほど。じゃあ、まあわたし頑張りますけど、それでも後悔する結果だったら、死んでもいいですよ。それだって自由だと思うので、どうにもできないくせに止めたりはしません」

 つるぎの返答はミリィにとって予想外のものだった。死んでいいのかよくないのかどっちなのだといいたくなったけれど――『人は死んだっていいけど、でも、本当にそれしかないですか!?』といっていたのを思い出した。


 それしかないならそれでもいい、なんて。

 あまりにも甘ったるい自由に、わかってる感に、ミリィはどうしてか、むかついてしまった。

「……あなたに、死にたいほどの苦しみがおわかりになって?」


「終わっていく幸せに目を背けたくて死んで逃げちゃいたいとか、なんにも楽しめなくなって生きてる理由がなくなったから死んでもいいやとか、一番大事な人を救えないのなら生き続けて積み上げていく価値もないとかなら、思ったことありますよ」

 ハニートースト美味しいなと思いながら、つるぎは答えた。


 ミリィはそれからずっと黙っていたけれど、ウィッグをとり化粧を落としコンタクトを外し、明かりを消して、つるぎと離れないようにふたりの手首をくくって、手を繋いで、暗闇のなか、無害な柔らかさだけを感じていたら、突然泣きたくなってしまった。

 気づいていても何もいわないつるぎに、

「ごめんなさい」

 とミリィはいった。


「わかっておりますの、つるぎさん、あなたがすごく優しくしてくださっていること。私も、どうしておこんじょうばかりを投げかけてしまうのか、わかりませんのよ。本当に、申し訳ありません」

「きついときくらい、やーらかくできなくてもしょうがないじゃないですか。しんどいときのミリィさんが、ミリィさんの全部だなんて、わたしは思いませんよ」

「でも、私は、助けていただいているのに」

「神はあなたの罪をお許しになられますよ」

 つるぎはそんな冗談をいった。

 ミリィは泣き続けた。


 しばらく好きに泣かせておいたけれど、この調子で朝まで泣かれると帰れないかもしれないと思ったので、頃合いを見て魔法で眠らせた。


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