第四話 港町ガボ - Aパート
建ち並ぶ真っ白な家屋たちが、空と海を鮮やかに引き立てていた。
際限のない蒼色に飛びついた、海鳥の背を陽光が撫でた。ひかり色の砂浜を眺める人々の瞳を、勇猛な汽笛が水平線へと誘う。
ウエ地方の北端にある大きな国からの商船が、シタ地方の南端の港町ガボを訪れていた。マンナカ山脈に分断された大陸の南北を繋ぎ、リリシシア城下町に運ぶ。それは広い海に繰り出す堅牢な漁船とともに、港町ガボの大きな存在意義となっていた。
馬車から降りたつるぎと湊は、パトスの説明を受けながらガボを歩く。
多くの人の声で賑わう、広々とした建物があった。パトスが言うにはそれは物産バザー会場であり、シタ地方各地の町村からやってきた商人や職人が、ウエ地方からの旅行客や商人に向けて出店しているという。
「要するにシタ地方のお土産屋さんですか?」
「さようでございます。ちなみに申し上げますと、ウエ地方北端の港町にも同様の施設がございます。今回の研修でウエ地方に赴くことはありませんが」
「へえ。大陸の南北がここで繋がってるんですね……ライドさんの手柄でしたっけ」
「はい。大商人ライドの大きな功績であり、キャルゼシア様のご判断が導いた結果です」
パトスは街並みを見渡しながらいった。豊かさを象徴するように、行き交う人々は笑顔だった。
物産バザー会場に入り、つるぎと湊はパトスから少しの買い物の許可を得た。町や村それぞれの個性のある美しさやおかしみを目で楽しみながら歩いていると、シタ地方の中央にあるプールランドという町からの出店が目に入った。
三店舗のうちのひとつ、アンティークショップ『ボンジャーズ』からの出店スペース。
つるぎはそこで、美しい銀色のロケットペンダントを見初めた。
「なかを、ご覧になってもよろしいですよ」
視線に気づいた商人の女性に促され、つるぎはおずおずと開く。
ロケットペンダントのなかには、肖像画が入っていた。経年劣化で元の色味はわからないが、子犬とひとりの少女の絵であることはわかった。ふたりの下には、マーキュリー、と名前が記されていた。少女の名前であるのか、犬の名前であるのかは、つるぎにはわからなかった。
「これは、どなたの肖像画なのでしょう」
「それは、私にはよくわかりません。私の店は、かつて各地を冒険し珍しいものや綺麗なものを拾ったり買いとったりして集めるのが趣味だった、変わり者の祖父、ボンジャーの遺した宝物を並べているのです。そのロケットペンダントも、いつかどこかで拾ってきたのではないでしょうか」
「そうなんですか。おいくらですか?」
ロケットペンダントを通すための紐も併せてホワイトカードで購入した。商人はホワイトカードを見ると、天界関係者に買われる嬉しさに笑みをこぼしながら領収書を作った。
「わたしはこれにする、湊くんは何か見つかった?」
「ううん、まだ」
それから湊は、バレッタという町の名産品であるチョコレートを買った。美しい細工のチョコレートがたくさん入っている缶だった。宿で一緒に食べよう、と湊はつるぎに笑いかけた。
物産バザーを出て、埠頭に向かう。海を背に街を見守るように、そこにも大商人ライドの像が立っていた。貢献を考えれば当然の扱いではあるが、またぞろ爆破でもされるのではないかとつるぎは少し不安だった――もっとも、そのようなことはなかった。
三人は遊覧船に乗って、ガボの近海の景色を楽しんだ。もちろん天界関係者として節度のある振る舞いをしなければならないし、そうでなくともパトスに監視をされているため、デートというほどのリラックスはなかった。
とはいえ、海上の解放感はリフレッシュにはなった――ライドとの件や魔女との対峙などで、自分が思っていたより疲れていたのかもしれない、とつるぎと湊は思った。
天界関係者と聞いて挨拶にやってきた船長は、感謝の気持ちと共に語る。
「百年前、女神様が航海を阻む魔物を退治してくださったことが、今日の交易や遠洋への漁、そしてこの遊覧船事業に繋がっております。禁じられていなければ、いまからでも女神像を建てさせていただきたいほどです」
女神像や女神の肖像などを作ることは、禁じられている。これは偶像崇拝の禁止という理由ではなく、女神は代替わりするものであるため、先代の女神の姿に思い入れがありすぎると受け入れにくくなるという理由である。
なお、つるぎはそれに納得もしつつ、先代の女神への感謝は先代の女神の像を作ることでしか表せないのではないかとも考えている。だから変えるかどうかについては、まだ検討中である。
