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第七話 [E]故人館かく語りき - Cパート

Cパートですが長めです、よろしくお願いします


 むろん、女神という自称を信じたわけではなかった。気でも触れたのかと思った――だが、ミリィは抱えていることを打ち明け始めた。どうせ自分はもうじき死ぬつもりなのだから、この様子のおかしい女に吐き出してしまってもよいのではないかと――この女が義憤にかられ告発などをしようとしても、いやそんな話はしたことがないと自分がいえば信じてもらえるのではないかと――魔が差した。


「私はお腹のなかに子供を宿しておりますわ。ご存知で?」

「はい、存じ上げています」

「誰との子供であるか、謎のままとしておりますが。私は知っておりますわ」

「どなたとの子供なんですか?」

「伯父です。伯父の、アルバンスが、忘れもしない三か月前、お酒の臭いと共に私の部屋に入り、それで、アルバンスは、私をなぐって……」

「お辛いでしょう。詳しく口になさらなくて大丈夫です」

 つるぎが遮ると、ありがとうございます、と青い顔でミリィはいった。


「私は絶望しましたわ。このような形で子を授かることとなり、すべてが悲しくなりましたの。アルバンスを告発すればよいという話ではありませんでした。と申しますのも、母は我が父というものがありながらアルバンスに恋焦がれていますから、私がアルバンスを悪くいうことを、きっとお許しになりませんわ。そういうときに、きっと私こそを叱責し嘲罵する女であろうことは、十六年もともにいるのですもの、わかりきったことですのよ」


「旦那様は」

「父は母に逆らえません。母方の家のバックアップがあってこそ、いまの屋敷と事業が成り立っておりますの。この家には、私の味方など、ひとりもいませんの」

 苦しみを噛みしめるように嗚咽するミリィの背中をさすりながら、つるぎは呟く。

「……なんて酷い話。心境、察するに余りあります」


 何がわかりますの、とミリィは思った。けれど、止まれなかった。

「私は伯父の子など産みたくありませんわ。もしもそうなれば、あんまりにもみじめで、どんなたのしみも楽しめなくなる。ですから、命を絶とうというのです。あなたが女神であるならば、どうかお見逃しくださいまし。自らを殺す罪を、自らの死で償わせていただきます」


「……死ななくてもいいって、それでもわたしは思います」

「産めとおっしゃるのですか」

「いいえ。中絶という道があります。わたしは天使の勉強をしたので、その処置の知識はあります」

 つるぎがそういうと、ミリィは気が遠くなるような思いになった。中絶。それは。


「……それは殺人ですわ。殺人をして、それからのうのうと生きろというのですか」

「殺人かどうかは判断が分かれると思います。答えはないでしょう。でも、その選択を絶対にしてはいけないとは、わたしは考えていません」

「神の法に背く行いです。人は人を殺してはなりません。故意によるものだと知られれば、死刑ですわよ。ああ、つるぎさん、あなたは本当に非常識な人ですわね」

 ミリィは呆れたようにいう。

「人を不幸にする常識なんて変えちゃえばいいと思いますよ、わたしは」

 というか中絶が死刑じゃない町もありますし、といいながら、つるぎは部屋の隅にある椅子を持ってミリィの座るベッドの近くに置き、そっと腰掛けた。それから神の力でトランプを生成し、中身をあらためてからいう。


「ま、すぐに踏み切れることじゃないとも思います。ちょっと気晴らしでもしましょうか」

「なんですの?」

 なんでつるぎと気晴らしをする流れになっているのか、その紙束はなんなのか、そもそも新人使用人のくせに勝手に椅子を借りて座るのはどういう了見なのかという気持ちを込めた、なんですの? だった。


「や、わかりあいたいなって。もちろん、わたしのいうことに納得するまでやるとか、そんなつもりじゃないです。ただ、よく考えたらわたしはあまりにもぽっと出がすぎるので、馴染んでほしいなって」


「というか仕事はしなくていいんですの?」

「わたしがまともにやらないんで閑職に追いやられました」

「やっぱり女神じゃありませんわよねあなた」ミリィは嘆息し、それからベッドに身体を横たえる。「遊ぶほどの体力はありませんわ。どこか遠くに行ってくださる?」


 つるぎを遠ざけるための方便かもしれなかったが、妊婦は色々と大変なのだろうとつるぎは納得し、椅子を持ってベッドを離れ、部屋の入口近くの本棚の傍に椅子を置いて座った。それから背表紙だけで読む本を決め、

「借りますね」

 といって手に取る。ときめく装丁のそれはファンタジー小説のようで、異世界のファンタジー小説とはなんぞや、という気持ちで読み始めた。

「いやなんで読書してるんですの。出てけっていってましたのよ私」

「だろうなって思ったんですけど、でも、お護りしたいと思って」

「護る?」

「恐ろしいんですよね、アルバンスが。食事が喉を通らなくなるほどに」

「……はい」

「だから、わたしが護ります。もしもアルバンスがこの部屋に押し入るようなことがあっても、女神パワーでやっつけちゃいます。だから安心しておくつろぎください」


 つるぎはそういって微笑みかける。ミリィは少し呆気に取られて、それから、何もいわずにつるぎに背を向けて寝転んだ。つるぎは許可と判断して、小説を読み進めた。少しするとミリィはベッドから起きて、ベッドサイドの麻袋に吐き始めた。

