第三話 魔女アッカ - Bパート
「うわあ、全然違う! 純米酒っていうの? 楽しい! この……餡子っていうのが入ってるお菓子も独特な甘さで美味しい!」
「そうですよね! わたしもその組み合わせ大好きですー! お口に合ってよかった!」
「つるぎちゃんさ、なんか異世界から来たんだって? じゃあこのワインって飲んだことある?」
「あ、まだです! いただいていいんですか? ……わ、このハムとすごい合う! すごいなんか酸味最高!」
「でしょー! こっちのチーズも合うから!」
塔の二階。
つるぎとアッカは絨毯の上に座って皿と瓶とコップを並べ、酒を酌み交わしていた。
注釈をすると、つるぎは生前、二十歳になってすぐ湊が大病で入院をしてしまったことによる悲しみを紛らわせたい気持ちがあり、祖父の手ほどきで日本酒デビューをしていた。
きちんと二十歳になるまでアルコールを我慢していた、まともタイプの人間なのである。
それが常識であるとの向きもあるだろうが、しかし人間、様々なことのある人生において常識的で在り続けることこそ難しいものである――それはさておき。
「ていうかそいつ大丈夫か? 死んだの?」
「ああいや、気絶してるだけです。ゴキブリ苦手なんで」
ゴキブリ人間の体液を浴びたのだと自覚した湊は気を失っていた。つるぎは膝枕をしながら絨毯の上に座っている。
「ふぅん。彼氏かな?」
「はい」
「いいの? 彼氏が虫苦手なんて、頼りなくないかね」
「え? わたしが素手でゴキブリ殺せるタイプなので大丈夫ですが」
つるぎは首を傾げる。
「……強いんだね、つるぎちゃんは」
「そりゃ強いですよ、二十歳ですから」
「……世界観が違うね。あたしたち四子は、三十路になってもパパから護るべき子として扱われてきたもんだよ」
「パパ? パトロンってことですか?」
「いや父親だろ。父親以外の意味があるのか? どんな世界観だよ」
「ああ、お父様。大魔術師アウゴージュさんですよね。天界の記録で読みました」
大魔術師アウゴージュ。
ややこしい話で申し訳がないが、百年前であるこの過去世界からさらに百年前、妻に養われながら暮らしていたところ妻に先立たれてしまい、四人の娘を養うために当時の女神にどうにかするよう願った男である。女神――キャルゼシアよりさらに先代の女神――は、あくまで自由な発想に任せてみようと思い、自分で魔法を開発できるだけの魔力を授けた。
アウゴージュは独特の才気で四種類ほどの魔法を開発し、いくらかの儲けを得て娘を養った。しかし十数年経った頃、彼を危険視した天界は天使を遣わせ、アウゴージュと娘たちを不老長寿の存在とすることと引き換えに、アウゴージュは独自魔法をもう使ってはいけないという契約を交わした。その際、天使にいくら追及をされても、娘を天使の前に出すことはなかった。また、自らの魔法がどのようなものであるのかということを、つまびらかに語ろうとはしなかった。
彼はそれまでの財を使いながら四人の娘たちと旅をしていたが、不老長寿であり不死ではないため、財産狙いの強盗に襲われることとなった際、胸を貫かれ死亡した。
「ですが、娘四人については……アッカちゃんと妹さんたちについては詳しい記載がありませんでした」
「そう。じゃあパパの目論見は上手くいったわけだ」
「目論見ですか?」
「パパはきっと、あたしたちが苦労しないように、神から狙われないように頑張っていたんだ」
アッカはそういって、一升瓶のなかを飲み干した。
「パパは死後、あたしたちに魔力を継がせた。パパは、自分が死ぬようなことがあったら、ケーキが出てくるまで待ってほしい。出てきたら仲良く分けて食べてほしい……なんて意味のわからないことをよくいっていたけれど。死んですぐに魂みたいなのが浮かんで、それがホールケーキの形になってさ。四人で分けて食べたら、パパの作った四種類の魔法はあたしたちに割り振られることになった」
「ちょっと全然イメージできないですけれど、でも、えっと、四人で受け継いだんですね」
「まあそれだけ理解してくれれば。あたしたちもわけわからなかったし」
つるぎは、とりあえず自分がキャルゼシアから女神の権能を受け継いだときのことを思い出して納得した――あれはブラックベリーだったけれど、ホールケーキなこともあるのだろう。アウゴージュは魔力をもらう際にそのあたりの説明もされていたのだろう、と予想で埋めながら、つるぎは訊く。
