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第四話 港町ガボ - Bパート

「ワイン?」

「うん。アッカちゃんと飲んだやつ、美味しかったしチョコと合うと思う」

 夜。

 物産バザーで買ったチョコレートを持って部屋にやってきた湊の前に、つるぎはワインとグラスを並べる。

「僕、そういえばお酒って初体験だ」

「そうだよね。あ、そういえばアルコールのテストみたいなのって平気だった?」

「あんまり覚えてないけど、でも大丈夫だったと思う」

「よかったよかった。遠慮なく初体験もらっちゃうね」


 つるぎは笑いながら箱を開けてチョコレートを味見する。うん美味い合いそう、と呟いて、それからもうひとつ摘んで湊の口に入れる。

「湊くんのお好きにマリアージュしてねん」

 マリアージュという言葉の意味を知らなかったが、湊は適当にチョコを食べながらワインを口にする。思っていたより渋い味に戸惑ったが、チョコレートと合わせればいけそう、と思う。

「美味しい?」

「んー、大丈夫そう」

「そか」つるぎは自分のワイングラスを持って湊に差し出す。「かんぱい」


 きん、と音。


 湊がゆっくりワインに立ち向かっている姿を肴に、つるぎはもう二杯目に入っていた。やがて湊がグラス半分を残したところで休憩に入ると、つるぎも合わせて休む。

「疲れちゃった?」

「いや、というか、自分のペース早くないかなって」

「あはは。まあ湊くんのペースでいいんだよ」


 窓の外はすっかり暗くなっていて、砂浜を月光が照らしていた。つるぎと湊は窓際に並んでそれを眺めながら、いつか海で泳いだりしたいね、水着はどんなのがいい、というような話をした。湊は海から連想して、そういえば、とつるぎに訊く。


「人魚って、何なの?」

「ん? 下半身が魚」

「それは知ってるけど、なんというか、実在するんでしょ、なんで生まれたの? 人と魚が交尾を?」

「ああ、えっとね。デュクシデュクシーが創った」

 つるぎはそういって、資料で得た情報を湊に伝える――漁村ガボと人魚の話を。


 デュクシデュクシーはアウゴージュに魔力を与えた件を筆頭として、とかく思い付きで世界に干渉する女神であったとされている――あるときは町に天命を与え、またあるときはその力で人魚を創った。人魚が創られた理由としては、人間や海を愛し、護る者がいればよいのではないかという発想によるもの、と記録にある。


 人魚は女神の創った生物、神獣として敬われた。

 人々は人魚から愛され、不思議な力で荒波を鎮ませたり、海の底に落とされた指輪を拾いあげたり、ひたすら純真に尽くした。


 しかしそれは最初の十三年間だけのことだった。人魚はあるとき突然、人々に牙を剥くようになった。自ら荒波を起こすようになり、ついに船も人も沈めてしまう魔物と化してしまった。


 思い当たる節といえば、ガボの村のなかで殺人事件が起こったことくらいである。被害者となった男性はよく人魚に食べものを捧げたり村の状態を伝えたりする役割を担っていた。それがきっかけとなっている可能性はあったが、その犯人はすでに裁かれているため、それ以上にやれることなどなかった。多くの村人が平身低頭で詫び、加害者には死刑を執行したと伝えたところで通じなかった。

 人魚はそれから十年ほどの間、海に出る人々を呪った。


 災厄の日々が終わりを迎えたのは、デュクシデュクシーの退位後、キャルゼシアが漁村ガボを訪れた日だった。人々の苦しみを聞いたキャルゼシアは、人魚を退治した。女神の権能があれば、削除は容易であった。

 問題をすっぱりと解決した女神に心から感謝し、信仰心を深めながら、ガボは活気を取り戻していった。それから間もなく、女神キャルゼシアに救済されたと自称する商人ライドがリリシシアへの道を開通させ、今日の港町ガボへと導いていった――。

 

