第六話 劇場の町で - Aパート
その日、大劇場では『夜が明けるまでに忘れられたら』の最終公演があった。酷い悲劇に見舞われたひとりの女性のもとに奇跡の魔人と謎の少年が現れ、あの手この手で女性を笑顔にしようとする一晩を描くコミカルな喜劇である。少年が実は未来の世界から来た、女性の実の子供であるという衝撃の展開。子供が母を思う純粋な愛情。悲劇の元凶となる存在に、ゆかいにして残酷な罰を贈る魔人。会場は笑いと感動に包まれ、カーテンコールでは大いなる拍手が贈られた。
「劇、楽しかったねー! 湊くんだんだん顔死んでってたけど、どうだった?」
「倫理観が合わなさすぎて……」
「そりゃ百年前の異世界の劇だからねえ。わたしはそういうものとしてチャンネル切り替えて楽しんでたけど」
「倫理観も価値観も合わない喜劇って苦痛なんだなって思ったよ」
劇場の傍のカフェテリアで、湊はトマトソースのかかったパツパツのソーセージパンを食べながらいう。つるぎは湊とシェアをしているポップコーンの塩味とシロップ味を代わりばんこに食べながら、苦々しい表情の湊を眺めていた。
「でもタップダンスはすごかった。一発芸みたいで」
「すごかったね、靴を楽器にしてぱちぱち。気持ちい。でもあれ、こっちの世界じゃタップダンスっていわないらしいけど」
「なんていうの?」
「シュパチ」
「すぐ廃れる流行語みたいだ」
だよねえ、とつるぎはけらけら笑った。
カフェテリアはたくさんの人でごった返していた。劇を観たあとに感想を交わすために腰を落ち着けたい者もいれば、これから観る劇のお供にポップコーンや飲み物をテイクアウトする者もいた。儲かるだろうな、と湊が周りを眺めていると、劇場のものと同じロゴマークを壁に見つけ、頭いいなあ、と思った。
「長居するのもなんだしそろそろ行こうか」
「だね」
《いえ。キャルゼシア様はここで二時間ほど読書をされたそうです》
「堂々としすぎている」
「席あかないかなあってトレイ持ってきょろきょろしてる人が無限にいるのに」
つるぎと湊は仕方なく、劇が始まる前にパトスに指示されて買った、この劇場を建てた人間の自叙伝を開いた。そう難解な内容でもなく、まったく違う文化圏の人間の半生ということでするする読めてしまった――何よりも続きを読ませる追い風となったのは、当時なかった演劇を観賞するための建物を造ることに決めた、そのきっかけとなる、巨人娘との出会いだった。
「あのさ、サクセスストーリー系のエッセイで堂々と巨人の女の子を出せるの笑ったよね? つるぎも笑ってたよね? 途中まで普通の富裕層の人生やってたのに急に山のように大きな女の子が出てくるの、ここが異世界じゃなかったら許されてない」
「うん、さすが異世界という感じだよね。もしこれが嘘だったらどうしよう」
「わかりにくい嘘すぎる……いや巨人が出てくることがわかりにくい嘘ってなんなんだよ……」
ふたりとも読み終わってから感想を交わしつつポップコーンを完食していると二時間が経過したため、ふたりは瓶ミルクをテイクアウトして飲みながら街道に出た。
次に向かったのは催事場である。その日は占いフェスなる催しが開催されていた――広いホールに大陸中の個人占い師や占い集団が集まって、ブースを展開したり、誰か占いをされませんかとうろちょろしたりしていた。のべ百人の占い師がめいめいの手段で未来やなくしものやラッキーアイテムなどを占っていた。
「ねえパトスさん、大半が未来関係の占いだけど。パトスさんがいっていた予言鳥と関係ある?」
《まったくもって無関係でございます。女神であってもそのような力を民に与えるということは不可能です。つまるところ、どなた様も勝手に主張なさっているだけの大法螺吹きとなります。大噓つきの寄り集まった詐欺師の見本市なのです》
「憎悪すら感じる」
自分の弟の真似事をしているとなれば胸中は複雑なのだろうか、とつるぎは納得しながら会場を見渡す。
まあそもそもつるぎも、別にそう無邪気に占いを信用しているわけではない――生前、お互い無病息災で長生きしていられると占われた次の日に湊の病気がわかり入院し、闘病生活の末に亡くなったので、あれなんだったんだよ、と思ったことを思い出す。