「アッカちゃんは変化の魔法を得たんですよね。実際、どれくらいのことができるんですか」
「生き物を別の生き物にする。さっきみたいにネズミとかゴキブリを人間にしたり、逆に人間を別の生き物にしたりできるなあ。生き物を腐乱死体にするのもできるけど、死んだものは変化させられない」
「自分を変化させることは?」
「できるできる。たとえばほら」
アッカは自分の身体を手のひらで撫でる。まばたきの合間に、アッカはいなくなり、代わりに黒猫が香箱座りをしていた。なぅ、と鳴く猫がアッカであることは理解ができたが、何をいっているのかはわからなかった。
黒猫は次に自分の頬を撫でる。元の姿に戻るのかとつるぎは思ったが、そうではなかった。
黒猫もアッカも、視界から消えていた。
「え?」
と戸惑うつるぎの耳に、羽虫の音が聞こえた――次の瞬間。
ふに、とつるぎの首の両サイドを指でつつかれた。
「こんなふうに虫になって背後をとって首を絞め殺すこともできる」
「……服は着てるんですね」
「あはは、そりゃそうでしょ」
アッカはとくにつるぎに危害を加えることもなく、元の位置に戻る――だが、つるぎとしては寒気のする動きだった。
これは、お前などいつでも殺せるのだという宣言である――酔いも醒める。
「他の姉妹は誰がどの魔法を?」
「秘密。秘密は魔女のたしなみだからね」
「あ、そうですか。じゃあえっと、アッカちゃんって魔女以外の」
「つるぎちゃんよ」
アッカは飲み干した一升瓶をつるぎに向けて、冷たい瞳で睨む。
「いい加減にしな。いやらしく探るような真似は奥ゆかしくも下品だ。
本題があるならストレートにいえよ、どんな頼みも断ってやるから」
「魔女アッカ。世界に混乱をもたらすつもりであれば、やめなさい」
と、つるぎはいった――命令した。
「……なんの話かな」
「あなたがその魔法で、他の魔女と結託し、この世界を滅茶苦茶にしようとしているのはわかっています。そのようなことはやめなさい」
「いや、全然そんなつもりなかったけど……」
と、魔女アッカは、本気で呆気にとられた顔をする。
「え?」
「何? 世界を混乱? そんなことしてあたしに、どんな得があるんだ? ワインとハムとチーズの流通が止まったらどうする」
「それは……えっと」
つるぎはおかしいなと思いながら、パトスの発言を思い出す。
《左様ですか。それはそれはお優しく素晴らしい、肯定されるべき改変かと存じます。
その結果として大商人ライドによって無害化されていた魔女の四姉妹が自由になり、
彼女たちが独自に持つ魔法により混乱と絶望と決裂の渦に飲まれたそちらの世界は、
やがて滅亡を迎えることになる、という可能性にさえ目を瞑れば》
(あ、別に魔女が積極的に混乱に陥れるみたいなことは……いってなかった!)
勝手に魔女がそういう企画を練っているみたいな解釈をしていた自分に気が付き、つるぎは顔から火が出る思いだった――アッカはそんなつるぎを指さして笑う。
「なんか知らんけどミスなん? アホじゃんこいつ。ポンコツ女神。一を聞いて十を勘違い」
「あ、アッカちゃんが早く本題に入れって急かすから! もうちょっと探りを入れてたら、いう前に気づいてたと思います!」
「もうちょっと探りを入れておきたい段階のクセして、女神からの命令です! みたいな顔でぶちこんだんだ。いや、大事だよそういう外連味。滑ったとき面白いもん」
ゲラゲラと腹を抱えだすアッカ。つるぎはワインをラッパ飲みしてしまいたい気持ちだったが、それで判断力が落ちてはどうなるかわからない。
笑いを落ち着かせたアッカはいう。
「まあな、そうな、つるぎちゃんがそういうなら、少なくとも自分からは変な事件とか起こさないようにするよ。酒交わせば友達だし、美味しい思いしてるし」
「ほ、本当ですか。人とか殺すのもやめてほしいんですけど、それは」
「ああ、うん。向こうからやってきたとき以外はやめてやるわ、友達として約束」
「よかった……飲みニケーションが功を奏した……」
「でも妹に誘われたら全然なんでもやるけどね。約束なんて秒で忘れて、世界を滅ぼすくらいのことはするよ。つるぎちゃんのことだってぶっ殺す」
だってあたし、友達より家族のほうが大事だからさ。
四人の魔女の長女アッカは、そういって――愛しそうに笑った。