「つまりまあ、デュクシデュクシーに創られた生物が人魚で、それが急に暴走しちゃって迷惑かけてたからキャルゼシアに消された」

「なるほど」湊は理解する。「で、明日はつるぎが人魚を消しに行けばいいわけだ」

「うん。それだけなんだけど、まあ油断はしてられないよね。うっかり海に引きずり込まれるかも」

 つるぎはそういって水平線を見やる。

 百年前のガボの海はどのようなものなのか、想像もつかなかった。


「それにしても、神獣だったのに魔物扱いになるなんて。恩恵なくなったら案外さっぱりと切り替えるもんだね」

「だね。女神も、あんまりに迷惑ばかりかけてたら魔物扱いされるのかな」

「それこそ魔王とか呼ばれちゃったりして」

「えー、わたしが予言の魔王でしたエンドは嫌だー」

「まあ大丈夫だよ。魔王と勇者がラブコメする話とか、昔は珍しかったけど最近じゃ割とあるあるだし」

「たしかに。じゃあいいか」

 何もよくないけどいっか、とつるぎは笑う。


 それから湊はワインの攻略を再開する。つるぎが三杯目を飲み終えるころ、湊も飲み切ることができる――未知の味の飲み物を乗り越え、なんとなく大人になったような気持ちでチョコを食べていると、つるぎから頭を撫でられる。

「湊くん、お酒ちゃんと飲めたね。えらいねえ」

「お酒を飲んで偉いっていわれるとは……」

「ふふ。なんだか頑張ってるふうに見えたから。ねえ、どう? 酔った?」

「わかんない。つるぎが可愛いことしか」

 つるぎは小突くみたいな気軽さで湊とキスをして、それから笑う。

 湊は、つるぎから酒の匂いがするのも初めての体験だ、と思う。

 魔女と酒盛りをしたと聞いていたけれど、そのあと脱臭とかをしておいたのだろうか、などと漠然と考えていると、つるぎは今度は流れるように湊の膝に頭をのせる。


「わたしは酔いました。膝をレンタルします」

「……どうぞ」

 湊はなんとなく、つるぎの喉元を指でくすぐってみる。

 ごろにゃん、とつるぎは鳴きながら湊の背中に手を回す。

 湊は、わざわざ確認すべきか迷いつつも、とりあえず訊いてみることにする。

「つるぎ、何か気にしてることある?」

「えー。どうでしょう、どう思います?」

「つるぎが膝枕してほしがるのって落ち込んでるときでしょ」

「ばれてた」

 つるぎは一言そういうと、港の下腹部に顔を向けて隠しながら、いう。


「あのね。なんか、前に吹っ切れたみたいな、湊くんがいればそれでいいみたいなこと、いったでしょ」

「うん」

「そうなんだけどね、それは全然ね、変わってないんだけど。それでも、前の女神のこと、殺しちゃいけなかったんじゃないかって、気になっちゃって」

「今日、色んな人が褒めてたから?」

「それもだし、実際にわたしたちが触れてる、眺めてる景色は、キャルゼシアが導いたもので。……もちろんね、やっぱり湊くんをいじめる女神なんて死んでほしいし、殺さなかったら、ただの天使のわたしが、勇者になっちゃった湊くんとこうしていられることもなかった。だからいいんだけど、いいんだけどさ、よかったのかな、みたいな」


「つるぎならもっといい女神になれるよ。さらにいい世界にできる」

「ありがとう。でも、キャルゼシアが色んな人を幸せにしてきたのも事実だし、わたしがそれを上回れない可能性は全然あるし。なんだかさ、ていうかわたし自身の自信とかよりもね、……キャルゼシアってただの悪い神様じゃなかったのかもって思うと、罪悪感が、ね」


 それはそもそも、キャルゼシアを殺害した直後、彼女を慕う天使から非難されたときにも思っていたことではあったが――世界に対するキャルゼシアの貢献の一端に、人々の笑顔と共に知ってみると、つるぎはどこか胸が痛む思いだった。


 自分の目の前でキャルゼシアを賛美する民は、キャルゼシアがもう亡くなっていることも、つるぎがキャルゼシアを殺害したことも、知らないのである。


「なんだかね。わかってるんだ、考えたってしょうがないって。やっちゃったものはしょうがないし、湊くんのいうような、いい女神になれるように頑張るほかないんだってわかってる。それに、こんなふうに自分の罪に向き合うことも想定された研修なんだろうなとも思ってる。だから気にするにしても、落ち込むんじゃなくて、反省して、行動に活かすべきだってことくらい、わかってる、ん、だけど」

「だけど?」


「だけど、やっぱり、してしまうね、うじうじと。

ごめんね、湊くん。わたし、湊くんを護るっていってるのに、なよっちいよね」


「弱いときも、強いときも、そりゃあるでしょ。

 だけど、どっちのときでもつるぎは傍にいてくれて、僕に愛をくれるから。

 つるぎのおかげで、僕の幸せはずっと護られてるよ」

 湊はそういって、つるぎの唇をついばむ。


「……ありがとう、湊くん。ひとつお願いしていい?」

「なんなりと」

「罪悪感とか、うじうじしちゃうわたしのこととか、もっと気にならなくして?」



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