第六話 劇場の町で - Cパート
「あれ」
起きてすぐ、つるぎはいった。ダリアンヌで買った書籍は、百年後のこの世界に持ってこれていないようだった――肌身離さず持って眠らないといけないのか、もったいないことをしたな、とつるぎは思った。つるぎは読み捨て派の本読みではなく、わりと物体として愛着を持つタイプである。
パトスにその文句をいってみると、
「過去世界からこちらに戻る際は、自動で世界間の道を通るように設定しておりますので、わたくしの与り知らぬところでございます。しかしながら、そもそも異世界からものをそのまま持ち込むというのは推奨されない行いとなっておりますので、どうかお控えくださいませ」
ガボの一件でその前科はすでにあるつるぎだったが、余計なことはいわないことにした。せっかくパトスには秘密にできているのである――見抜かれていたとしても、不思議ではないとはいえ。
「でも柔軟ですよね」と湊はいう。「聖剣は特例で、抱きかかえて寝たりしなくても世界を行き来できている」
「ああ、それは全神王様の魔力によるものでしょう。手ずから剣をお鍛えになられたとき、勇者様と剣を紐づけたのだと思われます」
「そんな魔法ありましたっけ?」とつるぎがいう。
「魔導書で紹介されていない魔力の用途もございます。四人の魔女の扱う魔法も、大魔術師アウゴージュの自由な発想による独自開発ですから。むろん、大きな魔力があってこその開発であることは忘れてはなりませんが」
「……魔女かあ。魔女に戦争に、なんだか考えることが多いですね」
「女神になれば指が足りないほどの事柄を常に意識する思慮が不可欠ですよ。この程度で音を上げては、まだまだというほかございませんね」
パトスがそういうと、たしかに、とつるぎは素直に思った。
そのころ――百年前の世界。
「うははは、は、はっはっはうはは。うははは。うは。うっはうっは。うっうっはうっ」
魔女バッカは急ごしらえででっちあげた手相占いのセットを荷物に入れながら、宿の一室で笑っていた。昨日の催事場でバッカは手相占い師を装い、多くのカップルの手に触れることができた――怪しまれることなく、カップルの男にも女にも触れるには、それが一番効率がよかった。
魔女バッカは一日で、十二組のカップルに魔法をかけることができた。それだけの量のカップルが、自分のかけた魔法によって別れると思うと、笑いが止まらなかった。
バッカに魔法をかけられた者の位置は、バッカには簡単に察知できるようになっている。紐づけ、である。できるならその全員を追って関係の崩壊を嗤いに行きたいが、バッカの身体はひとつしかない。
追うカップルを絞ろう、と位置関係などをたしかめて考えていたところ、そのうちの一組が、どこにいるのだかわからないことに気が付いた――不思議なことがあるものだと、バッカは思った。
しかし次の日には位置がわかったため、調子の悪い日だったのだろう、とバッカは考えた。
次回、『故人館かく語りき』。ジンコゥという町の話です、[E]付き。よろしくお願いします!