「なんか見てたら、生きてたとき、僕もつるぎも健康に生きていけますって占ってもらった次の日に入院決まったの思い出しちゃった」
「あ、同じこと考えてた」
「おそろだねー。ふふ」
つるぎと湊は手を繋いで、占いを巡ることにした。星だの天血とやらの流れだの火だの人相だの鏡玉だの、色々なアイテムが使われていた。丁寧なカウンセリングをして現実的にものをいう占い師もいたけれど、その傾聴や理解の手つきには、つるぎたちにとってはやや前時代的な面があった。
手相占いをしてみると、つるぎたちの世界でのどの流派にもない解釈が次々と繰り出された。たとえば地球界のオーソドックスな手相占いにおいて生命線にあたる線はグリーンラインと呼ばれ、それが長い人は自然からの恩恵を多く得られる。結婚線はアイデアラインと呼ばれ、線の数に応じて生涯で閃くアイデアが多く、線の長さによってアイデアの影響力が高まる、とのことだった。
「楽しかった楽しかった。わたしが信じるのは愛だけだけど」
「僕が信じるのはつるぎだけだよ」
《補足いたしますと、キャルゼシア様も貴様らのように占いはすべて制覇されたそうです。就寝前に記載なされた旅の記録には、占い師に伝えられたことを余さず書き連ねられておりました》
「意外と占いとか信じるタイプだったんだ、信仰される側なのに」
それから次は教会に向かった。つるぎと湊がなかに入ったちょうどそのとき、どこかからか拍手が聞こえた。なんだろう、と音のほうを見ると天使室の向こうだった。ああ、とつるぎはそこで合点する。
わかるの、と湊が訊くと、お産じゃないかな、とつるぎはいった。
教会の天使室では、つるぎたちの地球界でいうところの病院の代わりのような施しを天界治療課の天使たちが行っている。主に軟膏などで治らない傷病の手当てを担当しているが、出産のサポートもその業務には含まれている。
無菌の特別室で回復魔法を筆頭とした様々な魔法を駆使しながら行われるため、大量出血などによって母親が死に至るということはほぼなく、母子ともに安全な分娩が保証されている。
つるぎも天使試験の勉強の過程で書籍や映像によって勉強をしたが、やはりすべての世界に天界の治療課は必要なのではないかと思わされるほど、出血の抑えられた出産映像だった。よもや血が苦手な人に配慮された加工映像なのではないかと思ったほどである。
そのようにして、生まれたときから神の加護に助けられてきた人間ばかりの世界だから、女神の信仰が強いものとなっているのだと納得もした。
ちなみに、出産だけでなく中絶手術についても天使の業務には含まれているのだが、戒律にある『人を殺してはいけない』という規定を胎児にも適用する町が多いため、あまり行われない状況となっている――つるぎは自分が研修を終えて女神になったら、それは権利として認めると明言しようと考えている。
「出産前の妊婦さんの世話も天使がやってるの?」
「いや、それは教会の管理員さんとかの役目。さすがにそこまでいくと手が回らないから」
「ああ、天使も無限にいるわけじゃないよね」
「治療課はとにかく多めにいるんだけど、みんな忙しそうだったなあ」
もちろん、天使室もひとつの教会にひとつでは足りないので、突然の人口増加があっても対応できるほどの量を用意されている。なので、オーソドックスな教会の姿を想像していた読者諸兄がいたならば、どうか学舎や市庁舎のような横幅のある建物にイメージを修正していただきたい――さておき。
「で、さっきの拍手は、出産おめでとう! みたいな?」
「まあそれもあるけど、やっぱりどれだけ天使がサポートしても母親が頑張らないと始まらないし終わらないから。お疲れさまって意味もあるんだって」
どうどうと音がした。湊がそのほうを見ると、廊下の左端の天使室から、管理員が台車を引いて出てきた。台車の上には大きな箱がふたつ積まれていた。箱には天界の印が刻まれていて、台車と管理員はまた別の部屋に入っていった。
「あれは?」
