第二話 大商人ライドものがたり - Bパート
前回までのあらすじ
ライド「お前怪しいわ、俺を追放したやつの回し者だろ」
湊「えっ」
「回し者って……」
予想外の疑いに戸惑う湊へ、ライドはいう。
「考えてみればおかしな話だよな、見ず知らずの俺の愚痴を聞いてくれて、飯を奢って馬にも乗らせて、宿代も出してくれるって? そんで、俺に変な願いを叶えようとせず真面目に働いてほしい? 誰が得するんだそんな世話して。俺に恨まれているであろう、復讐される可能性がある人間だろ? そういうの頭回るのは、リングライトの野郎かな」
「違います、僕は」
「もういいもういい。もうたくさんだ、結局は俺を無害なほうに押し込めよう、そういう役でお金もらっちゃったからってだけだろう? 危なかった、踊らされるところだった。リングライトに会ったら伝えてくれ――呪い殺してやるってな」
ライドは湊を振り払って速足でその場を――去りかけたところで。
「違います!」
と、つるぎがライドの前に出てきた。
否――空から、舞い降りた。
後光を背負いながら、自分の前にふわりと着地した女性を見て――ライドは目を見開いた。
「な、なん、なんだっ」
「わたしは女神です」
「あ、あなたが……女神様……!」
注釈を入れると、スピーチ会の映像中継がないこともあり、女神がどのような顔をしているのか、直接会った者しか知り得ない時代だった。
そのためライドは、空から降り立ったこともあり、疑問を抱かずにつるぎに跪く。
それから願いを吐露しようとするのを、つるぎは手で制し、考えながら喋る。
「……あなたの願いは――すでに聞き及んでいます。
ですがわたしは女神です……ですから、あなたのことをきちんと、見抜いています。
あなたが本当に欲しいものは、――寂しさを紛らわす何かである、ということを」
ライドはそれを聞いて、背後を振り向いた。湊がつるぎのもとに歩いていく。
「僕は本当は、彼女に……女神に仕える天使なのです」湊はアドリブをかます。
「て、天使様!?」
「そ、そうです。わたしは湊く……この天使に、ライド、あなたの気持ちを深いところまでたしかめ、そして導くよう指示をしました。彼はその指示の通りに動いていたのです」
「いうなれば、僕は女神様からの回し者ということです。僕の発言はすべて、女神様の発言です」
不老不死の孤独を利用した狡猾な攻略作戦すら自分の発言にされたつるぎは少し怪訝な顔をしたが、ライドはすっかりそういうものとして信じた。
「と……とんだ無礼を」
頭を下げるライドに、湊は告げる。
「あなたが洗脳で肉欲の楽園を作る能力を得たところで後悔する、というのも女神様のおっしゃったことなんです。女神様がライドさんの未来を見通せることに、なんの疑問がありましょう」
「た、たしかに」
それは未来鳥の領分であり、女神には不可能である――という事実はしかし、下界には伝わっていなかった。湊はさっきから嘘ばかりついているが、それがばれないだけのすごみが、女神という存在にはあるのである。
つるぎはいう。
「ライド。ライド・エンゲル。あなたはいずれリリシシア王国に大きな貢献をすることになる男です。欲や怒りに負けず、不幸や理不尽に挫けず、ひたむきに働きながら、ときにゆっくりと休んだり誰かに気持ちを吐き出したりして、平穏に長く生きていてください。
その先に真の幸せがあると、女神であるわたしが保証します」
ライドはその言葉に感涙する。
「はい。はい、女神様。おおせのままに、私は心を入れ替え、いま一度、真面目に生きていきます」
「そうするとよいでしょう。それではこれは、わたしからの祝福です」
つるぎはそういうと無から梨のような果実を生み出し、ライドに手渡した。
「これは?」
「ライド、あなたに幸運が舞い込むことを願って産み出した果実です。どうぞ齧って、自らの運勢を信じて頑張ってください。神はいつでもあなたを見ています」
「幸福の果実!? あ……ありがとうございます!」
ライドはむしゃぶりついて食べきり、深々と礼をした。つるぎはにっこりと微笑み、湊の手を取ってゆっくりと天に昇った。
「なんていうか……デウスエクスマキナっていうんだっけ?」
と湊はいう――つるぎに空中でお姫様だっこをされながら。
「最初からわたしが出てくれば早かったかな」
「いや、ライドさんがどういう人か分からなかったら的外れなことになってたかも」
「それもそうかな。……わたしってさ」つるぎは湊の顔を見ていう。「神様、なんだね」
「うん。そうだよ」
「なんか、重いね」
「ちょっとつるぎ、男の子に向かって重いなんて失礼だよ?」
「いや湊くんは重くないよ、魔法の浮力でどうにかなってるから」
天使の魔法には浮遊を行うものもある。天に昇ったつるぎを、ライドだけでなく多くの民衆が目撃しており、リリシシア城下町はいま、大騒ぎだった――うかつに降り立って、何がどうなるかわからない。とはいえ、どこに行くべきかもわからない。
「まあ、落ち着くまで空からお国を見ていよう」
「そうだね――それにしても、変わるものだね、百年で」
百年前のリリシシア城下町は、昨日ふたりとパトスで散策したそれとはまるで違う景色だった。経年に時代を感じるとよくいうけれど、過去に遡ることで時代を感じることがあるとは、生前は思いもよらなかった――つるぎはふと、百年後に灯台があるところに目を向けた。
そこには塔があった。しかし寂れた、苔むした塔だった。塔の周りは森に囲まれていて、人が近寄るようなところには見えなかった。使われている灯台にも見えなかった――あれが百年で再利用され、美しいひかりを放つ灯台になるのだと思うと、つるぎも湊も変な気分だった。
「……いや、ならないのか。それはライドさんが洗脳ハーレムを創った未来のことなんだから」湊はいう。
「なると思ってるよ。なったらいいなと思うから、幸運の果実をあげた。まあプラセボだけどさ、行動の自信になると思うから」とつるぎはいった。
「そっか。じゃあ、なるんだろうね」
「なるなる。で、洗脳がとけたあと苦しむ人や、復讐で銅像を爆破する人なんかも出てこなくなって幸せ」
でもそれだと爆弾の人はこの世に産まれなくなるんじゃないかな、と湊がいおうとして我慢したそのとき、
《お疲れ様です、つるぎ様。お見守りしておりました》
と、身分証明カードから声がした――大神官にして過去鳥、パトスの声である。
「パトスさん。わたしなりに考えて頑張ってみました。ハーレムだと後々、苦しめられる人がいるので……それ以外で」
《左様ですか。それはそれはお優しく素晴らしい、肯定されるべき改変かと存じます。
その結果として大商人ライドによって無害化されていた魔女の四姉妹が自由になり、
彼女たちが独自に持つ魔法により混乱と絶望と決裂の渦に飲まれたそちらの世界は、
やがて滅亡を迎えることになる、という可能性にさえ目を瞑れば》
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