「悪阻ですか」

 ミリィは話す余裕もないようだった。つるぎはミリィの背中に手をかざすと、そっと魔法をかけた。

「……なんですの、いま、何か」

「悪阻を抑える魔法です。永続的なものではないので、また辛くなってきたら教会の天使室でかけてもらってください」

「……教会なんて、いきませんわ。あそこは、男が、おりますの」

 ジンコゥの教会の管理長は男性であり、男性管理スタッフも少なくなかった。ミリィは最初に妊娠がわかったときの検査でそれを承知していた。何かがあっても、また行こうとは、思えなかった。


 つまるところ、男性全般に対し、おぞけが走るようになっているのである――それもしょうがないことだろう、とつるぎはミリィの傷を想い、とりあえず魔法を重ねがけした。地球界にあるような薬品と違い、たくさんかけて逆に悪くなるということはないし、体質に合わないということもない。

 改めて夢のようだな、とつるぎは思った。悪阻を抑える薬なら地球界にもあるけれど、魔法は無料で胎児への影響を気にする必要もない。夢のある世界だ、悪夢のようなことも起こるけれども。


 さておき魔法のおかげか、ミリィはそれから吐き気が鳴りを潜めたようで、少しだけ落ち着いた気持ちでベッドにまた身体を預けた。つるぎは読書を再開した。

 一時間後、つるぎは本を閉じて、まだ眠っていないミリィにいう。

「これ面白かったです。ミリィさんはもう読まれました?」

「……既読ですわよ。本当に読みましたの? そんなに時間は経っていないはずですわよ」

「読みました。宝石と竜を巡る冒険譚、ロマンいっぱいでページを捲る手が止まらなくて。文章が比較的簡単でリズミカルだったのもあって、すぐ読み終わっちゃいました。優しさもいっぱいこもっていて、温かくて面白かったです。わたしはギングーズが好きです」

「……その本の隣にあった赤い本が、ギングーズの出てくる別の物語ですわよ」

「え! やった、読みます」

「読書が好きなのですか? あまり賢くはなさそうですのに」


「まあ本を読んで知識を溜めたとして、それをどう使うかが賢さですからねえ。その判断力とかは経験で養うしかなくって、色々と経験や知見不足のわたしが賢くないというのは、否めないところです。あはは」

 なんとなく投げた悪口にそう返され、ミリィは何もいえなくなる。というか謝罪したほうがよいだろうか、と口を開きかけたところで、玄関のドアの閉まる音がした。

 部屋の扉の隙間から、アルバンス様、と母ユリアンの声が聞こえ、ミリィは身体を震わせた。アルバンスの顔を思い浮かべ、それからアルバンスにされたことを思い出してしまう。歯ががちがちと震えだした――そのとき、


「大丈夫です。わたしが付いています」

 と、つるぎが目の前に近寄って、手を繋いだ。

「……ごめんなさい。頼らせて、いただきますわ」

「いいですよ。護ります」

 間もなくして、またひとり誰かが屋敷に入ってきた。

 父だと思いますわ、とミリィはいった。


 それから少しして、部屋の外から近づいてくる足音があった。つるぎに身を寄せるミリィ。

「ミリィ様」と、湊の声がした。「夕食のシチューをお持ちしました」

「誰ですの?」

「申し遅れました、本日から就業しております使用人のミナト・ナバナと申します」

「……いりませんわ。お腹が空いておりませんの」

「絶食はお体に障ります。一食は召し上がってください」

 用意された台詞を述べる湊。つるぎは少し考えて、ミリィの手を離し、扉を開けた。


「え、つるぎ?」

「うん。仕事ないからお話してた」

「庭に雑草の袋を放置してたからスーさん怒ってたよ」

「了解。それより、精神的に食欲がない感じだから無理に食べさせなくてもいいんじゃないかと思ってる。もしあれだったらわたしがゼリー飲料とか生成しとくし。だからシチューは下げて」

「んー、でも絶対に食べさせてくださいっていわれてて」

「じゃあ食べたって証拠があればいいわけだよね? わたしが食べていい?」

「……まあつるぎがそうしたいなら」


 つるぎは湊からシチューとスプーンをもらって椅子に座り、シチューをほおばる。

「ん、美味しい。あ、苦しい。げっほ」

 つるぎは咳とともに血を吐き出す。


「え」

「血」

「がほっ、がふ、げっほ、えほ」

 血を吐いて、吐いて、吐いて。


「ごめ、湊く、わたし、死ぬ」

 つるぎはそういって椅子から倒れた。

 器とスプーンがひっくり返り、ミリィの部屋のカーペットが、血の赤とシチューの白で汚れた。


次回、第二章 第八話『[E]ポヰズニング・エスケヱプ』

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