「天界から送られてくる食料。完全栄養ゼリーだよ。あとは水もかな。教会側から、いまこれだけの人の世話をしているのでこれくらいください、って各教会の管理長からお願いされて送ってる。治療課とは別の課の仕事だね。教会で働く人たちや預かってる子の食事になったり、貧しくて食べるものもない人たちに分け与えられたりしてる。あのゼリーと水だけあれば不健康にはならない」
「なるほどね。でもあのゼリー味気なくない? 冷たいし」
「頑張らなくてもタダで色んな味の美味しくて温かい食べ物が手に入ったら、頑張らなくなるからなんだって。畑を耕したりお金を稼いだりしなくなったら、人類の文化的な進化を観察できなくなるから、あくまでも味気ない栄養ゼリーと水だけにしてるらしいよ。けどまあ、場合によっては魔法ビン入りのお湯も出してる」
「考えてるなあ。食べ物以外の支援はあるの?」
「希望があったら、服とか布団とかも。黒無地で最低限の機能性があるものを渡していて、だいたいの教会で制服はそれを使ってるね」
いわれて教会の職員を見てみると、黒無地の服を着ている人がほとんどだった。教会の隅には、同じ色の服を着ている子供たちもいた。あれは孤児だろうか、黒い服を着て黒い布団で寝ているのだろうか、と湊は思った。
「天界のほうで支援物資が尽きることは?」
「無限に作れる構造になってるから大丈夫」
「そうなんだ。……それにしてもつるぎ、天使になるために学んできたことちゃんと覚えてて偉いね」
「えへへ、優しい天使の先輩とかに色々と話を聞かせてもらったんだよ」
「よかったね」
「まあいまはがっつり嫌われてるだろうけど」
わたしが女神を殺したから、という言葉を教会のなかで続ける勇気は、さすがになかった。
教会の読書スペースを覗くと、いままで女神が残してきた逸話や教えの本のほかに、生きていくために必要になるような知識の本も並んでいた。つるぎも湊も興味があったが、キャルゼシアはそこには立ち入らなかったとパトスがいうので、今回は我慢しておくことにした。
教会を出るころには少し夕日が差していた。ダリアンヌの町の象徴として大劇場と肩を並べる、紅色の塔にふたりはのぼった。塔の展望台に到達すると、美しい街並みと、夕闇のゆっくりと育つところが一望できた。
ダリアンヌの町を囲う壁の向こうに、のどかな農道や牧場が見えた。観劇後に飲んだあの瓶ミルクは、どの乳牛のものだったのだろうか。そんなことを考えながら眺めるつるぎの頬に、湊は少しだけいたずらした。
つるぎの湊のほかには、そのとき誰もいなかった。人の行き交う街並みを眺めながら、湊は呟いた。
「信じられないよね。百年後には、この町、全部なくなってるなんて」
百年後の世界では、ダリアンヌの町があったところは、荒涼とした荒野になっている。煉瓦造りの小さな建物があるだけだった。建物のなかは旅人向けの質素な宿屋となっていて、つるぎと湊はそこで眠り、百年前の世界にやってきた。
「何があったら、こんなに華やかでにぎやかな町が、あんな殺風景になるんだろう」
とつるぎがいうと、
《ウーアハ王国とリリシシア王国の戦争に巻き込まれたのですよ》
とパトスはいった。
「戦争ですか」
《はい。ここはリリシシア王国領ではございますが、ウーアハ王国領との境には一番近い町となっております。リリシシア王国領に侵攻したウーアハ王国の兵が、必要にかられ略奪に入りました。その過程で滅ぼされたと記録されております》
「ウーアハ王国ってシタ地方の北の国でしたっけ」
《ええ》と肯定し、それからパトスはいった。
《リリシシア王国はダリアンヌを攻撃されてしまいましたが、大商人ライドと彼が洗脳により支配していた魔女の四姉妹や巨人の貢献により、それ以上のことはなく勝利を収めたそうです。しかしこの世界線では、貴様がライドに洗脳能力を贈らなかったことから、そのようにはならないことが予想されますね》
「……わたしが、代わりに、どうにかできるかな」とつるぎは呟き、それから湊の手を握って、いう。「じゃなかった。やんなきゃ、だ」
つるぎのその横顔は、湊の目には女神というより、ひとりの戦士のような使命感を帯びたものに映った。