湊は、遊覧船上でいま感じている爽やかな気持ちが、少し前まで自らを洞窟に押し込めていた女神によって作り上げられたものだと思うと複雑だったが、おくびにも出さずに聞いていた。船長によるキャルゼシアへの賛辞に、赤べこのように頷きながら。
船内で昼食を摂る。魚と野菜を絡めたスパゲッティに近い麵料理だった。どこからどこまでが地球界から採り入れられたものなのだろう、この麺料理はスパゲッティを知らない状態で生み出されたものなのだろうか、と考えながら湊は美味しくいただいた。
つるぎかパトスに訊けば知っているのかもしれなかったけれど、あえて思いを巡らせることも必要だと湊は思った。
二時間ほどの穏やかな遊覧のあと、三人はガボに戻り宿に向かった。パトスは別のところで泊まるという点と、つるぎと湊が別室であるという点は前回と同じだった。
ただ、今回は民泊であった――パトスいわく、様々な宿を体験することも研修の一環とのことだった。
「決して、シーズン的にどこも先に埋まっていたがために民泊しか空きがなかったというわけではございません」
「別にその説明でも全然いいんですよ?」
補足しておくと、最悪、天界関係者であるということを振り翳せば、予約済の部屋を奪い取ることも可能ではあったが――さすがに心象最悪の手段であるため、パトスは採択しなかったのである。
むろん、どうせパトス自身は泊まらないのだから割とどうでもいいという気持ちもあったが。
「ようこそおいでくださいました」
と恭しく頭を下げるのは、オーナーである四十半ばの女性である。つるぎと湊とパトスは合わせて会釈し、パトスが去ったあとにオーナーからトイレの場所や食事時間の説明を受ける。入浴に関しては民家であることもあり貸し出しをしていないとのことで、オーナーはいわゆる銭湯の無料チケットをふたりに手渡した。
「天界の人がいらっしゃるってんで、用意させていただきました。遠慮なくお使いください」
「ありがとうございます」
つまるところ、特別待遇だった。こう特別扱いが続くと逆に居心地が悪いな、とつるぎはひそかに思った。
「おふたりの寝室はこちらとこちらでございます」とオーナーはいう。
「ありがとうございます、わかりました」
きちんと清掃された綺麗な部屋だった。つるぎはその部屋の隅に、大きな絵画が飾られているのを見つけた。お札かなにか裏に貼ってあるのではないか、と思ったわけでもないが、それとなく訊いてみる。オーナーは、あれは私の叔母の作品です、といった。
「私が子供の頃に亡くなった叔母が、趣味で描いていたものです。フラウ叔母さんです。変わり者で夫もおらず、あまり好かれない人でしたが、私はどこか波長が合ったのか、色々なお話を聞かせていただいたり、遊んでもらったりしたものです」
「その叔母さんのことが大好きなんですね」
「ええ、それはもう。フラウ叔母さんは優しくて、実の親よりも大好きだったほどで、……あまりいうと怒られてしまうのですが」
オーナーがそういったとき、彼女の背後から背の高い中年男性が入ってきた。つるぎと湊を見て恭しく頭を下げたかと思うと、絵画を見て顔色を変えた。
「おい、お前」男性はオーナーを睨んだ。
「なんであんなもの、取っちまわないんだ」
「ごめんなさい、私では背が届かなくて」
「台でも積めばよかっただろう。ちぇっ、本当にしょうもないやつだ」
男性は部屋に入ると絵画に手をかけ、せかせかと取り外し始めた。
「取ってしまうんですか?」と湊はいう。「素敵な絵なのに」
「いえ、いえ、いえ。申し訳ありません、こちらはどうしようもない不信心者の描いたものですから、天界の皆様のお目汚しをしてしまっては……家内が大変失礼をしました」
「待ってください。僕たちは汚いなんて思っていない」
「ですが私共としては大変ばつが悪いのです。お伝えすることもよくないかもしれませんが、不届きにも神を呪いながら息を引き取ったような痴れ者なのです、この絵の作者は。ああ、そもそもいままで飾らせていたのが間違っていた!」
男性はそういい捨てると、絵画を持ってどこかに行ってしまった。
オーナーは男性を追うべきか迷うようにまごついてから、
「お騒がせしてすみません、お食事の準備をして参ります。どうぞお寛ぎください」
といって、厨房に消えていった。
つるぎと湊は銭湯に向かいながら、あの絵は燃やされでもするのだろうか、自分たちが来なければそんなことにはならなかっただろうか、と話しながらやるせなくなった。あの美しい亜麻色の髪の女性の絵を、つるぎはもう少し見ていたかった。それから女神の権能で絵を生成してみたけれど、どうにも細部が異なり、満足いかなかった。




